【コラム・海老原信一】暑い日が続き、自称元気者のつもりでいるのだが、鳥を見に行く「勇気」が出てこない日々になっている。とはいえ、思い切って「オオヨシキリを見に行こう」と出かけたものの、肝心のオオヨシキリがヨシから出てこない。子育ても一区切りついたころなのに…。鳥もやはり「暑いのは苦手なのか」と勘ぐってみる。
そんなことで、今回はオオタカとハシボソガラスの記憶をたどってみた。現在、筑波山南側を下妻市に抜けるバイパスが出来ているが、その工事が途中で止まっていたころの話。バイパス沿いに寺具という地域があり、道路は田畑に囲まれた中を通っている。その一隅に車を止め、機材を肩にして農道を歩き回っていた。
カラスの声が聞こえたので、そちらを見ると複数羽のハシボソガラスが上下に反転しながら騒ぎ立てていた。以前にも似た状況に遭遇したことを思い出し、直感的に「ある状況」を想起した。そこまではちょっと距離があるが、暑さと機材の重さで吹き出す汗もなんのその、走り出した。
田んぼの中の草地の中央近くに、オオタカが一羽。その足先の爪に捕らえられたハシボソガラスはかなり啄(ついば)まれていた。それでも仲間のカラスたちはオオタカに威嚇を繰り返していた。オオタカの方も屈することなく、捕らえた獲物を放棄することはしなかった。
まだ無謀ができた当時
攻防がしばらく続いたが、やがてカラスたちは諦め、飛び去って行き、オオタカも獲物の重さに耐えるように飛んで、近くのやぶの中に消えていった。目撃した光景での興奮が冷めてくると、それまで消えていた汗が急激に噴き出してきた。ともかく日陰のある所まで行こうと、遠慮なく照り付けるお日様の下を歩く。
そんなとき目に入ったのが、田んぼへ水を引く灌漑(かんがい)用導水管。あらかたは地中に埋設しているが、所々地上に出ており、空気を抜く弁がついている。よく見ると、管の中を流れる水に冷やされた空気が、水滴となって管の周りに付き、水滴は氷のように輝いていた。
周囲にチラッと視線を走らせ、冷たく光る配管に抱きつく。シャツを通して染みてくる水滴に生き返った感ありだった。熱中症という言葉を聞くことがなかったころとはいえ、「夢中になる」とはこういうことか。バイパスを通るたびに導水管を眺めては、鳥よりも「まだ無謀ができた当時」を懐かしんでいる。(写真家)






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