金曜日, 5月 20, 2022
ホーム つくば 難病の大枝未和さんが熱唱 友人ら応援「頑張る姿に感動」

難病の大枝未和さんが熱唱 友人ら応援「頑張る姿に感動」

【崎山勝功】難病の再生不良性貧血を患う大枝未和さん(16)=つくば市=が5日、つくば市内で開かれたチャリティーコンサートに出演し、自身が作詞した「希望の花咲く場所」を熱唱した。会場には、未和さんの初ステージを見届けようと小中学校時代の友人らが駆け付け、未和さんを応援した。

同市大、鹿島神社近くの空き地で開かれた「ミュージックピクニックin芝畑 泳げ鯉のぼり!!」で、未和さんは約20分間出演し「希望の花咲く場所」を含め「翼をください」「花は咲く」の計3曲を歌いあげた。

幼稚園時代からの友人、狩谷瑠海さん(16)は=高校2年=、未和さんの幼稚園・小学校時代を「いつもニコニコして、すごく明るくて優しい子だった」と振り返り「CDで聞いていたけど、生歌は初めて。感動した」と語った。同じく幼稚園時代からの友人、矢口茉樹さん(16)=同=は「病気なのはわかっていたけど、ここまで頑張っているのを知って、すごく尊敬した」と話した。中学時代の友人、大貫未陽さん(16)=同=は「とてもきれいで、見ている自分も励まされた」と感銘を受けていた。

初ステージを終えた未和さんは「みんなが見ているので、ちゃんと声が出ているか心配だった。やり切ったという感じ」と感想を述べ、友人らが駆け付けてくれたことに「うれしかった」と話した。

未和さんが作詞した歌は、難病で苦しむ家族や患者らが集まる「難病カフェアミーゴ」(つくば、水戸などで活動)の仲間たちから寄せられたメッセージを元に作った。未和さんは「初めて(アミーゴの人たちと)会ったときは緊張して、うまくしゃべれなかったけれど、メッセージは本当の声なので、重みを感じた。素直に受け入れられた」と振り返った。

未和さんの歌詞に曲を付けたシンガーソングライターで同コンサートを主催する佐倉孝司さん(63)=土浦市=はこの日、ステージで未和さんの演奏も務めた。佐倉さんは「最後の部分は自分が作ったかのようにゾクゾクした」と話した。

未和さんは現在も治療のため、筑波大附属病院に週1~2回通院している。中学生だった2015年から16年に掛けては「学校よりも病院に行くことが多かった」ほどで、病院内に設けられた院内学級で勉強したという。

感染症にかからないよう毎日、手洗い、うがいを欠かさず、マスクは今も必須だ。食事も生ものはほとんど食べずに、野菜も火を通して食べている。初ステージを見守った母親の豊美さん(38)は「食生活はきつかったと思う」と振り返った。

ミュージックピクニックは、東日本大震災が起こった2011年秋に「みんなに元気になってもらおう」と佐倉さんら市民有志が主催し、つくば市西大橋で始められた。15年春までは年4回開催していたが会場が使えなくなったため、現在の会場に移って15年秋から年2回のペースで開催を続けている。

陽性確認者数(公表日ベース)の推移

つくば市

土浦市

スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

入国待ちわびた留学生52人 日本つくば国際語学院で3年ぶり入学式

つくば文化学園が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(つくば市松代、東郷治久理事長兼校長)の入学式が20日、隣接の日本料理店、山水亭で催され、コロナ禍の中、入国を待ちわびた13カ国の52人が入学した。3年ぶりの入学式となった。 2年間入国できず待機していた留学生が多いという。例年なら4月に入学式を開催するが、コロナ禍で留学生の入国が遅れたため1カ月遅れの式典となった。 出身国は、イラン、ウズベキスタン、タジキスタン、スリランカ、ネパール、ガーナ、カメルーン、ミャンマー、モンゴル、中国、韓国など。 新入生一人一人に学生証を手渡す東郷治久理事長兼校長(右)=同 式典では、東郷理事長が一人ひとりに学生証を手渡し、「去年、おととしは入学式が行えなかった。待ちわびていた入学式が盛大に行えたことは大きな喜び」とあいさつした。さらに「コロナの中、一度は入学を断念しようかと考えた人もいたと思うが、将来の夢の実現のために目標を果たすという強い意志が扉を開いた」と称えた。その上で「日本語を楽しく学び、日本を好きになってもらおうというのがモットー。たくさん日本語で話して上手になってください」などと呼び掛けた。 新入生を代表してイラン出身のハディース・ダナーさん(28)が日本語であいさつし「もし世界中のどこにも戦争がなかったら、おそらく今日、ウクライナ人やシリア人も私たちとここで入学式を祝うことができたと思う」と語り、「ここにいる新入生は、大きな願いを達成し成長するために留学を決意し、さまざまな人が安全に安心して一緒に暮らせる日本を選んだ。今の気持ちを忘れずに精一杯頑張るつもりです」などと決意を話した。

