水曜日, 4月 22, 2026
ホームつくば「努力続ければ夢かなう」 11カ国35人が卒業 日本つくば国際語学院

「努力続ければ夢かなう」 11カ国35人が卒業 日本つくば国際語学院

つくば市松代の日本語学校「日本つくば国際語学院」(東郷治久理事長)の卒業式が7日、隣接の同市小野崎、料亭「つくば山水亭」で開かれ、青い角帽とガウンを身につけた今年度の卒業生35人が式典に臨んだ。35人の出身国は全11カ国で、最多の中国が11人、ネパール9人、モンゴル4人、ミャンマー3人、スリランカ2人、韓国、イラン、タイ、マレーシア、ベトナム、米国がそれぞれ1人。

式典で卒業生を代表して答辞を述べた中国出身の包諾敏(バォ・ナォミン)さん(31)は「学校生活を通じて日本語だけでなく、日本の文化や礼儀、考え方を身に付けられた。来たばかりの頃は授業についていけなかったり、アルバイト先での困難もあったりした。しかし困難を乗り越えることで自信がつき、前に進めることに気づいた。何事も諦めずに努力する力を身につけることこそが、留学の意義」だと学生生活を振り返り、「努力を続ければきっと夢をかなえられる。自分自身を誇りに思えるよう、頑張りましょう」と後輩たちにエールを送った。卒業後は神奈川県内にある歯科衛生士の専門学校に進学することが決まっている。

卒業生を代表して答辞を述べる包諾敏(バォ・ナォミン)さん

在校生を代表して送辞を読んだミャンマー出身のトゥラ・ミョー・ウィンさんは、時折手元のメモに目を落としながらも、終始前を見据えて「毎日勉強をし、アルバイトをしながら学校へ通う生活は大変なもの。先輩たちには学校だけでなく、アルバイトでも助けてもらった。大変なことも助け合いながら乗り越えることができた」と感謝の気持ちを語った。

あいさつに立った東郷理事長は「日本に来て辛い時、苦しい時に支えてくれたのは、隣にいる仲間や先生たち。皆さんは1人で日本に来ましたが、今は1人ではない。仲間や先生は、日本に来てから得た、最も大きな財産。これからも大切にしてください。そして、日本へ留学しようと決意した気持ちを忘れずに、迷ったり、悩んだりした時に、その気持ちを思い出してほしい」と言葉を送った。

東郷理事長から卒業証書を受け取る卒業生

同学院によると、卒業生を含む今年度の在校生は160人で、来年度は前期・後期合わせて約60人の入学が予定されている。学生数の増加により、今年度2室増やした教室を、来年度さらに2室増やす。

出入国在留管理庁によると、2024年6月末時点の在留外国人数は358万8956人。前年末から5.2%増え、過去最高を更新している。また、日本学生支援機構の調査によると、2023年5月1日時点の外国人留学生数は27万9274人で、前年度から20.8%の増加となっている。留学生数の多い国・地域は、中国が11万5493人(対前年度比11.2%増)、ネパールが3万7878人(対前年度比56.2%増)、ベトナムが3万6339人(対前年比2.8%減)。(柴田大輔)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

3 コメント

3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最新記事

学校給食の牛乳に異味 土浦市 6校の12人が体調不良

土浦市教育委員会は21日、市内の小中学校の学校給食で出された牛乳を20日に飲んだ児童、生徒から「いつもと牛乳の風味が違う」など異味の申し出があったと発表した。そのうち6校の児童生徒12人から腹痛など体調不調の訴えがあった。 牛乳は、いばらく乳業(水戸市)が製造したもので、茨城県学校給食会から同市が購入し、市内24の小中学校に計約1万500食分を提供している。 発表によると、市内の全24校で「味がすっぱい」「薄い」「酸味がある」「薬のような臭いがする」など異味の申し出があった。24校は、土浦小、下高津小、東小、大岩田小、真鍋小、都和小、荒川沖小、中村小、土浦二小、上大津東小、神立小、右籾小、都和南小、乙戸小、菅谷小、一中、二中、三中、四中、五中、六中、都和中、新治学園義務教育学校、土浦一藁附属中。 そのうち体調不良の訴えがあった6校の12人は、土浦小が3人、下高津小2人、上大津東小2人、都和南小3人、五中1人、新治学園1人。 20日、各学校が市学校給食センターに報告。土浦保健所や県教育庁保健体育課に連絡した上で、いばらく乳業に対し、原因の調査を依頼している。 市教委は21日から当面の間、給食での牛乳の提供を停止し、児童、生徒には水筒を持参してもらって対応している。 市教委は「関係する児童、生徒、保護者の皆様には大変ご心配をお掛けしましたことをお詫びします」などとしている。

