月曜日, 10月 12, 2026
ホームスポーツAstemoリヴァーレ茨城 ホーム最終戦 勝利飾れず

Astemoリヴァーレ茨城 ホーム最終戦 勝利飾れず

チャンピオンシップ進出決定

バレーボールの最高峰カテゴリーSVリーグ女子のAstemo(アステモ)リヴァーレ茨城は29、30日の2日間、ひたちなか市総合体育館でホーム最終戦を行い、今季からSVリーグに加わった群馬グリーンウイングスと対戦した。1日目の29日は群馬をセットカウント3ー0で破り、レギュラーシーズンの上位8チームによるチャンピオンシップ進出を決めた。2日目の30日はセットカウント2−3で敗れ、ホーム最終戦を勝利で飾ることが出来なかった。Astemoリヴァーレの通算成績は22勝20敗。レギュラーシーズンの順位は8位。

大同生命SVリーグ2024-25女子 2025年3月30日@ひたちなか市総合体育館
Astemoリヴァーレ茨城 2-3 群馬グリーンウィングス
21ー25
25ー11
25ー20
15−25
7ー15

第1セット、巧みなトスを上げる筑波大学出身のセッター倉田朱里

2日目30日のホーム最終戦。Astemoリヴァーレは、前日の29日にチャンピオンシップ進出を決め、「試合内容を含め明日頑張らないといけない」(中谷宏大監督)と試合に臨んだ。対する群馬は35戦目で初勝利し3連勝して勢いに乗り挑んだ。29日は敗れ、連勝がストップした。

第2セット、サーブを決める鹿嶋市出身(日本ウェルネス高校)の生井澤美海華

Astemoリヴァーレは第1セット、一進一退の接戦の末に群馬に先取を許した。第2セットは、鹿嶋市出身(日本ウェルネス高校)の生井澤美海華がサービスエースを決め、筑波大学出身の高間来瞳がアタックを決めた。その後もサーブから点差を広げ25ー11で2セットを取った。第3セットは高間がブロック、キャプテン上坂瑠子やマッケンジーメイがアタックを決め、最後は高間が決めて連取した。

第2セットで得点が決まり喜ぶAstemoリヴァーレの選手たち(中央は高間)

しかし第4セットは群馬の攻撃とブロックに苦しめられ、ミスもありセットを落とすと、最終第5セットも相手に傾いた流れを止めることができず連取された。

第4セットでスパイクを決めるキャプテンの上坂瑠子(奥)

試合後、Astemoリヴァーレの中谷宏大監督は「ゲームの初めからうまくかない展開が多く続き、勝敗以上に内容としては完敗だった。数字では見えない勇敢さ、大胆さとか、両チームを見ると相手の方が圧倒的に押しているように見られた」とし。「1年間チャンピオンシップで勝つことを目標にやってきた。チャンピオンシップでは自分たちがやらなくてはいけないことをやり、相手に立ち向かいベストを尽くしてやり尽くさないと勝てない。やり尽くす準備をみんなでやり遂げたい。はいつくばっでも最後までしがみついて勝ちをもぎ取りたい」と力を込めた。

筑波大出身のアウトサイドヒッター 高間は、今季3年目の40試合に出場し210得点を挙げた。今シーズンを振り返り「個人的には波があるシーズンだった。準備していたのをしっかり出せた時もあるし準備してきたのに出せなかった時もあった。来シーズンは波のないような安定したシーズンにしたい」と話し、「(チャンピオンシップで4月19日から対戦する)大阪マーヴェラスは(レギュラーシーズに優勝するなど)強いチーム。みんなでコミニケーションをとって練習し、粘り負けない強いチームをつくっていきたい」と意欲を話した。

試合終了後ファンに挨拶をするキャプテンの上坂瑠子(中央)

筑波大出身で2年目のセッター 倉田朱里は「スキル、気持ちの面でも変化があるシーズンだった。昨年は出場機会が少なく今シーズンは大幅に出場機会を増やすことが出来てセッターとしてどうゲームメークしていくかだったり、スパイカーとのコミニケーションだったり、試合を通していろんなことに気づけたシーズンだった。自分のキャパを知ることが出来たので、スキル、気持ちの部分でも来シーズンの取り組み方につなげていけるシーズンだった」と述べ、チャンピオンシップでは「チーム力として全力でプレーし、試合に向けて勝つイメージをチームで持ちながら練習に取り組んでいきたい」と意気込みを語った。

