【コラム・瀧田薫】香港で、反中国デモの嵐が吹き荒れている。評論家・福嶋亮大氏によれば、「香港の大規模デモには大きな歴史的意味がある」(「香港の大規模デモ・ラピュタ化する都市」朝日新聞・2019年9月11日付)という。すなわち、香港デモの本質は「リベラリズム」と「中国流権威主義」の衝突であり、一地域の抗争の域を超えた「21世紀国際政治の縮図」であるとされる。また、自由や多元性を重んじる都市の価値観と国家の圧力(=中国化)との衝突の先駆的事例とみなし、「21世紀は都市の時代」になると予測している。

私は福嶋氏の見方に大筋では賛同する。しかし、香港の未来については、福嶋氏ほど楽観的ではない。果たして、香港は宮崎駿監督の作品「天空の城・ラピュタ」さながら鈍重な国家から離陸していくのだろうか。香港当局は、デモのきっかけとなった「逃亡犯条例改正案」を撤回したが、市民の側は要求をエスカレートさせており、騒動は長期化するとの見通しだ。

他方、中国政府が天安門事件の時のように武力鎮圧に向う可能性を指摘する向きもある。しかし、北京とは異なり、香港では「市民の基本権」が認められており、外国資本も多数存在している。たとえ軍が戒厳令を敷き、通信を遮断し、外国マスコミの取材をシャットアウトすることはできても、外国資本は海外に逃避し、市民のエネルギーも失われ、香港は実質、ゴーストタウン化するだろう。

習近平政権が天安門事件の二の舞を演じれば、中国政府が掲げる「1国2制度」の失敗、さらに台湾統一モデルとしての香港統治の失敗を天下に晒(さら)すことになり、その場合、国外からよりもむしろ国内の政敵からの政府批判の方が厳しいものとなるだろう。

1国2制度がもたらした巨大な矛盾

もともと香港は中国経済にとって欠くことの出来ない都市であったし、西側からしても香港には大きな期待が寄せられてきた。香港の「1国2制度」が中国の民主化の起爆剤になるとの希望、つまり中国の経済成長が続いて中産階級が増え、同時に民主主義が中国社会に浸透していくという希望的観測があった。

しかし、香港の現状は期待とはほど遠い。習近平が主導する中国経済の高度成長は、軍拡と並行して推進される「一帯一路」政策、すなわち中国勢力圏の拡大の方向に向い、中国国内においては巨大な貧富の格差を生み出している。

共産党の権力と結びついた特権的富裕層にとって、今の香港は中国元をドルに交換し、西側世界に投機攻勢をかける前進基地でしかない。香港が中国に返還されて20年、今の香港は「1国2制度」がもたらした巨大な矛盾の象徴といえるだろう。この間に生まれ、自由の空気を吸って育った世代、その一部は今回のデモに参加しているだろう。

この騒動が中国政府主導で沈静化したとして、その後、彼らは何処(どこ)を目標とし、何を希望として生きていくのか。そうならないことを祈りつつ、学生、青年が大挙して香港を脱出する時代が来ることを恐れている。(茨城キリスト教大学名誉教授)

➡瀧田薫氏の過去のコラムはこちら