火曜日, 3月 24, 2026
ホームつくばTX堅調 20年3月に新型車両導入

TX堅調 20年3月に新型車両導入

【鈴木宏子】つくばエクスプレス(TX)が堅調だ。2017年度の営業実績は09年度から9期連続で経常黒字を達成し、開業以前からの累積損失を解消した。今後も乗客数の伸びが続き、東京オリンピックが開催される2020年度は現在より8%増加すると見込む。輸送力を増強させるため同年3月に新型車両TX-3000系を導入する計画だ。

TXを運行する首都圏新都市鉄道(東京都千代田区、柚木浩一社長)が発表した18年度から3年間の中期経営計画によると、沿線自治体の人口は引き続き増加し、20年の1日平均乗客数は17年度の37万人から40万人に達すると見込む。

20年に運行予定の新型車両は30両編成で、現在の車両を基本に先鋭感を強調したデザインになる。車両は走行時の消費電力を約13%削減。車内は車いすやベビーカー利用者が利用しやすいよう各車両にフリースペースを設置などする。

輸送力増強の取り組みとしてほかに20年春から、最混雑区間で朝のラッシュ1時間の最大運行本数を現在の22本から25本に増やす。

安全性の向上では近年、乗客数の急増を背景に、ドアに荷物が挟まるなどの事故が発生していることを受けて、20年度までに八潮駅など8駅のホームドアにドアの挟みを検知する3次元センサーを設置する。ほかに混雑の激しい秋葉原駅のホームを延伸する。

東京オリンピックをきっかけに外国人観光客が増えると見込まれることから、同五輪バリアフリー指針を踏まえて、全20駅のトイレの便座を温水洗浄便座に改修するほか、全駅の窓口に翻訳サービス端末を配備する。

駅ナカや高架下の空間活用として、子育て支援施設の整備に積極的に協力。20年4月には八潮駅高架下に学童保育施設が開設される予定という。

同中期経営計画の設備投資額として計約300億円を予定している。

TX-3000系車内イメージ図(同)

開業以来初の利益剰余金計上

一方、2017年度の営業実績によると、1日当たりの平均乗車人員は16年度と比べ1万6000人(4.5%)増の37万人、経常利益は22.7%増の61億4800万円となり、9期連続の黒字となった。当期純利益は24.3%増の46億100万円となり、前期末に22億2000万円あった累積損失が解消し、開業以来初めて利益剰余金23億8100万円を計上した。一方、TX建設に要した鉄道・運輸機構に対する債務が6000億円近く残っているとしている。

施設・設備は17年度までに、総合基地(つくばみらい市)入出庫線複線化、守谷駅追越設備新設、車体更新場新設の守谷3事業が完了し、基盤が整った。

TX一日平均乗車人員(人)
2017年度 2016年度
つくば 18,606 18,425
研究学園 7,148 6,821
万博記念公園 2,974 2,705
みどりの 4,326 3,952
みらい平 5,094 4,835
守谷 24,959 24,516
柏たなか 4,909 4,434
柏の葉キャンパス 16,431 15,451
流山おおたかの森 36,491 34,702
流山セントラルパーク 4,707 4,346
南流山 35,913 34,619
三郷中央 14,069 13,164
八潮 22,414 20,613
六町 14,462 13,902
青井 6,651 6,440
北千住 48,741 46,556
南千住 5,159 4,989
浅草 10,803 10,536
新御徒町 20,310 19,389
秋葉原 66,070 63,849

