土浦ロータリークラブ
江戸時代末期、土浦城下で活躍する町人が、城下にある風光明媚な八つの場所を選んだ「土浦八景」と、土浦藩4代藩主、土屋篤直が1752年に選定した「垂松亭(すいしょうてい)八景」の場所を記す二つの案内板を、土浦ロータリークラブ(原田博夫会長)が製作し昨年12月、それぞれ土浦駅西口駅前広場の交番横と、同市小松にある小松二十三夜尊敷地内に設置した。5日、土浦八景案内板の寄贈・目録贈呈式が土浦市役所で開かれ、原田会長が安藤真理子市長に目録を贈呈した(1月26日付)。
案内板はアルミ複合板製で、それぞれ高さ2メートル、幅1メートル40センチ。表面は土浦市の地図に八景の場所が指し示されている。裏面は、同市立博物館が監修したそれぞれにまつわる歴史が書き込まれている。
「土浦八景」は、幕末期に当時の土浦城下で文化活動をする5人の町人が選んだ。霞ケ浦をはじめ、桜川に架かる水戸街道の銭亀橋から、土浦城北門までの間にある市内の名勝地8カ所が選ばれている。選んだのは、土浦城下で薬種業や醤油醸造業を営んだ国学者の色川三中、折りたたみ式の地球儀を作ったことで知られる市内出身の地理学者、沼尻墨僊、同市神龍寺住職の如蓮らで、和歌や漢詩、俳句の題材として用いられていた。
「垂松亭八景」は、土浦八景が選定される約100年前に、旧小松村の高台に「垂松亭」と名付けた小さな庵を置いた土浦藩主・土屋篤直が、そこから見える八つの場所を選んだものだ。
同クラブ会長の原田さんは「2024年12月、土浦市が作成した、地域に残る歴史的な街並みを維持・向上させるための計画が『歴史的風致維持向上計画』として国に認定されている。江戸末期に選定された『土浦八景』を巡ることで、江戸から現代にかけて土浦の時代変遷を感じることができると思う。自転車で回る人にも見てもらいたいし、歩く人にも、是非市内を歩くための目標ポイントにしてもらいたい」と思いを寄せた。
土浦八景案内板の寄贈を受けた土浦市の安藤真理子市長は「案内板が置かれた駅前は、高校生など若者がたくさん集まる場所。選ばれている場所を知らない人も多いはず。是非、多くの市民に見ていただきたい」と話し、訪れる外国人観光客に対しては「土浦は台湾の台南市と友好都市を結ぶなど、中国や台湾をはじめ、多くの外国人観光客が訪れている。今後さらに土浦を知る大きなきっかけになればと思う」と、今後への期待を込めた。(柴田大輔)