【コラム・沼尻正芳】つくばみらい市の伊奈東中学校に大きな絵が飾られている。絵は、毎年、美術部の生徒たちが共同で制作している。その絵は学校や地域の楽しみにもなっている。作品完成までにはいろいろ苦労もあることだろう。

ずいぶん前の話だが、教師4年目で中学3年生を担任していたとき、大きなモザイク壁画を生徒たちと共同制作したことがある。

学校に、階段と壁を持つ立体的な門があった。全校生徒が通る校門で、階段下にコンクリートむき出しの大きな壁があった。壁が殺風景で何かほしい、生徒や学校を元気にする壁画があるといいなと思っていた。学年やPTAで卒業記念品が議題になったとき、「校門壁面に3年生全員で壁画をつくって、卒業記念品にしてはどうだろうか」と投げかけてみた。会議の中で「構想の原案づくり」を任された。

生徒たちにも授業の中で聞いてみた。3年生は8学級、346人いたが、反応は様々だった。「チャレンジするなら、沢山の課題を乗り越える覚悟が必要だ。学年が一つにならないとできない。君たちにそれができるだろうか」。生徒たちは、徐々に意欲を見せ始めた。

その構想案を、学年会議やPTA会議、職員会議で提案した。「本当にできるのか」。不安や疑問、反対もあったが、最終的に承認された。「これは学年の、いや学校のチャレンジだ」。壁画の原画制作を3学年美術の夏休み宿題にし、本気で取り組むように呼びかけた。

2学期が始まり、授業で1人1人が原画を発表した。学級代表の原画を選び、学年40点が壁画の原画候補になった。それを校内に展示し、全員で審査投票、1枚の原画(S君のもの)を選んだ。そのテーマは「求める」だった。

「人は何かを求めなければならない。誰でも何かをほしがらなければと思う。常に何かを求めてやまない。僕はそんな人間を描いた」と、テーマ設定の理由に書かれていた。その原画の構成や配色を、学級の各班でさらに検討、吟味した。S君の原画は学年全員共同制作壁画の原画になった。

学校や地域に生かされる美術作品

10月に入って、実行委員会を組織した。実行委員が原画を原寸大(3メートル×3.5メートル)に拡大した。その上に、学級ごと全員で本格グラスモザイクタイルを置いていった。授業が進むにつれ、タイルの割り方、置き方に工夫がでてきた。次第に、配色も点描画のように彩りが豊かになってきた。

出来上がったタイルの上に紙を貼り、それをブロックに分割して校門に運んだ。保護者が組んでくれた足場に上り、タイルブロックを接着剤で固定した。タイルに貼った紙をはがし、タイルが落ちたところは一つ一つはめ込んだ。隙間を目地セメントで埋め、最後にモザイク壁画を全員で磨き上げた。卒業記念共同制作モザイク壁画はついに完成した。

受験期の3年生346人が、不安や困難を乗り越えて卒業記念品を完成させた。完成までの6カ月、学年が一つになった。生徒たちは、協力と団結力を手にした。PTAも先生たちも不安だっただろうが、見守り、応援してくれた。この体験は心に残り、一つの感動を生んだ。時代も教育も変わり、今このような共同制作の授業は不可能になった。

モザイク壁画は松戸市の栗ヶ沢中学校にある。先日それを見に行ってきた。校門は古くなり傷んでいたが、43年を経た壁画は健在だった。

共同制作は簡単にはできない。伊奈東中学校の大きな絵も生徒たちが共同で制作している。それが学校の伝統になってきた。作品は校舎を彩り、学校に潤いを持たせている。このような作品や活動が大切にされる学校は心豊かな学校だと思う。学校や地域や生活の中に美術の作品や活動が生かされ、それが大切にされることを願っている。(画家)

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