日曜日, 1月 25, 2026
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尾道 坂の街にて《続・平熱日記》179

【コラム・斉藤裕之】愛犬パクと故郷山口に帰って来て1週間。明日は弟夫婦と日本海側に行っておいしい魚でも買ってこようかと…。「尾道はどう?」。義妹の一言で行き先変更。翌日、3月も後半になるというのに広島では雪が舞って、遠くの山々は山水画のよう(日本海側に行かずによかった)。

尾道までそれほど遠くはないのに、訪れるのは初めて。まずは千光寺のロープウェイに乗って、尾道の街を見下ろす。川の幅のような向島との間の尾道水道には、渡し舟が行き交う(3月末で廃止と後日知る)。寒風が身に染みるが、そのおかげで空気は澄んでいて尾道大橋や西に続く島々までよく見える。戸艮(うしとら)神社の樹齢千年と言われる大楠を眼下に、ロープウェイで下りて日本有数の長さで知られるアーケード街へ。

他の地方都市の多くと同じくシャッターを下ろした店舗も目立つが、なんとか踏ん張っているようにみえる商店街。平日にもかかわらず、外国からの観光客も多く見かけた。義妹は金物屋で取っ手の長いトタンのチリトリを買い、私は少々値が張ったが晩のおかずに焼きアナゴを買った。

坂の街と知られる尾道。せっかくなので、少し坂を登ってみようということになった。登り始めてすぐに、かわいらしい薄緑色の木製のドアが気になった。ローマ字で「KAPPAN…」。どうやら活版印刷の店のようだが、あいにく閉まっている。

それから少し上まで行ってみたが、すぐに息が上がってしまい、早々に引き返す。おや、さっきの店に明かりがついているような気がして、ドアに手をやったら開いた。すると、女性が出てきて中に招き入れてくれた。店内には手動の印刷機が2台とその奥に活字の並んだ棚がある。

がんす、タコのてんぷら、

「懐かしいなあ。実は実家が印刷をやっていて…」と、私と弟はかって活版印刷を生業(なりわい)としていた実家のことなどについて話し始めた。

「そうなんですか。この機材は北海道から船で運んできたんですよ…」。店の方と話が弾む。私は実家から唯一運び出して、弟の家に置きっ放しにしてあるものを思い出した。「うちに電動の立派な活版印刷機があるんですけど、いりますか? ちゃんと動きますよ」。店の方は意外な提案に少し戸惑った様子だったが、それならばと責任者の方の連絡先を教えてくれた。

帰宅して連絡をとると、すぐに返信が届いた。だれかに使ってもらえればと思って取っておいた活版印刷機。残念ながら、弟も私も使い方を知らず鉄くずになりかけていた。願わくば、尾道の街で鉄製の精巧な歯車が力強い印字を刻む雄姿を再び見せてほしい。きっと、インクの匂いとガッチャン、ガッチャンというレトロな響きはこの坂の街に似合うだろう。

その夜の食卓には、がんす(魚のすり身にパン粉をつけて揚げた広島の郷土料理)、タコのてんぷら、焼きアナゴが並んだ。また尾道を尋ねて、今度は別の坂を登ってみようと話し合った。(画家)

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