日曜日, 10月 11, 2026
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悠仁さま、筑波大入学

開式を待つ間に談笑も

筑波大学(つくば市天王台)で5日、大学と大学院の入学式が開かれ、生命環境学群生物学類に入学した秋篠宮家の長男、悠仁さま(18)も参加した。大学の入学式は学群ごとに2回に分けられ、悠仁さまは午前9時から始まる最初の式典に参加した。

悠仁さまはスーツにネクタイ、黒いリュックを背負い、式典開始45分前に席に着くと、隣りに座る他の新入生と談笑しながら開式を待った。入学後は、東京・元赤坂の秋篠宮邸から通学するほか、大学近くにある単身用の民間の集合住宅の一室を借り、併用していくという。

入学式の様子

一人の夢のみならず豊かな未来社会実現へ研鑽を

式典であいさつに立った永田恭介学長は「現代の社会課題の解決には複数の分野にわたる総合的な知識と、それぞれの分野の原理的な概念が必要になる。皆さんにはぜひ、グローバルな視点で社会の変化に関心を持ち、これらの課題を自分のこととして認識し、専門分野にとらわれずに学びの幅を広げ、社会に出てから責任ある考え方に基づいて行動できる力を身につけてほしい」と新入生に語りかけると、「一人一人の夢の実現のみならず、豊かな未来社会を実現するために、ともに日々の研鑽に励んでいきましょう」と呼び掛けた。

式典で挨拶をする永田学長

医学群に入学する水戸一高出身の益子隆生さん(18)は、地域医療を担う医師を養成する「地域枠」で入学した。「期待より不安も多い」としながら「県内には医師不足に直面する地域があるが、各地の特色を理解し医療に取り組み、地域の方々に安心を届けられるような医師になりたい」と目標を語った。中国・北京市出身で、情報学群に入学するホウ・シキさん(20)は「大学では図書館の検索システムとともに、AIを活用した図書推薦システムについて研究したい。中国では登山が趣味だった。つくばには、日本百名山の筑波山がある。在学中に、他にもいろいろな山を巡ってみたい」とつくばで過ごす学生生活への思いを膨らませていた。

同大の今年度の入学者数は、学部にあたる学群が2230人、大学院が2568人、はり、きゅう、あん摩・マッサージ指圧を視覚特別支援学校で教える教員を養成する理療科が9人。午後からは大学院の入学式が開かれた。(柴田大輔)

入学式に集まる新入生たち=筑波大大学会館前

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