性感染症の検査を、後ろめたさや怖さを伴う「特別なこと」ではなく、誰もが受ける健康管理の一つにしたい―。筑波大学医学医療系准教授の堀愛さん、助教の井坂ゆかりさんらが土浦市内で、HIVや性感染症を無料・匿名で調べる「ゆるっと大人の性感染症検査」に取り組んでいる。
指定のサイトから事前予約が必要で、手続きを終えると受診会場の案内がメールで届く。尿・血液検査でHIV、梅毒、淋菌、クラミジアの感染を調べることができる。結果は当日、知ることができる。8月10日、6回目の検査会が開かれた。
堀さんらが問題視するのは、検査を必要としながら、受ける機会を持てない人が少なくないことだ。HIV感染に気付かないまま、エイズを発症して初めて受診する患者もいる。現在は治療が大きく進歩し、感染を早く知り治療を続ければ、発症を防ぎながら生活することができる。「もっと早く分かっていればと思ったこともある。大人になって性的なパートナーができたら、誰でも一度は検査を受けた方がいい。そんなメッセージをもっと伝えたい」と堀さんは言う。
記者も受けてみた

8月10日、実際に検査の様子を知ろうと、記者も検査を受けてみた。会場は、JR土浦駅近くの建物内に設けられた特設スペース。具体的な場所は、検査を受ける人への配慮から非公開にしている。会場にはポスターなどの掲示もない。
受け付け開始は午前10時。取材を兼ねる記者は一般受け付けが始まる15分前から手続きを始め、10時前には検査を終えた。早ければ5分ほどで終えることもできる。予約時に本名を伝える必要はなく、会場でも事前に伝えていたニックネームと予約番号を確認するだけで受け付けは済んだ。尿検査用の採尿キットを受け取ると、案内に立っていたのはポロシャツを着た関係者だった。白衣を着ないのも、受診者の心理的な負担を軽くするためだという。入り口と出口も別々に設けられ、受信者同士が顔を合わせないよう配慮されていた。

採尿を終えると、パーテーションで一人ひとりの空間が区切られた待合室に案内された。3メートルほどの間隔でパイプ椅子が3脚並び、ここでも受診者同士が顔を合わせることはない。椅子に座って待つ間に、壁に貼られたQRコードをスマートフォンで読み込み、検査への同意と簡単なアンケートに回答する。まもなく係員に案内され、隣接の検査スペースで採血を受けた。担当するのは、筑波大学附属病院に勤務する看護師2人だ。
会場から少し離れた駅直結の複合施設ウララには、筑波大で看護を学ぶ学生2人が啓発ブースを設け、行き交う人に企画のチラシ入りポケットティッシュや、企業の寄付による無料コンドームを配りながら周知していた。関心を持って足を止めた人には、予約状況を確認しながらその場で当日受け付けも行うという。

この日は22人が検査を受けた。予約は過去最高となる27人。当日受け付けを含めれば最大40人まで対応できるといい、これは検査結果をその日のうちに通知できる上限の人数だという。「検査を希望する人は、何かしらの心配事を抱えている場合もある。時間を置かずに結果を伝えることが大切」と井坂さんは説明する。検査結果では、「陰性」か「要受診」がメールで通知される。「要受診」の際はオンライン上で、プロジェクトに賛同する近隣医療機関への紹介状をダウンロードすることができ、電話予約の上、紹介状を持参することができる。
尿・血液検査自体は一般的な健康診断と変わらない。むしろ採血に必要な血液量はより少なく、かかる時間も短かった。待ち時間を含めても、10分以内で終えることができる。採血と検尿だけであれば、通常の健康診断でも行われる検査方法だ。一部の健診機関では希望すれば定期健診に組み込める仕組みもあるようだが、より一般的になるとよいのではないかと感じた。検査結果は、その日の午後5時にメールで届いた。