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

私を見て《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》1

【コラム・3年 神谷洞窟】散歩が好きだ。特に深夜に歩く。できるだけ、知らない人のいない時間がいい。もちろん、知っている人も。むしろ知っている人が、いない方が好ましい。人と関わることは嫌いだ。こう言うと心の優しい人は、「嫌い」という表現は言葉が強いから、「苦手」と言い換えたらどうか、と感じるかもしれないが、私は決して人付き合いが苦手ではない。これは意地を張っているのではない、むしろ苦手ではないからこそ、嫌いなのかもしれない。というのも、高校に入学してから周りに合わせ、大きな声で笑い、それなりの返事をするのが圧倒的に上手くなったからだ(勘違いではないと信じたい)。それは、嘘を(うそ)つくことが上手くなった、という風に言い換えることもできる。このように、私たちを取り巻く世界では、対人関係の場において特に、嘘をつくことが必要不可欠となっている。しかし嘘をつくことで結ばれる関係なんて、それ自体嘘でしかない。なぜなら、嘘をつくことで他者と結びついている私は、私ではなく、私が演出した「私という虚像」でしかないからだ。 散歩しているとき、いつも自分のことを考えている。このように言うと「げーっ、自分大好きかよ」と思われてしまうかもしれないが、事実なので仕方がない。想像の中で、私はテレビにインタビューを受けている。え?好きな画家ですか?ゴーギャンです(笑)彼の描く女性には生命力が……とまあ、このようなことを長ったらしく語るのである。余談だが、最近見た映画の中で、若いうちに他者と深い関係を築くことができず、テレビを見ることだけが生きがいの老婆が、痩せてテレビに出演するために麻薬漬けになっていくという節があった。もしかしたら、私は出演料を請求しても許されるかもしれない。若いうち、他者に本当の自分を表明することができなかった者、そんな自分を受け入れられなかった者は、理想(それは、妄想と言い換えることもできる)の世界に閉じこもるしかないのである。 このように、他者と関わることが嫌いな私は、他者を前提にして生きている。これは不思議なことだ。人付き合いなんて嫌いだと声高に宣言している人間が、毎夜他者に、自分について興味を持たれる妄想をしている。そこには大きな矛盾があるように思われる。思えばずっと、私は他者と関わり続けてきた。それは、嘘をつくことが嫌いなために他者と関わることを嫌ってきた私が、他者に嘘をつき続けてきたが故に、他者に本当の自分を表明することに取りつかれてしまったからである。 私には趣味が二つある。そのうちの一つは「小説を書くこと」で、これは読み手がいることを前提とした行為である。もちろん書いた小説を絶対に見られたくないという人も中にはいるのだろうが、私の場合はそれ用のサイトに投稿までしているのだから決して言い逃れはできない。残りの一つは「哲学」だ。私の中で哲学は、他者の存在、特に「他者に見られること」と深く結びついている、こちらのコラムに寄稿させていただいていることからも分かる通り。また、私が高校で所属しており、大学で哲学を志すきっかけともなった哲学部では、メーンの活動として哲学カフェが行われている。何人かで集まって、一つの議題について徹底的に思考を練り上げるのである。そこでは私は主にたくさん発言をするタイプのファシリテーター(司会)を務めていた。ファシリテーターは人によってかなり個性が出る。もちろんあまり自分の意見は言わず、話の流れの整理にとどまって活躍される人もいる。しかし私はとにかく自分を語った。表面的な部分から、それこそ、私を構成する核に至るまで。ここからも私がいかに自分を他者に開示することに取りつかれているかが分かるだろう。思えば、私はこれまでずっと他者に本当の自分をわかってもらいたかったのだ。他者と本質的な関係性を築きたいと思うのに、本当の自分が否定されたら耐えられない。だから嘘をつくしかない。しかしそれでは他者と深い関係を作ることはできない。いつだって、これらの矛盾の出発点にあるのは、私の中の「本当の私を理解してほしい」という、ただそれだけの話なのだ。 哲学カフェの中で、私は特に「私を逐一監視している、私の意識の中の私」についてたびたび発言してきた。これはどういうことかと言うと、私が何か少しでも非道徳的と判断され得る行動をした際に、私の意識の中に存在している私が、一斉に私に向かって石を投げ始めるのである。つまるところ、私は、「清く正しくいなくてはならない」という私の意識に縛られているのだ。 思えば、どうして私はこのような意識を構築するに至ったのだろう。 ジークムント・フロイトという精神分析者がいる。彼は社会通念上の道徳が規範意識として内面化されたものを「超自我」と呼んだ。つまり、私は、この超自我が一般より強く機能しているのだ。そこにはきっと、他者からの視線が関係している。私は善人ではない。私は子どもと小動物が好きではない。私は、たとえ道端で傷ついて泣いている人がいても、私には関係ないからどうだっていいと思う。家族でさえ、突き詰めていけば私にとっては他人だ。しかし、他者は私に「善人」でいることを期待する。そして、そんな他者の視線はいつの間にか「他者」という存在を超え、私の中に一定の規範意識を構築するに至った……それに、それはもしかしたら他者ではなくて、初めから、他者になりすました私だったのかもしれない。これは、私自身が持っている「理想の私」という虚像を実現するために、他者とは別に現実の私を監視している私がいるということだ。昔から変わっていると言われることの多かった私は、自然と自分に「常識に反してはならない」という枷(かせ)を強制するようになった。人間のふりをしている、という風に言い換えてもいい。「普通の人はこうするだろう」、「普通の人はああするだろう」。私が世間一般から逸脱しないように本当の私を封じ込めているのは、もしかしたら初めから他者などではなく、私に他ならなかったのかもしれない。 とにかく― このように、私という意識は私ではなく、他者として機能することがある。私にとって、私は私であって、私ではない。 他者が求める私は決して私ではない。他者は私の全てを知っているわけではないからだ。同じように、私が求める私も決して私ではない。私から、私に対する先入観を取り除くことはできないからだ。私は、「私とはこういう存在である」という意識を抜きにして私と向き合うことはできない。私の中の「普通でいなくてはならない」という枷は、もはや私の無意識の部分までをも侵食してしまっているからだ。それでは、私とは一体誰なのか。他でもない私をメタ的(高次的)に眺め、今このコラムを執筆しているはずのこの私は、一体誰なのか。この疑問について考えていくことこそが、他者の視線、ひいては自分の視線と上手く関わることのできない私にとって、大きな前進をもたらす契機となるような気がする。 この文章が、私と同じように、他者に本当の自分を開示できない寂しさと、行き過ぎた超自我を抱えている方にとって、何かしらになることを期待している。

