
【コラム・瀬尾梨絵】私はマンガの大ファン。いろいろな作品を主に冊子で読んでいるが、このコラムでは私が面白いと思ったものを紹介していきたい。初回は、筑波山をモデルにして神様も登場する「ひとひとがみ日々」(古山フウ著 全5巻 小学館)。神様が出てくるというと、枕詞に「いにしえの〜」とか、「昔々…」なんて言葉がついてくるイメージが強いと思うが、背景の時代は限りなく現代に近い。
舞台は、町から少し離れた「ミツカド山」の麓。隣には「フタツカド山」という二峰の山もあり、筑波山の周りの山々のような地形だ。そこの廃村に、人間の姿になった神々が暮らしている。石の祠(ほこら)の神のイシ、菊の神の菊など、個性的な能力を持った神々が登場する。
例えば、猯(まみ)と呼ばれる神はタヌキのように姿を自在に変えられる。たくさんの神が登場する中で、宝塚がお好きな方は、「ヤネ」という神に注目してほしい。しかし、その力は人間の姿になる前より衰えてはいるようだ。少し時間がたつと大けがが治り、神様と人間の狭間でチグハグな様子がかわいらしい。
「人間1年生感」の神々
彼らはなぜ自分たちが人間の姿になったのか、思い出せないまま時を過ごしている。元は人間が暮らしていた廃村に、人間の姿になった神様たちが工夫を凝らして生活する姿も「人間1年生感」があり、ほほ笑ましい。
体の作りは人間なので眠くもなるし、空腹にもなる。神の姿だった時ではすることの無かった食事をする。食材の調達は主に、物の怪たちが新月の際に開く市でそろえる。ここまで書くと本当に人間のようだが、市でのお代の支払いは、髪の毛数本だったり爪の先だったり、突然人間らしくない。
イタチやトカゲなどの姿をしている物の怪たちにとって、神様の体の一部というのは力のあるものらしく、お代をもらった物の怪が当たり前のように髪の毛を食べていて、こちらの喉に引っかかりそう。
筑波山がモデルの「フタツカド山」
食事をするシーンが何度もあるのだが、これら全ておいしそうなのも注目したい。山菜を使った煮物や、市で売っている冷やしアメ、ペンキの缶で沸かしたミソ汁まで様々な食べ物が出てくる。個人的にフキミソのおにぎりは確実においしいと思う。素朴で魅力的な料理の数々と、ほっこりする作画が相まってとてもお腹が空く。
筑波山をモデルにしたという山も「フタツカド山」として出てくる。立派な神社があり、登山客も多く、まさしく筑波山のようだ。神社があるのでこの山にも神様たちがおり、それぞれの山の神同士交流も描かれるのだが、これもまた人間(?)模様が渦巻いており、ほほ笑ましい。
冒頭でも記したが、ミツカド山の神々はなぜ人間の姿になったかは本人たちも覚えていない。人間に忌み嫌われ打ち捨てられてしまったのか、何か良からぬものが働いているのか。力があるとはいえ、人間の姿になる以前よりも弱くなっているということは、ゆっくりと消滅へ向かっているのかもしれない。優しい作画と少し暗さを感じるこのバランスが病みつきになる作品だ。(牛肉惣菜店経営)
【せお りえ】土浦市出身。飯村畜産(土浦市)の直営店iimura-ya(いいむらや、つくば市二の宮2丁目)店長。地域密着型の弁当・惣菜・精肉販売店に10年間従事。日々の店舗運営で、多様な年代、多様な価値観を持つお客様と接する中で培った人間観察眼を、マンガの選定に生かす。コラムでは、疲れた心にサプリとして、マンガで癒され明日への活力になる一冊を紹介していく。






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