【コラム・佐々木哲美】近年、多くの企業でコミュニケーション研修や外部講師による教育が盛んになっています。年配者にコーチングを学ばせ、マンツーマンで若手を育てようとする試みもあります。背景には、後継者育成や技術継承が進まず、「社内では教えにくい」「外部に頼りたい」という空気があります。しかし現場では、若い人に話しても反応が薄く、思いが届かないという声が絶えません。本来コミュニケーションは双方でつくるものですが、これら研修では「教える側が変わりなさい」と語られることが多く、違和感を覚えます。
世代間ギャップを生んだ時代の変化
昭和の現場では上下関係が明確で、経験者の言葉は自然と重みを持っていました。しかし1990年代以降、成果主義やIT化が進み、年齢と権威は結びつかなくなりました。2000年代には若者の情報量が逆転し、2010年代にはパワハラ概念が広がり、強く言うことがリスクとなりました。こうした変化が、「教える側だけが変わるべき」という偏った風潮を生んだのです。
一方、若者は危険体験が乏しく、長い説明を処理する力が育ちにくい環境で育っています。スマホ文化で短い情報に慣れ、SNSでは沈黙が安全。正解を当てる教育で育ち、自分の意見を持つ訓練も十分ではありません。つまり、若者が「聞かない」のではなく、「聞きづらい時代」なのです。このギャップは安全にも直結し、危険の重みを知らない若者と、伝わらない疲れを抱える年長者の組み合わせです。
年長者も若者も心に痛みを抱える
年長者が若者と関わりたくない背景には、伝わらない疲れ、反論への不安、パワハラへの恐れ、価値観の違い、自分の衰えを見せたくない気持ちがあります。若者の沈黙に、「自分の役割は終わったのでは」という喪失感を生むことさえあります。
元巨人軍監督の家庭内トラブルで、娘が大人に相談できずAIに頼った事例は、若者が身近な大人に悩みを打ち明けにくい社会の象徴です。さらに、関係機関が“機械的に判断”したことで、当事者の心情が置き去りになりました。職場でも同じ構造が起きており、双方が孤立すれば、安全文化は崩れてしまいます。
歩み寄り型コミュニケーション
解決の鍵は、どちらか一方が変わることではありません。教える側は短く具体的に伝え、否定せず補いながら若者に合わせて工夫し、教わる側は主体的に学び質問し、失敗を共有し経験を尊重して自分の言葉で考えることです。双方が歩み寄ることで、安全につながる学び合いが生まれます。年長者の経験は若者にとって“安全を守る宝”です。その宝を受け取りやすい形にして渡すことが技術継承の第一歩です。
外部講師の活用も手段の一つですが、最終的に現場を守るのは、現場で働く人同士の信頼と歩み寄りです。互いを尊重する姿勢こそ、安全文化を次の世代へつなぐ力になるのです。(労働安全コンサルタント)






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