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「眠狂四郎」の悪女と聖女《映画探偵団》86

【コラム・冠木新市】市川雷蔵は映画『大菩薩峠』3部作(1960〜1961)を終えたあと、2年後に『眠狂四郎』シリーズを始める。柴田錬三郎原作『眠狂四郎無頼控』は中里介山作『大菩薩峠』の主人公・机竜之助の影響を受け書かれている。その意味から雷蔵にふさわしい企画だった。

だが第1作『眠狂四郎殺法帖』(1963)は、雷蔵自身や脚本家・星川清司、製作者も認める失敗作であった。雷蔵が結婚して幸せな家庭ができたため、主人公の虚無感をうまく表現できなかったからだ。

1964年の第2作『眠狂四郎勝負』、第3作『眠狂四郎円月斬り』でその点は修正され、転び伴天連の子で茶髪の狂四郎イメージは固まるが、興行的にはヒットしなかった。そして第4作がヒットしない場合は、シリーズ打ち切りの方針が決まる。

時代は東京オリンピックを迎え盛り上がっていたが、映画界はテレビの普及で斜陽の時期に入っていた。10月10日から開催されたオリンピックの最中、『眠狂四郎女妖剣』(併映は『座頭市血笑旅』)が公開される。これが大ヒットし、雷蔵が亡くなる年までに第12作が製作された(映画探偵団14)。

シリーズ続行の決まった『眠狂四郎女妖剣』を見てみよう。この作から、眠狂四郎の円を描く円月殺法はストロボ撮影となり、剣が幾重にも映り催眠効果を上げ、その後シリーズの定番になる。また、この作品から狂四郎を狙う悪女が次々と登場する。

この年の4月に『007/危機一発』が公開され、世界中で007大ブ一厶が起きていた。ジェ一ムズ・ボンドを助ける女性やボンドを狙う女性をボンドガールと呼んだ。ボンド映画の手法を取り入れて狂四郎ガールを設定し、これが受けた。

将軍の娘とキリシタン女僧

『女妖剣』には2人の女性が出てくる。1人は將軍の娘の菊姫(毛利郁子)。この女性は顔の下半分に火傷(やけど)のようなデキモノのようなものがあり、常に顔を隠している。それだけならよいのだが、菊姫は美しいものを憎み、大奥の美女をアヘン患者にし、薬が切れ苦しむ様子を楽しんだあと殺害し、全裸にして川に捨てる。

また若い美男を持て遊んだ後、同じく殺す狂女である。狂四郎に素顔を見られ、恥ずかしめを受けた菊姫は逆上する。その後シリーズには狂四郎の宿敵として能面をつけた菊姫が度々登場するようになる。『007/ノ一・タイム・トゥ・ダイ』(2021)には能面をつけ、顔に奇妙な痣(あざ)をもつ悪役がボンドの敵として現れるが、菊姫をモデルにしたのではないだろうか。

『女妖剣』には聖女が1人出てくる。キリシタンの尼僧のびるぜん志摩(久保菜穂子)だ。隠れキリシタンの信頼を一身に集める美しい指導者である。ところが、実は財力を欲しがる曲(くせ)者なのだ。

尼僧を信じて死んでいった者たちに代わり、その正体を知った狂四郎が『お前を斬る』と言うと、尼僧は開き直り『私を斬れるでしょうか』と、金を背に美貌を誇るのだ。聖女に見えた大悪女である。もちろん、狂四郎は斬って捨てる。金と美貌を無視する狂四郎を信じられないといった表情で死んでいく尼僧。

『眠狂四郎』シリーズに出てくる女性は、ほとんど狂四郎の命を狙う悪女である。雷蔵の女性ファンは、どう感じていたのだろうか。今にして思う。悪女をバッサバッサと斬る眠狂四郎に魅了された女性ファンは、同性として、悪女、偽りの聖女が許せないと感じていたのではないか。眠狂四郎は女性の本音を表わしている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

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