運命の人《短いおはなし》50

【ノベル・伊東葎花】 わたしは、前世の記憶を持って生まれた。前世のわたしは、老舗料亭のひとり娘。裕福な家庭に育ったけど、家に縛られ自由はなかった。そしてわたしは恋をした。相手は売れない画家だった。将来を誓い合ったけど、結ばれなかった。身分違いの恋だ。周囲からの猛反対に遭って別れた。 わたしたちは、誓い合った。 「生まれ変わったら、絶対いっしょになろうね」 きっと何度生まれ変わっても、わたしは彼を見つける。だって彼は、運命の人だから。 あれから数十年。わたしは生まれ変わった。今のわたしは、料亭の娘じゃない。親の束縛もない。とても自由なの。彼との出会いを夢見て過ごした。一目見ればわかるはず。だって運命の人だもの。 穏やかな春の日、何かに導かれるように、夕暮れの公園に来た。通りかかったひとりの男が、わたしをじっと見ている。運命を感じた。ああ、この人だと思った。姿は変わっているけれど彼に間違いないと、わたしは感じた。 「わたしがわかる?」 呼びかけてみた。彼が少しずつ近づいてくる。 「ああ、ずっと探していたんだ」 彼は、わたしをぎゅっと抱きしめた。ああ…、やっぱりそうだ。運命の人だ。「僕の家に来る? すぐそこなんだ」 彼が耳元でささやいた。もちろんわたしはうなずいた。 「ほら、見えるだろう。あの赤い屋根の小さな家だよ」 彼が指差す家は、わたしの理想の家だった。いつかあなたが絵に描いた家。赤い屋根のかわいい家で、ふたりで暮らそうと言ったこと、憶えていたのね。うれしい。わたしは目を閉じて、彼に寄り添った。 「これから一緒に暮らそう。きっと君も気に入るよ」 庭には、かわいいお花がたくさん咲いている。ふたりの楽園ね。 彼はドアを開けると、「お~い、帰ったよ」と誰かに声をかけた。家族がいるの? わたし、気に入られるかしら。「おかえり」と顔をのぞかせたのは、若い女だった。 女は、わたしを見るなり目を潤ませた。 「なんてかわいいの」 「公園で見つけたんだ。ピンときた。君が絵に描いていた子にそっくりじゃないか」 「ええ、そうよ。なぜだかずっと夢に出てきたの。きっと運命よ。やっと会えたのね」そう言って、女がわたしを抱きしめた。 ああ、そうか…。彼女のぬくもりに触れたとき、わたしにははっきり分かった。運命の人はこの人だ。 彼が男に生まれ変わるとは限らない。わたしが人間に生まれなかったのと同じだ。 わたしは、いとおしい人の胸に抱かれて目を閉じた。そして「ニャ~」と甘えてみせた。  (作家)

地域のゴミ拾い《デザインを考える》31

【コラム・三橋俊雄】1月に地域の「こども会議」を開催しました。「こども会議」とは、地域の子どもたちが集まり、自分たちの生活や地域について意見を出し合う場です。子ども自身が地域の一員として考え、発言し、提案していくことを目的としています。 参加者は、小学4年生から高校生までの子ども12名と大人7名の計19名でした。テーマは、前回の会議で子どもたちから提案されていた「地域のゴミ拾い」です。 交流センターに集合した子どもたちは、「こども会議」の象徴であるグリーンのビブスを身につけ、北風の吹く中、トングとゴミ袋を手に2つのコースに分かれて歩き始めました。 初めは道路を見ても、ゴミのポイ捨てはほとんどないように見えました。しかし子どもたちは草地ややぶの奥まで入り込み、ペットボトルや空き缶、プラスチック片、手袋、さらには捨てられた電化製品のファンヒーターまで拾い集めました。 わずか40分という短い時間にもかかわらず、地域にはこれほど多くのゴミが潜んでいたことが分かり、子どもたちも私たち大人も驚きと新たな発見がありました。 活動後は、集めたゴミを使って、みんなで「ゴミ・アート」を制作しました(上の写真)。 環境教育につなげる試み ゴミ拾いを体験した子どもたちからは、「思ったよりゴミが多くてびっくりした」「いっぱい拾えて気持ちよかった」「どんどんきれいになってうれしい」「飲みかけのペットボトルがあった」「草の中に小さいゴミがあって驚いた」「風に飛ばされてむずかしかった」など、さまざまな感想が寄せられました。 今回の子どもたちによる「ゴミ拾い」は、単なる清掃活動ではありません。自分の住む地域を「自分ごと」として捉えるための、大切な第一歩でした。また、ゴミを拾うという行為は、環境を守るための最も身近な市民参加のかたちでもあります。どこにどんなゴミが多いのか、なぜそこにゴミが集まるのかを観察することで、子どもたちが社会を知り、社会に目を向けるきっかけにもなりました。 さらに、拾ったゴミを使った「ゴミ・アート」は、ゴミの存在を可視化し、環境教育につなげる試みでもありました。一見価値がないと思われていたゴミが、子どもたちの手によって新しい形や意味をもつ作品へと生まれ変わっていきます。その過程は、体験から得た気づきや、ものの見方を変える力、発想を広げる力を育てる機会にもなったのではないかと思います。 こども会議によるこのような取り組みは、子どもたちが未来の地域を担う市民として育っていくための小さなきっかけにもなります。自分たちの行動が地域を変えることにつながるという体験は、子どもたちの自信となり、次の行動への原動力にもなるはずです。(ソーシャルデザイナー)