筑波研究学園都市を一つの研究教育共創体に 筑波大など25機関が協議会設立

筑波研究学園都市に集積する大学や国等の研究機関が結集し、一つの研究教育共創体となって、新産業の創出など研究成果の社会実装を加速することを目指す連携体制をつくるための協議会が23日、筑波大学など25の研究機関で設立された。 25機関は、筑波大と物質・材料研究機構、農業・食品産業技術総合研究機構、産業技術総合研究所、国土技術政策総合研究所など。各研究機関の論文数を合わせると世界トップレベルで、共創体は世界有数の研究集合体になるという。同日、つくば市内のホテルで協議会の発足式が開かれ、25研究機関の代表者らが覚書に署名した。 共創体(仮称・筑波研究教育機構)構想を呼び掛けた筑波大の永田恭介学長は、50年前の筑波研究学園都市建設の理念を踏まえ「つくばをつくり直す」構想だとした。物質・材料研究機構の宝野和博理事長は発足式のあいさつで「国立研究機関の強みは最先端の研究施設と支援体制、研究環境だが、大学院世代の若い研究者候補が十分でない弱みがある。人口減少社会の中で、優秀な大学院生が世界中から集い、世界最高の研究環境ができることが共創体構想の本質ではないか」などと期待を話した。 共創体構想は、筑波大が昨年度、国際卓越研究大学の認定を目指し申請した構想でもある。認定されれば政府の10兆円規模のファンドから25年間にわたり年間100億円前後の支援を受けることができたが、25年度は認定されなかった。永田学長は「お金が入ろうが入るまいが、元々やらなければならないことなので3、4年前から準備を続けてきた」とし、「どうやって研究費をとってくるのかは課題だが、つくばが元気を出さないと、ここをつくった価値がない」と強調した。 具体的には、筑波大が1992年度から取り組んでいる連携・協働大学院を基盤に、世界トップの研究教育共創体に発展させることを目指す。同大学院は、国等の研究機関の研究者を筑波大の教員として、同大の大学院生が研究機関の研究環境を活用して研究に取り組む制度で、現在、外部の31機関などの研究者229人が筑波大教員を兼務し、筑波大の大学院生508人が各研究機関の研究室で研究に従事している。大学院生は研究力強化のためにも必須の存在だとして、2035年までに教員、大学院生それぞれ3倍に増やし、教員を500人、大学院生を1500人に増やすことを目指すことを第1段階の目標とする。 ほかに共同ラボの設置、研究者が複数の研究機関と雇用契約を結ぶクロスアポイントメント制度による研究者の共同公募、起業支援、筑波大の海外分校や海外協定校など海外ネットワークの活用、筑波大の外国人研究者宿舎の共有など連携の取り組みも検討されているという。 今後のスケジュールについては、4月以降、共創体の形態や運営についての協議を開始し、来年3月ごろの共創体を設立を目指す。共創体は法人化し、新たな共同プロジェクトや研究資金の獲得にも取り組むとしている。(鈴木宏子)

