【コラム・平野国美】訪問診療で訪れたお宅のドアを開けると、高齢の女性患者さんのベッド脇の壁に、若手俳優の等身大ポスターが貼られていることが増えてきました。部屋には、応援グッズやキャラクター商品が並び、まさに「推し活」の真っ最中なのです。
診察中も「先生、この間のテレビ見た?」と、まるで少女のように目を輝かせて語ってくださいました。その生き生きとした表情を見て、私は深く合掌したいような温かい気持ちになると同時に、医師としてある仮説を抱きました。「推し活」は生活に彩りを添えるどころか、認知症を予防するのではないか?
「ワクワク」で分泌するドーパミン
ある方は、数カ月前までは真逆の状態にありました。ベッドの脇に腰掛け、テレビを見るでもなく、ぼんやりと一点を見つめ、声を掛けても視線がゆっくり動くだけ。医学の世界で「アパシー(意欲低下)」と呼ばれる独特の無気力な表情で、認知機能の低下が進みかねない危うい局面にいたのです。
しかし朝のワイドショーで、ある1人のアイドルを見かけてから彼女の生活は一変しました。
前回(6月6日付)、現役引退や環境の喪失によって社会での役割が途切れると、脳への刺激が失われ、認知症のリスクが加速するというお話をしました。そのとき、脳の内部で枯渇しているのが「ドーパミン」という神経伝達物質です。
ドーパミンは、私たちがワクワクしたりするときに分泌されます。興味深いことにこの物質は「目標を達成したとき」よりも、「これから楽しいことが始まるぞ!」という期待の段階で多く分泌されるのです。明日への小さな楽しみやときめきこそが、脳を若々しく保つ原動力になります。
「明日やらねばならないこと」がなくなると、脳内はドーパミン不足に陥り、アパシーを引き起こします。アパシーは単なる怠けではなく、脳のスイッチがオフになった危険なサインです。放っておけば、脳の神経細胞は刺激を失い、ドミノ倒しのように認知症を進行させます。
この脳内ドミノを食い止める最高の特効薬こそ、彼女たちが夢中になっている「推し活」なのです。これは若い世代だけのブームと思われがちですが、実は今、高齢女子の皆さんの間でも多く見られる現代的な現象です。
見返りを求めない純粋なトキメキ
推しができた瞬間、彼女の日常には「次の番組を見るためにリハビリを頑張ろう」「今度のコンサートには明るい色の服を着て出かけよう」という、明日へのワクワクする予測と行動が自動的に組み込まれました。この見返りを求めない純粋なトキメキが、枯渇しかけていた脳内ドーパミンを劇的に呼び覚ましたのです。
リハビリもすっかりやる気になり、いつかファンの交流会に出かけたいのだと、うれしそうに目標を語ってくださいました。(訪問診療医師)






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