【コラム・山口京子】前回コラム(2月11日掲載)で触れたように左足を骨折して、病院に行くほかは家の中での生活となりました。図書館にも本屋にも行けず、家にある本を読み直しています。久々に本棚を見ると、古い本が並んでいます。結婚、引っ越し、リフォームの際にかなり処分しましたが、捨てられなかった本です。あとで読み直そうとしたのでしょう。本棚に眠っていた本を手に取ってみました。
その中の1冊を取り上げます。1975年に出版された「市民の論理と科学」(武谷三男著、筑摩書房)です。「人権の哲学」のために、日本的無責任の論理を生みだすもの、技術とはなにか、市民の論理と科学、という4章から成っています。
著者が理論物理学者・哲学者だと略歴で知りました。当時の公害と闘う市民運動を支援していて、運動の根本は人権を守る闘いであると述べています。人権の論理を据えることで、様々な出来事がどんなふうに見えてくるのか語っています。
技術革新については、戦時中の戦争技術を平和的利用に転換することが基本的な性格であり、そもそも技術は乱暴な性格を持っている、現代技術は大量生産・消費の上に乗っかっており、エネルギーも大量に消費する、そうしたことを踏まえると戦時のやり方を戦後産業にそのまま持ってきたわけで再考の余地がある―と。
公害と地球汚染への視点
安全性という概念を元にすること、公害は結果であるから起こってしまったらもうおしまいだ、安全が確認されていないことはやってはいけない、疑わしいものは止めろというのが人権を守る原則だ―と。公害や労災の認定については、その原因以外で病気になったと証明ができない限り、その公害が原因であると認定するのが人権の立場である―と。
地球汚染については、GNP(国民総生産)に比例して地球が汚染されたのだから、GNPに比例した世界税を徴収して、まだ汚染に加わっていない諸国民の発展のために使え―と。「人権という言葉と実態を掘り下げ、市民として活動して切り開こう」ということでしょうか。これからの社会や人間を考えるにあたり、深い意味が込められた本だと思いました。(消費生活アドバイザー)