【コラム・片岡英明】教師の基礎力とは何だろうか。日常的な現場から自分の頭で考え、指導を組み立てる力量である。教育は教師が授業やHR(ホームルーム)で指導方針を持つことから始まる。
すると、職員室では二つの流れが生まれる。一つは、教師が方針を持った指導の中で生まれる思いがけない事態にも、「そうきたか」と柔軟に対応できる教師。もう一つは指導方針を持ったため、かえって予想外の事態が見え、計画通りに進めようとイライラする教師である。
指導方針を持つ教師のこの違いはどこから生まれるのか、長い間の疑問であったが、その違いがいわゆる教師の「臨床知」への姿勢に由来すると分かった。
授業の指導方針が立てられず、ヒット1本を求めて暗中模索の段階の実践をステップ1、方針を持った実践をステップ2、授業の方針を持った教師が出会う予想外の困難な場面の指導をステップ3―とする。
今までは、ステップ3の実践は臨機応変で柔軟な指導力の問題だと一般化して考えてきたが、最近その指導の構えのヒントとなる本に出会った。今回はその内容を紹介し、教師の応援のためステップ3の指導について考えたい。
臨床思考の問題解決
「東京大学で考える臨床思考の問題解決」(須藤修監修、ダイヤモンド社、2026年2月発行)を読んで、指導方針を持った教員の現場で出会う課題は、この本で取り上げた臨床知が必要な場面であると感じた。
本書は、最近のマルチモーダル(多様な情報を処理できる)AIが、人間の創造性にからむレベルに達しているという、最先端の研究者の危機感から生まれた。AIに覆われている現在の人間に必要な第2の知性を、個性的な講演者の創造性から学び取るという発想で、各分野の最先端の11人の講演と討論の報告書である。
姜尚中氏の「臨床の知の可能性と向き合うべき課題」や、盲ろうの大学教授福島智氏の「格差・教養・多様性をめぐるアンコンシャス・バイアスを考える」など、いくつかの分野を極めている方が、その先端部分を語り、現代に必要な臨床知を検討した。
その講演と討論内容は驚くことに、AIの広がりで生まれた人間社会の危機感を、AIについては何も語らず、第一線の学者・芸術家・宗教家などの、極めて人間臭い一人ひとりの体験から臨床知を探った。この点で一読の価値がある。
勘と経験知では限界
授業で指導案を持った教師が出会う予想外の事態への対応力は、今までは臨機応変で柔軟な指導力という一般的な経験知の問題とされてきた。しかし、経験知では現在の多発している教師が抱える予想外の事態には対応できない。
これは勘と経験だけでなく、研究的な場面である。まず、直面した困難な事態が臨床知を深める場面であるとテーマ化し、ステップ3の実践を記録してほしい。そこから教師が臨床知を学び取ってほしい。この臨床知を教師の学びのテーマに設定すれば、教師は自分の出会う授業やHRだけでなく、学年や魅力ある学校づくりにも、この視点を生かすことができると考える。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)






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