【コラム・冠木新市】桜川流域は『滝夜叉姫(たきやしゃひめ)伝説』の本場である。つくば市平沢の山中には佐都ケ岩屋古墳という、滝夜叉姫が朝廷の追手から身を隠した場所がある。また同市松塚の東福寺近くの畑には小さな木の墓があり、寺の山門には重厚な石造りの墓の上蓋(あげぶた)が残っている。明治時代に盗掘に遭ったそうだから、もとはかなり大きな墓だった。
滝夜叉姫とは平将門の娘である。天慶3年(940)、流れ矢に当たり将門が亡くなった後、娘は奥州恵日寺(えにちじ)に逃れ、出家して如蔵尼(にょぞうに)となった。信仰心が厚く、慈悲深い人柄から地元では深く尊敬され、地蔵尼とも呼ばれていたといわれる。
如蔵尼は864年後の文化3年(1806)、読本作家山東京伝(さんとうきょうでん)作『善知鳥安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)』の中で如月尼として登場してくる。
如月尼は異母弟の良門を養育するために筑波山麓へと移ってくる。ところが、父の素性を知った良門は復讐のためにガマの精霊から妖術を学び、姉をもたぶらかす。そして如月尼は還俗して滝夜叉を名乗り、父将門の仇討ちに乗り出すのである。
さらに京伝の読本は30年後の天保7年(1836)に歌舞伎『忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)』として上演され、滝夜叉姫は天下大乱をもくろむ妖艶(ようえん)な悪女として描かれる。
私は10年前に滝夜叉姫伝説を知り調べ始めた。すると、隣の守谷市にも多くの将門伝説が残っていることが分かり、現地を歩いてみた。将門の城址跡(実際は相馬氏代々の居城)。将門と7人の影武者たちの供養塔七騎塚がある海禅寺(かいぜんじ)。
さらに「朝日射す夕日輝く丘の上 春は花咲く玉椿の下」という将門埋蔵金のありかを示す歌まであった。そうした伝説を重ね合わせると、何気ない風景の中に眠る「滝夜叉姫伝説」が黄金のように見えてきた。
イタリア映画『黄金の七人』
イタリア映画『黄金の七人』(1965)は、『007ゴールドフィンガー』(1964)を真似た作品である。7人の男たちがジュネーブのスイス銀行の大金庫に眠る金の延べ棒を強盗するお話で、軽快なテーマ曲に乗って楽しい作品に仕上がっていた。
7人の男たちが、道路工事を装って地下を掘り進み、金庫の真下から金塊を盗み取る。強盗をしているというよりも、労働に勤(いそ)しんでいる印象なのだ。そんな7人の仲間でアイドルともいえる女性がジョルジヤ(ロッサナ・ポデスタ)。シーンごとに次々と奇抜な服を着て現れる色気たっぷりの女性である。だがこのジョルジヤがくせ者で、金塊を盗んだ後に、銀行の支配人とつるんで全部をいただこうと企む悪女なのだ。
しかし、仲間を裏切ったにもかかわらず、7人の男たちは誰も恨みはしない。男たちは女神と悪女の二面性を持つジョルジヤに、希望と欲望の対象である金塊とをオーバーラップさせている。このジョルジヤが滝夜叉姫に重なると考えた。
そして2017年に宴劇「桜川芸者学校」で『滝夜叉姫伝説』を取り上げた。多分、地元では初めての試みだったと思う。いや、そんなことよりもいつの間にか考えが変わり、滝夜叉姫を悪女ではなく、将門埋蔵金を民のために活用する善女として描いた。
出演者の1人から「陰膳(かげぜん)を用意しましょう」との提案があり、舞台の前に滝夜叉姫の席をもうけた。当日、霊感の強い人が見に来られ、終演後に紙辺をもらった。そこには「(略)主人公の滝夜叉姫の立場で申し上げれば、涙を流されて『満足でございます。何も申し上げることはございません』ではないでしょうか」と書いてあった。
私は上演した甲斐があったと思った。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)
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