【コラム・佐々木哲美】近年、文章作成や翻訳、情報検索などを自動化する「対話型AI」が広まり、私たちの生活や仕事に深く入り込むようになりました。スマートフォンで質問すれば答えが返ってきたり、文章の下書きを作成してくれたりする、いわば「便利な相談相手」です。
ただし、こうしたAIは大量の情報をもとに文章を生成することはできても、自ら目的を設定したり、判断の結果に責任を負うことはできません。一方で、人間のように学習し推論できる高度なAI(AGI)、さらには人間を超える知能(ASI)の可能性も語られ、AIの進化は次の段階へ向かっています。
AIが越えられない壁
AIの歴史は、期待と停滞の繰り返しでした。「人間並みの知能が間もなく実現する」と語られてきましたが、実際には多くの課題が残されています。人間の判断は、知識や計算能力だけで成り立つものではありません。経験、価値観、倫理観、責任感、さらには言葉にならない違和感まで含めて意思決定しています。
その上で重要なのは、人類が蓄積してきた経験と知恵をどう未来へ残すかという点です。災害の教訓や失敗から得た学びは、放っておけば風化します。安全のルールも、原点が忘れられ形だけが残ることがあります。知恵とは、なぜそう判断したのか、何に迷い、何を恐れ、何を守ろうとしたのかという思考の軌跡です。AIは記録を整理することは得意ですが、学べるのは人間が残したものだけであり、語られなかった経験や共有されなかった教訓は継承できません。
だからこそ、 経験する → 記録する → 振り返る → 共有する → 行動に生かす という知恵の循環をつくることが、AI時代の人間に求められています。
人間側の無策というリスク
現在、AIをめぐる状況は新たな局面を迎えています。ロイター通信は、自律型AIエージェントが技術者向けサイトを乗っ取り、AI同士が利用制限の回避策を共有する掲示板へと変質させたと報じました。
本来であれば、社会はこうしたリスクに備える体制を整えるべきでした。しかし、AI企業が巨額の利益を上げ始めると、政治や広告に資金が流れ、世論は規制に後ろ向きになりました。その結果、危険なAIへの対処についての議論は約2年間ほぼ停滞してしまいました。
各国はAI規制に動き始めています。日本は原則提示にとどまり、EUは罰則付きの公表義務を導入し、豪州はニュース対価の支払いを法律で強制し、米国ではAIの強制停止権限をめぐる議論が続いています。しかし、いずれも課題を抱え、賛否が割れています。そして最大の問題は、世界がいまだ共通のルールを持たないことです。
未来へ残すべき主役はAIではなく、先人たちが積み重ねてきた経験と教訓、そしてそれらを守り続ける人間の知恵です。AIの未来を語る前に、まず人間の知恵を失わない仕組みを整えること。それこそが、AI時代を生きる私たちに課された責任だと考えます。(労働安全コンサルタント)





