金曜日, 10月 9, 2026
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学者肌の政治家・大塚耕平氏が逝去《文京町便り》51

【コラム・原田博夫】前参院議員の大塚耕平氏が2026年3月2日に急逝した(享年66歳)。大塚氏が勤めていた日本銀行の関係者の紹介で、大塚氏とは2005年ごろから学会活動に関連して交流があった。とりわけ思い出深いのは、あまり票につながらない学会での講演を引き受けてくれたことだ。

私の学会・研究会で講演

東日本大震災後の2012年、私が第4代会長をしていた公共選択学会の研究大会で、大塚氏に基調講演をお願いしようと私が提案したところ、政治学(専門は選挙論)系の専務理事(次期の会長)が「選挙が取りざたされている時期に、現職政治家は集票が見込めない会合には出てこないのではないか」と懸念を示した。

大塚氏は日銀在職時に執筆した「公共政策としてのマクロ経済政策:財政赤字の発生と制御のメカニズムに関する考察」(成文堂、2004年)で、2000年に早稲田大学から博士(学術)号を授与されている。

この業績を強調し、私は「政治(選挙)・経済・行政・政策を研究フィールドにしている公共選択学会にとっては、現場と理論を架橋する意味でも適任と考える」と主張し、大塚氏に講師を打診したところ、特に条件を付けず引き受けいただき、円滑かつ熱心な講演を展開していただいた。

先の衆院選は立候補辞退

大塚氏は2001年の参院選で初当選(民主党)、2007年の再選後、鳩山由起夫民主党内閣で内閣府副大臣に就任した。2011年1月の菅直人第2次改造内閣では厚生労働副大臣(医療・介護・年金・福祉担当)に就任し、大震災後の対策を主導した。

野党に転じたあとは、民進党第4代代表(2017年10月~18年5月)、国民民主党初代共同代表(2018年5月~9月)、同代表代行(2018年9月~23年4月)を歴任。2024年11月の名古屋市長選では、自民、公明、立憲民主、国民民主の推薦を受けながらも落選した。

2026年2月の衆院選では、国民民主党愛知県連の推薦擁立を受けたが、体調不良を理由に立候補を辞退していた。

最後のリポートで「本家帰り」

こうした政治経歴だったが、実に筆まめな方で、メールでの情報発信を熱心に行っていた。私のところに送られてきた最後のメールは、「政治経済レポート:OKマガジン」(Vol.569、2025年10月10日)だった。

そこには「いわゆる高市トレードで株価が高騰しています。株価高騰で日銀の金融政策も利上げがしやすくなったと言えます。…『出口』戦略の推進には好環境になっているとみるべきでしょう。次回の政策決定会合が注目されます」と記され、「日銀による国債購入」「日銀による例外的資産購入」「2025年9月の日銀政策変更」について意見が述べられていた。

それ以前には、取り上げるテーマや話題が、気候変動、貿易、新薬開発など実に多彩だったので、いつ選挙活動をしているのか不思議なくらいだったが、Vol.569は(おそらくは体調不良の中)自分のメーンフィールドに戻っていた―ある種の本家帰り―ようである。ご冥福を祈りたい。(専修大学名誉教授)

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