【コラム・先﨑千尋】本コラムをお読みの皆さんは「倭文織」のことをご存じだろうか。私たちは「しづおり」と言っている。「倭文」だけだと、「しどり」、「しずり」、「しとり」、「しつ」などと読んでいる。
倭文織は、藤布、葛布、科布(しなふ)、からむし織などと同じく、山野に自生する植物(楮=こうぞ=など)を素材とした自然布の一つなのだが、いろいろな文献には残っていても現物が存在しないので、どのような織物なのかが分からず、幻の織物とされてきた。
私は35年前の瓜連(現那珂市)町長のとき、この復元に取り組んだ。私の町は奈良時代には「倭文郷(静織郷、しどりのさと)」と言われていた。713年に編まれた『常陸国風土記』久慈郡の条には「郡の西十里に静織の里あり。上古の時、綾を織る機を知る人あらざりき。時にこの村に初めて織りき。因りて名づく」とある。
また、同町にある常陸二宮静神社には、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)がまつられており、織物関係者の信仰が篤(あつ)い。
倭文織を生産する専門的技術者は倭文部(しとりべ)と呼ばれていた。その一人、倭文部加良麻呂は、防人(さきもり)として北九州に派遣され、そのときに詠んだ長歌が『万葉集』に残っている。
私はこのような歴史遺産をよみがえらせようと考え、県の助成を受け、倭文織のルーツ調査を始め、復元のために、原料となる楮の栽培、織る機を購入、技術者を養成した。瓜連小学校には全国初の「しづ織クラブ」も誕生。織物が好きな人たちはグループ「手しごと」を組織し、現在に至っている。
倭文の名を冠した神社は全国に14社あり、関東、山陰、近畿に多い。地名だけだとさらに多く、北は岩手県にまで残っている。苗字が倭文という人もいる。あまり知られていないが、静岡という地名も「しづはた」に由来する。
この織物については、『日本書紀』『万葉集』『古語拾遺』『延喜式』『常陸国風土記』などに記載されており、特に平安時代の『延喜式』には頻繁に登場する。しかし、その素材についての記述はない。
「倭文織」の文献を1冊にまとめて刊行
私はこの時から、倭文織や自然布、古代布などの文献を集めるため全国各地を訪ねた。それが600余になったので、これをまとめるのが自分の使命と考え、5年前に書き始めた。今回やっとそれがまとまり、A4判112ページの『倭文織考』を自費出版した。
その内容は、我が国の倭文織に関する明治以降の研究史、静、倭文、志鳥などの地名、神社名と人名、建葉槌命と関わりのある香香背男(かがせお)、倭文織に関する最近の動向、文献リストなど。これまで目に触れられなかった江戸時代末期の松浦道輔の『倭文考』も、翻刻収録した。表紙は、江戸時代初期に書かれた「常陸名所図屏風」から採った。
本書は非売品。国会図書館と県内の主な図書館、博物館にあるので、関心のある方はそちらで読んでほしい。
最後に。私の筆力が最近衰え、切れ味が鈍くなったので、このコラムは今回でおしまい。長い間のご愛読に深謝。さらば。(元瓜連町長)






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