木曜日, 1月 15, 2026
ホームつくば【2018つくば夏決算】野菜出荷3割減 熱中症対策の意識高まる プール2万人増 

【2018つくば夏決算】野菜出荷3割減 熱中症対策の意識高まる プール2万人増 

8月もきょうで終わり。太平洋高気圧の張り出しが強く、命にかかわる危険な暑さが続いた今夏。つくばは6月下旬から気温30度以上の真夏日となり、35度以上の猛暑日は5日あった。中でもまつりつくばが開かれた8月26日は猛烈な暑さに見舞われ、今年の最高気温37.4度を記録した。熱中症対策や、全国的な猛暑の影響で野菜の高値に耐えた今夏を振り返った。

救急搬送は過去最多

【救急搬送】つくば市消防本部によれば、真夏日になった6月25日~8月29日までの救急搬送数は1757人で過去最多となった。このうち熱中症で搬送された人は128人で、軽症または生命の危険はないが入院を要する中等症だった。消防職員は「熱中症予防が行きわたり、死亡が確認された例がなくて幸いだった」と話した。

野菜高値9月も

【野菜】土浦公設卸売市場内の土浦中央青果株式会社の担当者は「猛暑で生育が悪く、例年に比べて3割ほど出荷量が落ち込んで高値になった」と話す。特に出荷量が少なかったのがトマトとキュウリだった。徐々に出荷量は回復してきたが、9月も中旬までは2割以上の高値が続くと見込む。

【新米】猛暑の年はコメが豊作になることが多いが、穂が出る時期に高温が続いたり夜間の温度が下がらないと品質が低下するという側面もある。JAつくば市営農部の担当者は「これから稲刈りが始まるが、猛暑の影響が出ないか心配だ」と話す。

飲料水、塩飴売り上げ20-30%増

【エアコン】全国に500店舗を展開している家電量販店本部の広報によれば、今夏エアコンの全店売り上げは11%増となった。中でも梅雨明け後の週末や、家族が帰省するお盆の時期は20~50%増と好調に推移した。担当者は「買い替えや各部屋にエアコンを設置する人が増え、売れ行きが加速した」と話す。

【暑さ対策】熱中症予防の意識が高まり、ドラッグストアの売り上げ上位をスポーツドリンクを含む飲料全般と熱中症対策用の飴とタブレット、OS-1などの経口補水液、そして日焼け止めが占めた。「これら季節商品の売上は20~30%増になった」と本部担当者は手応えを語った。

プール来場者2万人増

【プール】暑さをしのぎ、涼を提供するレジャー施設がにぎわった。水郷プール(土浦市大岩田)を管理運営する土浦市産業文化事業団によると、来場者は昨年より約2万人多い6万4512人(29日現在)を数えた。夏休み期間中の9月2日まで営業する。

【自然】昆虫にも異変が起きた。牛久市など霞ケ浦・北浦流域で荒廃した谷津田の再生に取り組んでいる認定NPO法人アサザ基金によると、谷津田では例年夏にたくさんのトンボが飛び交うが、今夏はトンボがひじょうに少なかった。同会の飯島博代表は「昆虫は変温動物なので高温になり活動しにくくなったのではないか」はいう。羽化に失敗したセミも多く見られたという。

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親子連れ70人がカヤ刈り 地元の文化財「五角堂」修理の材料に つくば

江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)