レギュラーシーズンの最終戦は4月5日、6日にアウェーの上尾市民体育館で行われ、埼玉上尾メディックスと対戦する。

試合前にスタンドに向かって整列するリヴァーレの選手たち

レギュラーシーズンは最終戦を前に大阪マーヴェラスの優勝が決まり、Astemoリヴァーレの順位は8位。チャンピオンシップはトーナメント方式で実施され、Astemoリヴァーレの対戦相手は優勝した大阪マーヴェラスに決定した。4月19日からアウェーのグリーンアリーナ神戸で対戦し、先に2勝したチームが準決勝に勝ち進む。(高橋浩一)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho





spot_img

最新記事

33年間も付き合ったハイエース《鳥撮り三昧》18

【コラム・海老原信一】2026年9月2日、車との32年と9カ月の付き合いに終止符を打つ日がやってきた。家族とのキャンプやスキー、野鳥を求めての野宿旅、普通の人なら入らないような所へと入り込んでは、あちらをこすり…、気が付けば「身体」はボロボロになっていた。 文句ひとつ言うでもなく、1993年11月5日登録のハイエースは40万7000キロも走り続けてくれた。8月30日、「もうこれでお終わりにしたい」と言われたような故障が発生。何とかならないかと思案したが、そう理解した。恥ずかしい話だが、涙があふれた。 長過ぎた付き合いだった。いろんな思いが詰まってしまっていた。それは家族との思い出であり、自身の生きてきた時間そのものだから。代わりの「相方」が必要なので、前車と同様に頑張ってくれる車種を探すが、価格高騰がネックとなっている。野鳥を求める旅には支障があるけれど、しばらくは悩み続けよう。 鳥たちと毛虫 9月下旬から10月中旬にかけて、桜が植えられている場所で、葉が色付き、落ち始めるとカッコウの仲間が姿を見せる。これまでの観察経験ではツツドリの幼鳥が多い。旅の途中、栄養補給のため桜に着く毛虫を求めて来るのだ。 毛虫は人には嫌われる存在だが、鳥たちには大事な食料。とはいえ、くちばしに毛虫をくわえているのを見ると、「それを食べるんかい」との思う。自分が口にしているのを想像してしまうからなのかもしれない。それでも、毛虫を食べる人もいるようで、その人の書いたものを読んだ記憶がある。 かの鳥たちは桜の葉が無くなるころにはいなくなるが、一体どのくらいの毛虫を食するのだろう。彼らが食べることで桜が守られることもある。そう考えると、他の命を支えるという相互の関係が思われる。世の中はそんな関係で成り立ってるのかもと思う。(写真家)

抗がん剤治療が効き10カ月《ハチドリ暮らし》66

【コラム・山口京子】「死に時に あらがいつつも 迷いつつ…」。今の自分の心持ちです。昨年12月にがんと告知され、医師に「治療をしなければ余命8カ月。治療して功を奏した場合は2年半」と言われました。月に2回入院して、抗がん剤治療が効き、10カ月が過ぎました。 そうした中、良寛さんの言葉を思い出しました。1828年、良寛さんが71歳のとき、新潟で大地震が起きました。被災し、子どもを亡くした知人に宛て「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」と。色身と法身を一身に生きた良寛さんならではの言葉だったのでしょう。 昨今の天災は人災の要素が高まっています。医療技術が進み、かっては助からない命が助かるようになった時代に生き、自分は死に時をどう考えるのか…。末期がんとどう向き合うのか…。 国民皆保険制度で、受けられる治療であれば受けてみる。高額になる自由診療は見合わせる。自分でできる食事・運動や生活改善はやってみる。手の届く代替治療やサプリメントは可能な範囲で利用する。こうして過ごしてきました。 抗がん剤治療で時間を稼いで、できるならがんの進行を遅らせ、がんを小さくし、その間に、体力・体調・体重をキープし、自分の免疫力や自然治癒力を高め、標準治療に頼らないで、がんと共存できたらという願いがあります。 どんな物語を紡ぐのか そう願う一方、抗がん剤を止めたらがんが増殖するのではないか、抗がん剤が効いて手術ができるようになったのに手術をしないのはどうかと、迷っている自分がいます。 自分の心身は自分の支えでもあり、制約でもあるのでしょう。制約を取り払うことができるなら、何が見えてくるでしょう。人が生きていくに当たって、物語と意味は不可欠なものかもしれません。どんな物語を紡ぐのか、何にどういう意味を込めるのか。 自分の自分と、他人の自分、たくさんの他人の自分で構成される社会で、平和に暮らすすべとは、いかなるものなのでしょうか?(消費生活アドバイザー)

