7月20日に投開票が行われた参院選では、「日本人ファースト」を掲げ、外国人への規制強化を主張する参政党が大きく議席を伸ばした。つくば市で育ち、2021年に日本国籍を取得した中国出身のナターシャさん=仮名=(36)が「日本人ファースト」と聞いて思い起こしたのは、「一等、二等と国民を差別した日本の植民地支配。気持ち悪いと思ったし、自分が社会から除外されていくようで怖くなった。つくばでもその主張が広がっていることにショックを受けている」と語る。
参院選の結果、県内では参政党から出馬した桜井翔子氏が現職を破り、初当選を果たした。つくば市で桜井氏は、県内の全市町村で最も多い3万723票を獲得した。比例で同党はつくば市で、自民、国民民主に次ぐ約1万6000票を得た。8月3日、櫻井氏は当選後初の街頭演説をつくば駅前で開いた。集まった100人余りの聴衆に配布されたチラシには、同党が掲げる「日本人ファースト」が記され、「外国人優遇」に反対する主張が裏一面いっぱいに書かれていた。
怖くなった
ナターシャさんは4歳で訪日し、中国出身の両親と6歳からつくば市で暮らしてきた。つくばはナターシャさんにとって、慣れ親しんだ「地元」だ。特にさまざまな地域出身の外国人など多様な人が行き交う学園地区は「居心地がいいし、安心感を覚える街」だという。
幼い頃から周囲との違いを意識してきた。地域の公立校に通った幼少期は、自分の出自を「恥ずかしい」と感じ、人前では中国語を話さないようにした時期もあった。学校では、周囲に馴染もうと努力した。
意識が変わったのは大学時代。留学先の米国で政治に関心を持ち、自分の意見を主張する多様な友人たちと出会った。「自分がモヤモヤしていることを口に出していいんだ」と気付き、帰国後はSNSなどで自分の気持ちを表現するようになった。

投票権がないのは嫌
選挙権を意識し始めたのもその頃だ。大学の途中までは「自分に選挙権がないのは残念だけど、しょうがない」と諦めていた。だが学びを深める中で「日本で育ってきたのに選挙権がないのは、すごく嫌だ」と感じるようになった。選挙に参加することは、帰化を決めた理由の一つになった。
初めての投票は、帰化した2021年に行われた衆院選だった。マイノリティーであることから孤独を感じることもあったというナターシャさんは、「自分の一票が生かされたり、自分と似た考えを持つ人がこんなにいると知ることができたことが、すごくうれしかった」と振り返る。
もはや通じない
今回、2025年の参院選では「外国人が優遇されている」など事実に基づかない主張が広がった。専門家の反論が報じられても、誤った情報は拡散され続けた。
「今回の選挙は『デマを言ってもいい』という承認が与えられたようで、すごく怖い。根拠を示して話しても、もはや通じない。どうしたらいいのか分からない」
性的マイノリティの当事者でもあるナターシャさんは、参政党が主張する「日本人ファースト」や、女性の価値を出産できるかどうかに置くような主張に対し、「私は移民だし、クイア(すべての性的マイノリティーを広く包み込む概念)の当事者でもある。彼らの主張は自分に向けられているようで、ショックだった」と話す。
スケープゴートの構造
日本で育ち、国籍を取得した今、ナターシャさんが考えるのは「じゃあ日本人って何?」という問いだ。「書類上は日本人だけど、日本人らしいって何だろう。例えば、私の名前は全部カタカナで日本人らしくない。『日本人ファースト』が進めば、どんどん排除されていくかもしれない。性的マイノリティの人も同じ」
外国人への差別的な空気は、以前から感じていた。職場で、押し寄せる中国人観光客の報道を見た上司が「また中国人が」と口にしたり、外国人の従業員が集まっているのを見て「なんで集まってんの?怖い」と話したりする同僚がいた。「切り取られた情報がメディアを通じて流れていた。偏った情報が積み重なり、そういう発言をしていい雰囲気が出来上がってきた」と感じている。
日常の中でも無言の圧力を感じているという。バスや電車で、どんなに空いていても優先席に座らない外国人の友人は少なくない。「わずかでも違和感を持たれたくないから、『正しい移民』になろうとしている。みんな普通に生活しているだけなのに、模範的でなければならないと強く感じている」
さらに「排除されるのは移民だけの話ではなく、マイノリティー全般に共通することだと思う」とし「生活が苦しくなる責任を少数者に押し付けるスケープゴートの構造がある」と指摘する。「差別してはいけないということは、教科書でも習うこと。それが選挙を通じて、『レイシストでもいい』と承認され、一般化されてしまった。それまでは心の中で思っても口に出さなかったはずなのに、誰でも言っていいことだと思うようになる」
つくばの良さは多様性
つくばの良さは「自分のような人がたくさんいる」と思える安心感だという。
「ルーツの違う人がいない環境だと、『日本人』のフリをしなきゃいけない。私は周りにめちゃめちゃ合わせてしまうから、本当に疲れる。多様な人がいる場所のほうが、安心して暮らせる。全体主義的な空気が広がっているのを感じているが、長い目で見れば必ず良い方向に向かうはず。今は、自分ができることをやるしかない」と語った。(柴田大輔)
続く