金曜日, 1月 16, 2026
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2025入試と筑波高の可能性《竹林亭日乗》23

【コラム・片岡英明】12月になり、受験生も学習に熱が入ってきたころだが、今回は今年度に進学コースを設置した筑波高校を中心に、来年度の県立高校入試について考えたい。

受験生の中間層が私学に流れ、県立高校の2極化現象が起きていたが、県は県立高の魅力アップを図っている。それが、つくばサイエンス高校普通科と筑波高に進学コースを設置する動きである。筑波高の魅力アップは県の県立高づくりの新しい流れといえる。

物価高と私学の高学費のために県立志向が強まり、地元の県立高がそれにどう応えるかが問われている。私学に勤めていた私は、私学助成の増額で保護者負担を軽減し、公私が学費でなく教育内容で選ばれる時代の到来を期待している。

来春、下妻一高の募集定員は1学級減の5学級となる。削られた学級分の生徒はどこへ行くのだろうか? 下妻二高への流れ起き、それに明野高の募集停止が加わり、受験生の間に大きな波が広がるのではないか? その受け皿に、進学コースを設置した筑波高がなるのか? この点がつくばの25年入試のひとつのポイントだ。

この高校の新しい芽

11月28日、筑波高を訪問して校長・教頭先生と懇談し、主に学び・青春・進路の3つの点でお話を伺った。

(1)学校の現状:ここ3年間で在校生が201→212→231と増加。今年は1年生が89人で、進学コースは11人だが、ビジネスコースの志願者が募集定員を越えた。昨年は入学4人以上の中学は5校だったが、今年は秀峰筑波18人、大穂18人、桜8人、下妻東部8人、新治6人、豊里5人、谷田部東4人、竹園東4人―と、8校に増加。125号線沿線を中心に入学地域が広がった。

(2)学習の工夫:ビジネスコースは週30時間、進学コースは火曜・木曜7時間の32時間授業。注目したのは、ビジネスコースも小規模校の特徴を生かして国数英で分割授業やTT(ティーム・ティーチング、複数教員による協力的指導)を行っている点だ。また、全教員が関わる学び直しの時間(TSI)が1年~3年に設定され、ていねいな個別指導を通して学習スイッチが入り、生徒から分かった・楽しいという声が聞かれるという。 

(3)盛んな課外活動:ホームページにたくさんの楽しい写真が載っているが、文化祭や他の行事、そして「つくばね学」で地域に出て、地域の方との交流する姿に笑顔があふれている。北条の祭りへの参加やガマ口上などもユニークな体験である。来年は入学者が増え、部活や行事も豊富になると思った。

(4)進路の可能性:少人数と個別指導の充実で成績も伸びているが、つくばね学の探求が筑波高生の進路を切り開いている。最近、大学も総合型選抜が増えている。これは「自己推薦書に何を書くか」が重要で、失敗も含めて豊かな自分づくりや学びの体験があるかが問われる。地域とつながる体験は、そこでの問いを深めることを通して進路を開く可能性を持っている。

北条の街との絆

筑波高に行くと、いつも北条の街づくりとの絆を感じる。筑波高が地域にとって必要な学校となり、幅広く生徒を受け入れ、現在の定員3学級が4学級になる日は近いと感じた。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

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江戸時代後期につくばで活躍した発明家、飯塚伊賀七(いいづか・いがしち)が建てた「五角堂」のかやぶき屋根を修理する材料にしようと、ススキが自生する近隣の原っぱで12日、カヤ刈りイベントが開催され、地元の親子連れなど小学生から70代まで約70人が、刈り取ったススキを集めて束にするなどの作業を体験した。 伊賀七は当時の谷田部新町村の名主で、からくりの和時計、測量器具、地図、農業機械の自動脱穀機などを発明した。五角堂は伊賀七の生家に建てられた。何のために建てたのか分かってないが、床面が正五角形と当時は建築が難しく、独自の構造で建てられている。1958年に県指定史跡になり、89年に解体修理されたが、かやぶき屋根の傷みがひどくなり、五角堂を管理する同市が昨年、屋根の一部を修理した。残りの部分を、今回刈り取ったススキで修理する予定だ。 カヤ刈りイベントは、石岡市を拠点にかやぶき屋根の保存活動に取り組む市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」(萩原寿盈会長)とつくば市教育委員会が共催した。場所はつくばエクスプレス(TX)みどりの駅近くの市立みどりの義務教育学校に隣接する未利用の原っぱの一部約200平方メートルで、市民ボランティアを募って実施した。 学校脇の原っぱにススキが茂っていることを知った市内に住む同保存会事務局の仲村健さん(44)が同校と市教委などに働き掛け、昨年、同保存会が同所でカヤ刈りを実施し、石岡市内のかやぶき屋根を修理する材料にした。その後、地元に住む谷田部地区活性化協議会の牧野秀宣会長(70)から「地元のカヤで五角堂を屋根を修理してはどうか」と提案があり、イベント開催に至ったという。 12日は午前中に同保存会が仮払い機でススキを刈り、午後に親子連れ約70人が刈り取られたススキを拾い集めて、ひもで縛り、束にした。2時間ほどの作業で121束が出来上がった。 刈り取ったカヤは、同保存会の会員が自宅の風通しのよい場所で保存する。さらにワークショップを開催し、屋根で作業しやすいようカヤの長さをそろえて束にする「かやごしらえ」を実施する予定だ。 母親と参加した近くに住む小学3年の戸田結斗さんは「学校でちらしをもらって参加した。カヤの束を積み上げた上に座って楽しかった」と話し、家族で参加した近くの会社員、藤尾友彦さん(42)は「毎日犬の散歩で通るところなので、普段できない経験をしたいと参加した」と語り、長女で小学3年の晴香さんは「ススキを束ねてぎゅっと結ぶのが難しかった」と話していた。 同保存会の仲村さんは「カヤ刈りを通して身近な歴史や文化を知り、それが現在や未来につながるものだということを感じてもらえたらうれしい」と話し、同活性化協議会の牧野会長は「地元のものを地元の材料で修理すると、親しみができる。小学生も参加し、自分たちが取り組んだもので修理できれば地元の歴史にもっと親しみがわくと思う。すごくありがたいし、子供たちがいっぱい参加してくれてよかった」と語っていた。 市文化財課によると、刈り取ったカヤは同保存会に約1年間保存してもらい、2027年度に五角堂の残りのかやぶき屋根の修理を実施する予定という。(鈴木宏子)