【コラム・斉藤裕之】長野県千曲市のギャラリーで「粘土で作る風景」というタイトルで実演をした時の話。モチーフの一つ目は善光寺さん。正面のお姿は参拝時に何度か仰ぎ見ているが、事前に一度訪れた時に県立美術館のある方からも見てみようと歩いていくと、随分と縦に長く、その大きさに改めて驚いた。屋根の色も気になって、調べると檜皮(ひわだ)であるという。
この屋根の吹き替えは大仕事だなと思いつつ、前もって粘土で作っておいたものを描くことにした。
それから、うれしいことに高校の同級生が何人か来てくれるということで、故郷、山口の周南市にちなんで何か…と考えて、「タンカー」を描くことにした。というのも、周南市はかのホルムズ海峡を最初に通過したタンカーを所有する出光興産が最初に製油所を造ったところで、港には日本最大級のタンカーが出入りしていたからだ。
確か、寺田君のお父さんは船乗りだった…、それからつくば市のロケットと…。そうだな、もうひとつぐらい作ろう。そうだ!「煙突」がいい!
百メートル煙突
周南市にはコンビナートがあって、いつの頃か、そこには通称「百メーター煙突」なるものが立った。赤白に塗られた煙突は高校の教室からもよく見えて、私はそれを授業中に描いたのを覚えている。そんなことを思いながら、粘土で作った煙突を大小2本、ひとつには赤白の彩色を施し、もうひとつは時間の都合で塗らないで机の上に置いた。
そうして、いつものように描き始めた。いっぺんには描けないので、善光寺、タンカー、ロケットの順に少しずつ描いていく。最後に煙突を描き始めた。その時、長野在住の高校同級生、藻谷君(弟さんとともに経済アナリストとして名の知れた人)に、「なんでこれは赤白に塗ってあるんだっけ?」と聞いてみた。
「確か航空法で高い煙突は赤白に塗らなくてはいけない…」「確か高い方の煙突を塗った後に低い方は塗らなくていいということになって白いままだったと思う」と言い出した。「そんなはずはない。煙突は全て赤白だったはず!」と思って、もう一人の同級生ジュンちゃんに聞いたら、「私も赤白だったと思う」と。
それから牛久に戻って、描きかけの絵を仕上げようと思い、特に煙突の絵は藻谷君が出来上がりを期待していたので、ネットで念のため確認したら…。なんと、低い方の煙突は白いではないか。人の記憶とは何といい加減なものか。それを藻谷君にメールすると、「斉藤君は無意識に低い方を白いままにしていたのでは」という気遣いあふれる返信が。
私の原風景
そういえば、この煙突がある風景がアニメ映画のモデルになったらしいということを聞いた。偶然にも、ギャラリー・オーナーのかおりさんはその映画のファンだったのだ。そんなオチもついて…。
夏の夜、ベランダに出て昼間の海風から変わって、山から吹く新鮮な風にたなびく煙突の煙を見ながら、深呼吸をした。それは紛れもなく私の原風景。(画家)






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