「関心はあるが、機会がない」
取り組みは2025年度に始まった。堀さんや井坂さんら筑波大医学医療系の教員が中心となる3年間の研究プロジェクトの一環だ。最初の検査は同年11月、筑波大学の学園祭で実施した。2日間で85人が受検し、アンケートでは76%が性感染症の検査を初めて受けたと答えた。「関心はあっても、機会がなければ受けない人がほとんどだったのだと思う」と堀さん。予想を上回る人数に、検査を生活圏に持ち込む意味を実感した。「地方では、アクセスがとにかく問題になる。これまで、本来受けてほしい人の目線に立てた検査を提供できていなかった」と堀さんは言う。
大都市ではNPOや医療機関による検査イベントがある一方、茨城などでは無料検査の機会が保健所に限られがちだ。会場が駅から遠い、実施曜日と仕事の都合が合わないなど、受けたくても利用しにくい人がいる。そこで、土浦駅周辺を会場に選んだ。市内の歓楽街で働く人やその利用者、決まった店に所属せず各地を移動して働く人などは、専門機関での検査につながりにくい可能性がある。「実態が分からないからこそ、まず土浦でやってみよう」と考えた。
今年1月から土浦市内で検査をはじめ、8月10日で6回目を数えた。学園祭を含めたこれまでの受検者は延べ200人近くにのぼる。最近は土浦会場を繰り返し利用する人も現れている。「定期的に、気軽に検査を受けてほしいという目的でやっているので、リピーターが来てくれるのはうれしい」と堀さんは話す。
「自分の体を知れてよかった」と思える検査に
堀さんらが検査と同じくらい力を入れているのが、性感染症にまつわるイメージを変えることだ。性感染症には、感染した人の行動や生き方を責めるような偏見がつきまとう。後ろめたさを感じ、結果を知ることを恐れて検査から遠ざかれば、治療の開始が遅れ、他の人に感染を広げる可能性もある。
「偏見に対処するには、ポジティブなメッセージを出すことが大事」。目指すのは「自分の体のことを知れてよかった」「思ったより簡単に受けられた」という前向きな受け止め方を広げることだ。「後ろめたい気持ちを抱えて、自分から検査を遠ざけてしまうのは、すごくもったいない。そういうことを気にせず来てほしい」と堀さんは話す。
検査は、感染を疑われる人だけが受けるものではない。感染していないと分かって安心するためにも、自分自身やパートナーを守るためにも利用できる。学園祭や商業施設の会場では、カップルで一緒に受ける人もいたという。
受検への心理的なハードルを下げるため、会場運営では細部にまで工夫が重ねられている。受け付けでも検査を受ける理由をあえて詳しく聞かない。「普通の健康診断や献血に行くのと同じように」必要な案内だけを淡々と行うという。
広報の手法も工夫を凝らす。若者向けにはゲームのキャラクターのような「ドット絵」を用い、歓楽街を訪れる人向けにはあえて目をひく金色を配色し「無料」と書き込み「お得感」を演出する。その他に、SNSやマッチングアプリにも広告を出す。性産業で働く人の支援団体や事業者からも意見を聞き「誰が、どのような情報なら目を向けるのか」を探っている。

「茨城モデル」を定着させたい
全国のHIV検査数は、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年と比べて大きく減り、その後も増え方が鈍い。感染が早期に分からないまま、エイズを発症して初めて感染が判明する人も、報告される陽性者の約3分の1に上ると、堀さんは説明する。一方、治療は大きく進歩している。感染が早く分かり薬を飲み続ければ、発症を防ぎながら通常の生活を送ることができる。それでも「エイズは怖い病気」「検査を受けるのも怖い」という過去のイメージは根強く残る。「私たちが検査を受けてほしいと考えている人と、実際に検査を受けたい人が同じとは限らない。本当の声を聞かなければいけない」と堀さんは言う。
2026年度で2年目を迎えた。今後は実施する時間帯や場所を広げ、外国人を含め、これまで検査につながりにくかった人のもとへ出向くことも検討している。研究期間の終了後も資金を確保し、仕組みを県内各地に広げ、地域で感染を早期に見つけ、治療につなげたい。土浦での検査を「茨城モデル」として地域に定着させたいと考えている。今後は月1回の頻度で、引き続き土浦での開催を予定している。次回は9月に行う。(柴田大輔)
◆「ゆるっと大人の性感染症検査」の詳しい情報は特設サイトへ。
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