序章 土浦一高哲学部「放課後の哲学」

はじめに 【コラム・哲学部顧問 飯島一也】現在、世界的に哲学ブームが起きているそうです。1960年代生まれの筆者にとっては、80年代に起こったニューアカデミズムという哲学ブームが懐かしく思い出されます。今回の哲学ブームはAIの進化と関連があるようで、AIと倫理に関連するスキルを合わせ持つ人材が、過去5年で6倍に増えているとのこと、2025年12月8日付 日経新聞電子版の記事「超知能 仕事再定義⑴ AI時代の雇用『求む!哲学専攻』」には、以下のように述べられています。 「なぜ今、哲学なのか。米エール大学心理学部のローリー・アン・ポール教授は『AIがもたらす予測不能な未来に、既存の価値観では対処できなくなりつつあるためだ』と説明する」 「AIはいずれ与えられた最終的な目標に向けて自ら計画を立て、必要なタスクを自律的に実行するようになると見込まれている。そのとき、AIの根本的な判断を左右するのは開発者の思想にほかならない」 この記事では「開発者の思想」である哲学は、「予測不能な」AIに対抗するためのものとされています。現代のAIは人間の脳をモデルとして作られていることから、筆者からすると、AIを開発することが人間の知能や人間らしさそのものについて思索する可能性を開いている、という側面も重要であると思っています。 改めまして、土浦一高哲学部顧問の飯島と申します。この度、NEWSつくばのライター柴田大輔さんから、生徒のエッセイを連載するという企画について、お声を掛けていただき、生徒にとって、自分の思索を文章にする絶好の機会だと受け止めました。連載を始めるにあたって、本稿では、顧問の立場から、部活動や本コラムの紹介をさせていただきます。 哲学部の由来 高校生が哲学について考え、自身の問題として語り合う。そういった放課後の光景が、土浦一高には、部活動として存在しています。土浦一高哲学部では、この記事の執筆時点(2月21日)で、1、2年生合わせて23人の部員が、それぞれの関心に応じて哲学を探究しています。 「哲学部」が正式に部活動として承認されたのは、2025年3月の生徒総会で、まだ最近のことになりますが、前進となる組織は、文芸・弁論部内の「哲学班」として、約4年間の活動を積み重ねてきました。 その始まりは、2021年の4月頃、入学して間もない一人の女子生徒が、国語科室を訪れたという出来事にさかのぼります。その生徒は、中学時代、筑波大学で開催されていた哲学カフェに参加したことがあり、土浦一高でも開催してほしいと言うのです。その要望に応える形で、まずは1年生を対象に第1回の哲学カフェを開催し、そこに参加した5人の生徒が文芸・弁論部に入部したことで「哲学班」の発足に至ったのでした。つまり、哲学部の始まりは、あくまで生徒の要望だったのです。  哲学部の活動 そのような経緯から、哲学部の活動の中心は、哲学カフェにあります。参加者が輪座して対面し、当たり前に見える事柄を疑い、その場にいる皆が納得できる答えを求めて、専門的な知識を用いず、誰にでも通じる言葉で、前提にさかのぼって対話する。ですから、哲学カフェにおける「哲学」とは、参加者全員が共同して制作するものです。つまり、「哲学」を生み出すのは「対話」なのです。この原則は、哲学カフェを離れた、読書や文章作成などの場面でも変わらないと考えます。そこで、読書会なら「テクストカフェ」、文章作成なら「編集カフェ」というように、あらゆる活動について、対話を通して行うように意識しています。 また哲学カフェを含めて、個々の活動は「チーム制」で行っています。生徒自身が発案し、生徒自身の交渉によって実現したチーム活動としては、地元のレンタルスペースを運営する「がばんクリエイティブルーム」さんのご協力による市民哲学カフェが挙げられます。生徒が東京大学の研究室を訪問したときに、土浦一高で哲学カフェを開催していただけるよう、名誉教授を口説き落としたこともあります。他にも、哲学カフェの研究・企画・運営を行う哲学対話モデル研究会や、哲学史勉強会、各種の読書会、哲学散歩、広報活動などに、チームで取り組んでいます。最近の動きとしては、哲学という言葉に敷居を感じる人にも対話の文化を届けるために、心理班を発足させ、精神療法の一つであるオープンダイアローグ(開かれた対話)を活用した実践も始めています。 このように、土浦一高哲学部では、「対話」と「チーム制」に基づいて、フラットで対等な関係性が築かれています。 哲学部の挑戦 哲学部がまだ哲学班だった頃、2代目の班長を務めた女子生徒の言葉が印象に残っています。卒業を前にして残してくれた言葉です。 