死に方が選べない時代 《くずかごの唄》108

【コラム・奥井登美子】死に方を自分で選ぶのが難しい時代になってしまった。コロナの流行がそれを加速してしまっている。人生で最後のしめくくり、「ご臨終」が不可能になってしまったのだ。 Tさんはがんの末期で入院したご主人に会いに行ったけれど、コロナの感染を恐れて会わせてもらえなかった。そのままご主人は亡くなって、遺体をさわることすらコロナの危険でできなかったという。愛する夫の臨終に立ち会えなかったTさんはノイローゼみたいになってしまった。 奥井恒夫さんはご近所に住む親戚で、薬剤師。家族の次に大事な人である。認知症予防に碁と散歩。毎日散歩をして、脳と身体、両方を鍛えていた。彼は自宅で倒れ、救急車で入院。コロナで会わせてもらえないまま、亡くなってしまった。亭主にとって、会えないままになくなった恒夫さんの死はショックだった。 在宅死について書かれた本 「このごろ、息を吐くときが苦しい。おやじも最後のころ、そう言っていた。ぴんぴんころりバタンキュー。人間らしさの残っている間に家で死にたいよ。図書館に行って、在宅死の書いてある本借りてきてくれよ」 亭主に頼まれて、私は図書館に行って本を探してみた。

例外だった私の子ども時代 《電動車いすから見た景色》30

【コラム・川端舞】学校教育法では特別支援学校の対象となる障害の程度が定められていて、それより重度の障害を持つ子どもは就学時に教育委員会から特別支援学校への入学を提案される。2007年から、障害児の就学先を決定する際は保護者の意見を聞かなければならないとされたが、それでも特別支援学校の就学基準に該当する障害児はそのまま特別支援学校に入学するのがほとんどだろう。 私も小学校入学時、特別支援学校への入学を提案されたが、両親の強い意向により、私は重度の障害を持ちながら、通常の小学校に入学した。 障害があるのに通常学級に通っている自分が例外的な存在であることは、小学校時代から薄々気づいていた。身体障害のある子どもは自分しか学校にいなかったし、数人いた知的障害のある同級生は、ほとんどの授業を別の教室で受けていた。 時々、道徳の授業で教材に出てくる障害者は、教室で学んでいる同級生とは異なる世界で生きている「特別な存在」だと言われている気がして、実は「障害者」に分類される人間が同じ教室にいることがばれないように、私は息を殺して授業を聞いていた。 「障害を持って通常学級に通う…」 大学で特別支援教育を学び、改めて法律上は、私は特別支援学校の就学基準に該当することを知った。特別支援学校での障害児支援に関する研究はたくさんあるのに、子ども時代の自分のように通常学校に通う重度障害児への支援に関する研究はほとんど見つからず、「そんな障害児はいない」と言われているようで、無性に悔しかった。当時の私の調べ方が足りなかったのかもしれないが、通常学校に通う障害児もいる。

国保税の口座振替依頼書を別人に誤送付 つくば市

つくば市は18日、国民健康保険税を銀行口座から引き落とすための口座振替依頼書の写しを、5月9日付けで別人に誤って送付してしまったと発表した。 誤送付した依頼書には、国保税納税義務者の氏名、住所、電話番号、生年月日、引き落としをする口座の金融機関名、口座番号、口座名義人の氏名が書かれていた。 市国民健康保険課によると、4人の口座振替依頼書に記載の誤りがあったことから、再提出してもらうため、4人に対しそれぞれ、誤った記載のある依頼書の写しを9日付で送付した。 その際、そのうちの1人に、本人の分と別人の分の2通を送ってしまったという。 担当職員が、同じ宛名を2枚印刷し、同じ宛名が印刷された2通の封筒にそれぞれ、本人分と別人分を入れて送付してしまったという。その際、宛名のチェックなどは実施しなかった。 13日、2通の通知を受け取った世帯主から、本人分と別人分が届いていると筑波窓口センターに直接、持ち込みがあり、誤送付が判明した。