駅名板やヘッドマークなどお宝40点 土浦まちかど蔵で「筑波鉄道展」

1987年に廃線になった筑波鉄道の歴史と、現在の自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」のつながりを紹介する「筑波鉄道展」が9日から、土浦市中央の観光拠点、土浦まちかど蔵「大徳」で開かれている。駅名板、ヘッドマーク、切符などお宝約40点が展示されている。 鉄道愛好家でもある土浦市観光協会の浅川善信さんが、筑波鉄道を運行していた関東鉄道の倉庫に眠る鉄道資料の中から、選りすぐって展示した。関東鉄道、JR土浦駅などの協力を得て同市観光協会が主催する。 展示されている駅名板は、筑波山観光の玄関口として当時、観光客でにぎわった「筑波駅」(つくば市沼田)と、旧新治村の「常陸藤沢駅」の2点。 ヘッドマークは、臨時列車「つくば」、急行「つくばね」の車両の先頭に取り付けられていたものなど3点。臨時列車のヘッドマークは、かつて筑波山の観光シーズンなどに、国鉄上野駅から臨時列車を運行していた記録でもあるという。急行は、1960(昭和35)年ごろ、土浦ー筑波駅間をノンストップで運行していた急行に取り付けられていた。ほかに、廃線間際の車両に取り付けられた「さようなら 筑波鉄道 ありがとうございました」と書かれたヘッドマークも展示されている。 さらに、土浦駅の隣の新土浦駅で実際に使われていた、列車の運行を監視したり制御するためのスイッチが収められた制御盤や、1983(昭和58)年に田土部駅に掲示されていた旅客運賃表なども展示されている。制御板は、右上に国道踏切、右下に六号国道踏切とある。当時、筑波鉄道が土浦市内の国道6号を横切った際、住民は踏切で長く待たされた。浅川さんは「土浦市民にとっては懐かしい思い出として記憶に残る踏切なので、こういうふうに踏切を制御していたんだと分かる制御盤」だと話す。 旅客運賃表には、田土駅から土浦駅までの運賃が当時340円だったことのほか、上野駅や横浜駅、宇都宮駅までの運賃も書かれており、当時、国鉄への乗り換えが多かったことがわかる。 ほかに、1896(明治29)年に製造されイギリスから輸入されたレールを切断してつくった文鎮、客車をけん引していたディーゼル機関車のブレーキハンドル、レールを固定するために打ち込んだ犬の頭部の形に似た犬釘など珍しい資料も展示されている。 浅川さんは「サイクリストには、りんりんロードに鉄道の歴史があったことを知ってもらうと同時に、鉄道ファンには現在も現地に残る筑波鉄道の遺構を自転車で巡ってもらえれば」と話し、「折に触れて、その場所にあった筑波鉄道に思いを馳せていただければ」としている。 筑波鉄道は1918(大正7)年に開業した土浦駅と岩瀬駅を結ぶ40.1キロの鉄道で、開業当初は蒸気機関車が黒い煙を吐きながら、客車2両と手荷物車、郵便車の計4両を引っ張り1日6往復した。1925(大正14)年に筑波山ケーブルカーが開業してからは、筑波山観光に大きな役割を果たすようになった。一方1970年代以降の道路整備や車社会の普及により沿線住民や観光客の鉄道離れが進み、1987(昭和62)年に廃線となり70年の歴史を閉じた、廃線後、線路跡地を茨城県が買収し、2002年に自転車道「つくばりんりんロード」を整備、2016年には霞ケ浦自転車道と統合され、ナショナルサイクルルート「つくば霞ケ浦りんりんロード」になった。駅のホームには現在、サイクリストのための休憩所などが整備されている。(鈴木宏子) ◆「筑波鉄道展」は19日(日)まで。入場無料。開館時間は午前9時~5時。18日(日)午前11時からと午後1時からの2回、筑波鉄道に関する鉄道ビデオを会場で上映するほか、同日午後2時から、鉄道関連グッズが当たる抽選会を開催する。詳しくは土浦市観光協会のホームページへ。

カフェ&ラボ テラッツァ《ご飯は世界を救う》75

【コラム・川浪せつ子】公益財団法人つくば文化振興財団が運営する「つくばカピオ」(つくば市竹園1丁目)では、室内アリーナ、会議室、和室などの施設を借りることができます。ここでは、バスケットリーグ、大相撲つくば場所などのスポーツイベント、音楽リサイタルなどの文化プログラムが開かれています。 その西側に、ガラス張りのステキな平屋の建物があります。以前は、障害者関係の方々が飲食店をやっていました。ところが閉店していまい、今年6月、「Cafe&Labo TERRAZZA(カフェ&ラボ テラッツァ)」という名前のイタリア料理店がオープンしました。 私は月1回、つくばカピオの小会議室を借りて、水彩画教室をやっています。教室が終わってから、皆さんとTERRAZZAにご一緒しました。外観だけでなく内部もオシャレで、都会的ないい雰囲気。お店の方も親切です。隣には、展示などができるフリースペース(有料)もあります。 アナタのお子さんは大丈夫 記憶がややあいまいですが、かつてこのコーナーは社会福祉法人の相談所でした。私はわんぱく息子に手を焼き、2回ほど児童相談に行きました。担当の元小学校の校長先生は「アナタのお子さんは大丈夫です」と言ってくださり、特別なアドバイスはありませんでした。 ですが、その言葉で私の気持ちは落ち着き、ホッとして帰宅したことを覚えています。数年後、元校長先生にお礼をと思いましたら、相談所はすでに閉鎖。社会福祉法人に問い合わせたら、その方は亡くなられたとのことでした。 その後、子育ては山あり谷ありでしたが、今でも時々思い出します。男の子は、母親に理解できないことが多い「未知の生命体」ですね。今、息子たちは「チョッピリ親思い」の大人になりました。(イラストレーター)