【コラム・奥井登美子】亭主を老人性うつ病にさせないために、
① 本とのつきあい
② 好きな友達とのつきあい
③ 好きな食べ物の提供
―とりあえず、この3つの試みだけは断固実行してみることにした。
亭主も、自分が最近極度に忘れっぽいのを承知しているらしい。それが怖いのか、言われたことをすぐやらないと、モーレツに怒る。
「暗黒物質とブラックホールの本、読みたい。すぐ買ってきてくれ」。若いときは専門の合成化学の本ばかり読んでいた。それが、おやおや、いつのまにか宇宙の本になってしまった。
そうだ、私は宇宙人と付き合っていると思えばいいのだ。急に言い出す無理難題も、相手が宇宙人ならば、「地球のこと知らないんだから仕方ない」と、思えばよろしい。
しかし、本探しは困る。本屋さんがみな閉店、近くに本屋がなくなってしまった。図書館へ行って、ブラックホールの本を4冊借りてきてごまかした。
保険証、お薬手帳、薬を持って
「11月の日仏薬学会には行く」
「何やるの? 加藤登紀子さんは終わったのよ」
「明治の薬学者下山順一郎の紹介をフランス人がする。お酒に強い人、弱い人の遺伝子検査も面白そうじゃあないか」
彼は日本山岳会と日仏薬学会へ行って、昔の友達に会うのが何よりの楽しみなのだ。1人で東京に行くのはチト難しくなってしまっているのに、1人で行きたい所があると行ってしまう。だから、行くと言い出したら大変で、私が彼の保険証とお薬手帳と3日分の薬を持って、ついて行くしかない。
学術的な難しい話が終わったあと、全員ワインで乾杯するのが、この学会のしきたりになっている。付き添い役の私の目的はこの乾杯なのだ。
さて、好きな食べ物、これが一番問題なのだ。(随筆家、薬剤師)
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