【コラム・平野国美】私が今の仕事に従事して20年以上が経過し、世の中のシステムや価値観が大きく変わるのを肌で感じています。最近では、新型コロナ感染症が死生観や葬儀の在り方を変えました。これらの変化を良い、悪いと論じるのではなく、歴史的な事件や災害が生活様式を変えるのは世の常なのでしょう。
家族の形態も大きく変わりました。子供の頃に見ていた日曜日夕方の「サザエさん」のような、一つ屋根の下に多世代が暮らすご家族にお会いすることは、今や年間を通して一件あるかないかです。核家族化が進み、誰もが独り暮らしになりうる時代。サザエさん一家の同居ペットであった猫「タマ」の立ち位置は、ペットという存在をはるかに超えているのです。
ここ数年、訪問先様のお宅でペットにお会いする機会が増えました。以前はワンちゃんが多かったのですが、飼い主様の高齢化に伴い、散歩など体力的な負担が少ない小型犬が好まれ、やがて猫へと変わってきました。この変化については、以前、コラム27「ワンちゃんがネコちゃんに負けた日」(24年9月19日付)で報告したことがあります。
核家族化と独居化が進む中、「我々は誰と老後を暮らし、そして最期を迎えるのか?」という根源的なテーマが浮上しています。その問いに対する一つの答えが、彼ら「コンパニオンアニマル(伴侶動物)」です。
犬や猫と人間の絆が「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンによって育まれることは、医学的にも解明されています。このホルモンは、ストレスの軽減や幸福感の向上、信頼感を深める働きがあり、触れ合い(スキンシップ)や会話によって分泌が促されます。驚くべきことに、オキシトシンは人間同士だけでなく、人と犬といった異種間でも、お互いの分泌を促進させ合うのです。
「孫を飼うなら犬を飼った方がいい」
太古の昔、人の集落に近づいてきた狼の中に、人懐っこい性質の個体がいたのでしょう。それらが家畜化されて犬になったという説があります。犬は他の動物に比べて白目の部分が多く、人とアイコンタクトを取るのが得意です。視線を交わし合うことで、人と犬は共に狩りをし、コミュニケーションを取り、共生の道を歩み始めました。
皆さんも、犬と見つめ合った時に、幸福感に包まれた経験はないでしょうか。まさにその瞬間、オキシトシンが分泌されているのです。もちろん、人と猫の間にも、このホルモンを介した関係が成立することが証明されています。
高齢化と独居が進む時代、唯一無二の存在として傍らにいるのが犬や猫なのです。彼らは今やペットを超え、「コンパニオンアニマル」と呼ばれています。以前、ある患者さんが私に、こんな意味深な言葉を漏らしました。「先生よ、孫を飼うなら犬を飼った方がいいね。裏切らないよ」。この言葉が持つ重みを、私たちはどう受け止めるべきなのでしょうか。(訪問診療医師)