「哲学カフェで戦争を止めたい」 20世紀後半の哲学では、様々な哲学者や学派が異口同音に、言語や対話の重要性を主張していたように思います。それらの動きに先駆けて、アメリカの哲学者でプラグマティズム(実用主義)の創始者チャールズ・サンダース・パースは、次のように述べています。 「私たちは純粋な概念を語ることから始めてはならない。それはまるで誰も住んでいない公道をさまよい歩くようなあてのない考えだ。そうではなく、人々とその会話とともに始めなければならない」(CP8.112) 相対主義と分断の時代にあって、対話を通した哲学、哲学を共創する対話が生み出す関係性は、共同体の新たな形の一つを示唆しているように思います(*脚注)。学校内外での哲学カフェの実践は、そのような新たな共同体の芽を育てていく挑戦でもあると、土浦一高哲学部は考えています。 コラム連載にあたって これからご覧いただくコラムは、哲学部員の中から手を挙げた生徒たちによるものです。「対話を通した共同執筆」という理念の下にチームを立ち上げ、先ず、生徒が選んだテーマについて、それぞれ30分くらいの哲学カフェ、次に、生徒が書いた第1稿について、やはりそれぞれ30分くらいの編集カフェを行いました。その後は、生徒が自身の内的な声と対話しながら完成させました。 生徒の文章を読むと、世界の根源などといった形而上学的なテーマは見受けられず、日常生活に密着した問いが中心となっています。その分、想定した以上に、生徒それぞれにとって切実なテーマが取り上げられているように思います。また、哲学カフェや編集カフェで交わされた対話や出された意見を誠実に受け止めて、文章に反映させようとしていました。それ故に、産みの苦しみを味わった生徒も多かったようですが、その過程で、自分の問いに進展があった、答えが見えた、という言葉を生徒から聞けたときは、このコラムのお誘いを引き受けてよかったと思えました。 哲学史の知識や文献研究の点では物足りなさを感じる方もいらっしゃると思いますが、「タイパ」(タイムパフォーマンス=時間対効果)重視という表面的な若者像、「Z世代」というステレオタイプとは異なった、リアルな若者の姿を発見できるでしょう。現代の高校生たちが、いかに誠実に世界と向き合い、いかに真剣に思索しているか。放課後の教室で、夕日を浴びる街中で、哲学を語り合う高校生たちのエッセイ集を、ぜひお楽しみください。『放課後の哲学』、スタートします。 *脚注筆者は、顧問として、生徒との哲学カフェの体験を積み重ねる中で、生徒がこれほどまでに哲学カフェに熱中するのはなぜなのか、問い続けてきました。その結果として実感したのは、次の2点です。一つは、哲学について:哲学とは、たとえ高度に専門的なものであっても、内的/外的な対話によって制作されるものであるということ。よって、哲学カフェは初歩的なお遊びどころか、哲学本来の姿を具現しているということ。そして、哲学カフェという場所では、対面することによって、参加者に共有できる現実が生み出され、その現実との対話から出された結論は、アドホック(その場限りの)でありながらも普遍性を確保しうるということ。もう一つは、対話について:哲学が共同の制作物であると前提することで、哲学カフェに必要なルールが決まってくるということ。そのような哲学カフェのルールとは、対話を成立させるためのものに他ならないということ。そして、対話の中で、参加者それぞれの経験や気づき、アイディアが、哲学の共同制作に寄与していると実感できることで、他者や自己の価値に気づき、お互いを尊重し合うような関係性が発展するということ。筆者の実感と近いものとして、精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「べてるの家」に対する野口裕二氏の考察が挙げられるでしょう。「 〔べてるの家では〕上下関係が生まれる心配はないのか。結論からいえば、その心配はない。その理由のひとつは、当事者研究が共同研究という形をとっているからである。誰かひとりのアイディアではなく、みんなで作り上げたアイディアとなるので上下関係と結び付きにくい。もう一つの理由は、そこで出てきたアイディアが有効かどうかは実際の行動によって検証されるからである。」(野口裕二「継承すべき系譜②―自助グループ」(臨床心理学増刊第10号 当事者研究と専門知)2018:松本卓也『斜め論』2025よりまた引き)当事者研究と哲学カフェは、共同の表現の制作が対等な関係性につながる点、当事者または参加者に共有される現実が検証や普遍性の根拠とされる点で、共通していると考えられます。同じように対話を重視しても、声の複数性(ポリフォニー)の確保そのものが水平性につながる点を強調するオープンダイアローグとは対照的です。

