【コラム・田口哲郎】
前略
入院すれば退院がある。晴れて病院に寝泊まりすることから解放されるのである。でも、退院には医師の許可がいる。医者が出てもよいと言わなければ、出られないわけである。病気というものは十人十色で、肺炎は回復まで何日、腸炎は何日、胃潰瘍は何日と決まっているわけではないから、体調を見ながら、ということになる。
さて、私はというと、絶食も解かれて、ご飯も3食、普通食を食べられるようになったのもあり、自分の感覚としてはすっかり元気になったつもりであった。特に検査や手術をするでもないから、1日することがない。好きな時に本を読み、寝てよい。食事は据え膳上げ膳、至れり尽くせりの休養なのだ。
毎夕、医者がやってきて体調を尋ねてくれるが、とても良いです、と答える日が続いている。絶食の時にあれだけ食べたいと思っていた病院食も、段々飽きがくる。贅沢なものだ。もともと薄味派なので、毎食完食をしているが、さすがに娑婆(しゃば)の脂っこい料理を食べたくなる。
そんな不満を心でつぶやいていたら、食事は3分で終わってしまった。楽しいご飯が終わると、夕食まで退屈である。私は本を手に取ったが、文章が頭に入ってこない。本をまともに読めないなら、することもなく手持ち無沙汰である。仕方がないから、横になった。ふて寝が午睡(ごすい)になったのである。
食事はよく噛んでゆっくりと
小一時間して、目が覚めた。気分良くではなく、不快感でである。下腹部がむかついて、苦しい。入院した日の記憶がよみがえる。何度も何度も便所に飛び込んでは、吐き出すものもないくらいに吐くのである。私の額には脂汗がじわりとにじんだ。
そこに、ちょうど看護師がやってきて、氷枕は要るかと尋ねてくれた。私は腹部の違和感を訴えた。看護師は検温して、モバイル・バイタルを見て、聴診器を腹に当てた。吐き気はあるかと聞かれたので、落ち着いて体に聞くと、不快感はあるが吐き気までではないと思えたので、そう伝えた。
「そうですか。お腹もちゃんと動いていますし。先生に報告はしておきますけど、多分、お食事、早食いなんじゃないですか」と言われ、私はポカンとしていたら、看護師は笑顔で続けた。「よく噛んでゆっくり食べれば、胃腸への負担が減りますよ」。
果たして、私は夕食から一口一口をよく噛んで食べるようにした。食事に味わいがあることを初めて知ったような気がした。それから食後の腹部の不快感は起こらなくなった。元気なのにいつ退院させてくれるのだろうという、いら立ちもなくなった。よく手紙に「お体お自愛くださいませ」などと書くが、自分の体を労(いた)わることを学んだのである。
医者、看護師の言うことは聞いて、療養はゆっくりするものだと思った次第である。まさに無知の知である。ごきげんよう。
草々
(散歩好きの文明批評家)