【コラム・瀬尾梨絵】今回紹介するマンガは、数々の名作を送り出してきた荒川弘先生の異色エッセイマンガ「百姓貴族」(新書館、現在8巻まで)。この作品は知らずとも、緻密な世界観と深いテーマで読者を魅了した「鋼の錬金術師」や、命の重みと青春を描いた「銀の匙(さじ) Silver Spoon」はご存じの方も多いだろう。荒川先生の魅力は、話の構成の深さ、個性際立つキャラクターの造形、読者を引きつける圧倒的な画力にある。
子どものころ、「こんなマンガを描けるような大人になれたら」と思わせてくれたその才能が、本作ではフィクションの鎧(よろい)を脱ぎ捨て、等身大の“農家”というフィルターを通して爆発している。
「百姓貴族」の舞台は、先生の実家である北海道の酪農家。タイトルに冠された「貴族」という言葉は、大地の恵みで自給自足の生活を営む農家に対する、都会人からのユーモラスな皮肉かもしれない。しかし、描かれているのは想像を絶する過酷な労働と、それに立ち向かうたくましい家族の日常だ。
作中には、酪農を営む実家での「農家あるある」が満載。非常食は常に収穫物でストックされ、エゾシマリスやヒグマといった野生動物との攻防は日常茶飯事。「牛乳が飲み物ではなく、エネルギー源」として扱われるなど、私たちが持つ常識を軽々と超えてくるエピソードの数々は、全く共感できないが笑えてくる。
食と命と家族ドラマ
中でも作品の核となるのは、個性と生命力が強すぎる荒川家の人々との絆が描かれている点。一家の大黒柱である肉体が徐々にメカになりつつある父や、パワフルな母、姉妹たちが繰り広げるハプニング、常人離れした判断基準は、読者に笑いを提供するだけでなく、彼らの生活力がどれほど強靭(きょうじん)であるかを教えてくれる。
ファンタジーの世界観で鍛え上げられた荒川先生の画力をもって、時にリアルに、時にコミカルに描かれる家族の表情一つ一つが、物語に圧倒的な熱量を与えてくれる。他の作品たちの中では異色かもしれないが、この「百姓貴族」を読み進めるにつれて、私たちは普段何気なく食べている「食」の裏側にある、途方もない手間と愛情、そして大地への感謝を知ることができる。
ただのコメディでは終わらない、食と命と家族のドラマ。荒川弘ファンはもちろん、「銀の匙」で農業の楽しさに触れた人、そして日々の食卓に隠された熱いリアリティを知りたい全ての人に、自信を持ってお勧めできる最高のノンフィクション作品だ。(牛肉惣菜店経営)






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