阿見町、2027年の市制移行ならず《文京町便り》50

【コラム・原田博夫】2027年11月に市制移行を予定していた阿見町は、3月11日、市への移行を見送ると発表した。昨年10月の第22回国勢調査(簡易)の結果、総人口が4万9689人(速報値)となり、市制移行要件の5万人を下回ったためである。 阿見町は、2023年11月の常住人口(直近=この場合は20年=の国勢調査人口を基準に、毎月の住民基本台帳の増減により集計)が5万人を超えたことで、25年10月の第22回国勢調査で5万人達成は可能と見て、市制施行への準備を進めてきた。25年10月1日現在の常住人口も5万637人だった。 しかし、2026年2月27日、第22回国勢調査の結果(速報値)が通知され、要件を下回ったことが判明した。阿見町としては、市制移行を前提に、26年度当初予算に関連費約1590万円を計上していたが、これを減額修正することになった。国勢調査の結果によるとはいえ、関係者の落胆ぶりがうかがえる。 国勢調査の歴史と特徴 そもそも国勢調査(センサス)は、公的統計の中でも基幹統計と位置付けられ、統計法第61条で、回答拒否や虚偽報告に対しては罰金50万円以下の罰則が規定されている。 歴史的には、1902(明治35)年に制定された「国勢調査ニ関スル法律」にさかのぼるも、当初予定された調査(1905=明治38=年)は日露戦争で、さらに第1次世界大戦(1914~18年)などで実施が延期され、第1回調査は1920(大正9)年まで実施がずれ込んだ。 現状では、①住民を対象に調査が実際に行われ、住民基本台帳など他資料を集計した業務統計は含めない②ある地域に住む人全員を対象にする③調査票を用いて対象の住民が自ら回答する④調査時点(10月1日)を定め、規則的に(西暦が0年では大規模調査、5年では簡易調査)に実施される―などの特徴がある。 社会構造が変化⇒調査手法を刷新? 国勢調査の回収率は、国民性のためか、かつては非常に高かった。しかし、近年は低下していて、特に大都市部では顕著である。 期間内に調査票の回収が困難な場合は、近隣住民からの情報を基に自治体が住民票のデータで補う「聞き取り調査」を行うが、この調査の世帯割合は、2000年調査では全国4.4%(うち東京都5.9%)、05年4.4%、15年13.1%、20年16.3%に急増している。その背景には、大都市部を中心にした高層・大型マンションのオートロックシステムや不在世帯の増加、地方圏では空き家の増加など、社会構造の変化が関連している。 かつては有効だった全数調査も、DX化や社会関係の希薄化が顕著な現代では、その限界が顕在化している。新たな調査手法が求められているのかもしれない。(専修大学名誉教授)