及川ひろみさん

里山は、雑木林、谷津田、ため池などからなる身近な自然環境です。人々は里山で薪(まき)や炭、肥料など生活に必要な様々な恵みを受けて、田畑を耕し、1000年以上にわたって暮らしてきました。里山の自然は、持続的に活用されてきた、人と自然の協働作品であると同時に歴史的な文化財です。人の手が加わり続けられてきたことで、里山は原生林以上に多様な生き物が生息し、全絶滅危惧種の1/4が里山に生息すると言われています。

茨城県土浦市宍塚には、ため池、雑木林、谷津田、草原、湿地、昔ながらの小川など、様々な環境が複雑に入り組んだ100haほどの里山があります。1960年ごろまでこの里山では、建材、農具、家具、家財用材を取り、生薬、キノコ、山菜、シジミ、魚、ウナギを採るなど、山、田畑、草地すべてを暮らしに利用していました。しかし、灯油、ガス、電気などエネルギー革命によって人々の暮らしは大きく変わりました。また農業と密接な係りがある里山ですが、里山は大型機械の導入が難しいこと、化学肥料の利用によってそれまで里山に依存していた農業が大きくその姿を変えました。そして里山はその価値が一旦見失われたかのようにみえるようになりました。

しかし本当に里山には価値はないのでしょうか、そう言い切れるのでしょうか。このシリーズでは宍塚の里山とはどんなところなのか、そしてどのような価値が潜み、どのように生かすことが可能なのか、大切なところなのか、考えてゆくものにしたいと思います。

宍塚の里山は1970年ごろから開発計画が幾度もありました。その都度社会状況が整わず、実行されることなく、貴重な里山が残されてきました。

会は助走期間の2年を経、1989年9月、この里山について理解を深め、未来に伝える手段を見出すことを目的に「宍塚の自然と歴史の会」が発足しました。その柱は生物の多様性と、環境を学ぶ場所です。

発足当初毎年宍塚の区長さんを訪問し、「観察会をさせていただきたい」「観察会を行うために散策路の草刈りをさせていただきたい」の2点をお願いしました。散策路は市道ですが、よそから来た者がよかれと勝手気ままに行動することは避けたい、礼節を保つための訪問でした。今も許可を得られたところ以外は入らないことを守っています。東京から50㌔圏に位置する宍塚の里山は交通の便もいいことから、観察会には首都圏から参加される方も加わり和気あいあいと行っています。

宍塚の里山は関東平野有数の広い里山であり、2015年環境省による「生物多様性保全上重要な里地里山」に選定されました。(及川ひろみ)

毎月第2、第4金曜日掲載。

【おいかわ・ひろみ】東京都出身。神奈川県内の小学校教員を務める。1970年代につくば市転居後、「学園都市の自然と親しむ会」などのメンバーとして子連れで近隣の自然を散策。1987年に宍塚地区の開発計画を知り、里山を未来に伝える活動に取り組む。現在、認定NPO法人宍塚の自然と歴史の会理事長。