土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備 《吾妻カガミ》218

【コラム・坂本栄】4月初めに土浦市が主導する霞ケ浦土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備計画の詳細が明らかになり、その事業を担当する企業名も公表されると期待していました。ところが、記事「公募は仕切り直し…」(4月2日付)にあるように、事業を任せられる企業が存在しないことが分かり、この整備計画のスタートは先延ばしになりました。 総合ホテル→保養マンション→? 総面積9.4ヘクタールの整備区画の中心には、元々、土浦京成ホテルが建っていました。宿泊・宴会・結婚式ができる総合ホテルでしたが、2007年春に撤退しました。その跡地を不動産開発会社が買い取り、富裕層向けリゾート型マンションの建設を計画していました。ところが2008年秋のリーマンショックで資金難に陥り、このプロジェクトは中止されました。 そこで2010年秋、湖畔に不似合いな施設が造られるのは困ると土浦市が判断、マンション用地と京成ホテルの関連会社「ラクスマリーナ」(ヨット・ボート保管施設や遊覧船を運営する会社)を市が買い取り、「観光客が訪れる魅力ある空間」「湖岸の観光・レクレーションの拠点」にしようと、具体策を練ってきました。 いろいろ考えた末に起案したのが、市の整備計画に関心がある企業から事業計画を提案してもらい、その中からベストの案を出してきた企業を選定、提案内容が市の条件を満たせば、そこに整備を任せるという手続きでした。行政や業界では「公募型プロポーザル」と呼ばれています。 計画区画内には県が管理する港施設が2つ(A地区+B地区=4.3ヘクタール)あることから、この公募-審査-選定には県も参加、事業を任せる企業を絞り込む会合が3月中下旬に開かれました。冒頭述べたように、私はこの選定会で整備を担当する企業が選ばれ、計画の全体イメージを描いたイラストが発表されるだろうと楽しみにしていました。 公募企業の企画評価は不合格 ところが、選定結果は大々的には公表されず、「事業者を選定できなかった」と市議にメールで伝え、その2日後、「最後に残った事業者は合格点以下だった」と市のHPに載せるという控えめなものでした。担当者の無念さが伝わってきます。 公募には3社が応じたものの、2社は資格要件を満たさず、残った1社が審査対象になったそうです。しかし、その企画内容評価(210点満点)は102.31点にとどまり、審査会が設定した最低基準(126点)以下でした。100点満点で計算すると49点ですから、不可(60点未満)=不合格です。 この点数から2つのことが読み取れます。①市が「観光・レクレーションの拠点」の姿や形にこだわり審査基準が厳し過ぎたのではないか②市と県が設定した整備条件が企業側には魅力に欠けていたのではないか―といった点です。 市の担当者は、整備計画をスクラップすることはせず、今回と同じ公募型プロポーザル方式を使って再トライすると言っています。提案への評価方法を少し変えたり、今回公募に応じた事業者とは別の事業者に声を掛けることも考えており、民間の力を使って霞ヶ浦湖畔を整備する方針は変えないそうです。 整備条件をチャーミングに! そこで提案です。賃貸を条件としている市有地(B地区、4.0ヘクタール)を事業者に売却する選択肢も加えたらどうでしょう。また、指定管理者制を条件としている市営「りんりんポート」(C地区、1.1ヘクタール)も事業者が取得できるようにしたらどうでしょう。いずれも市の関与を減らし、事業者の経営自由度をアップさせる方策です。 市の担当者によると、審査に残った企業の「事業計画内容」と「にぎわいづくり」はマアマアだったものの、「事業実現性」がイマイチだったそうです。ということは、体力と頭脳がある企業を誘致する必要があります。それには整備条件がチャーミングでなければなりません。(経済ジャーナリスト)