火曜日, 10月 13, 2026
ホーム土浦「お菓子の家」資材高騰も楽しく 24日 土浦市産業祭 人気企画

「お菓子の家」資材高騰も楽しく 24日 土浦市産業祭 人気企画

昨年の土浦市産業祭に初登場、いきなりの人気企画となった「お菓子の家で街をつくろう」が今年も24日に戻ってくる。同市上高津の筑波研究学園専門学校(野口孝之校長)の建築環境学科学生によるブース出展。整理券方式に加え、今年は事前登録制も設けて、参加者受け入れの拡充を図る。

建築を学ぶ学生が子供たちのお菓子による家づくりを指導したら、楽しさとおいしさを提供できるはずと生まれた企画。学生たちがあらかじめ制作した街並みの空き地に、お菓子で作った家を参加者に建ててもらう。市販のチョコレートやウエハースを建材に、チューブ入りチョコを接着剤に家を組み立てていく。

昨年の産業祭で家づくりに取り組んだ子供たち=筑波研究学園専門学校提供

コロナ禍による行動制限がなくなり、どっと人出が繰り出した昨年の産業祭に企画を持ち込んだところ、ひときわ人だかりの人気企画になった。急きょ配布した整理券チケットは即座になくなった。

今回、参加費として200円を徴収する。手ぶらで参加でき、1軒分として1人あたりに用意するお菓子は約400円相当。出来上がった家は持ち帰って食べてもらう。

指導する学生は7-8人。前回1年生だったメンバーがそのまま残った形で準備を進めている。ウクライナ戦争や円安などでこの1年、建築資材は一気に高騰しているそうだが、お菓子の家の原材料も値上げの波をかぶっている。

建築環境学科2年、安達弘将さんは「壁を建て屋根を乗せて見栄えのいい家をつくる。子供たちにも建築のおもしろさを知ってもらえたら」と語る。

イベントは24日の午前10時から午後1時の時間帯限定開催で、1時間おきに約20分をかけ、各回9人参加で家を組み立てる。対象は幼児から小学生・中学生とその家族を想定している。事前の申し込みは22日までに同専門学校(電話:029-822-2452建築環境学科)へ。(相澤冬樹)

◆「第48回土浦市産業祭」は23日(土)と24日(日)午前10時から、土浦市川口1丁目、川口ショッピングモールをメーン会場に、商業祭、工業祭、農業祭ほかステージイベントなどが開催。土浦観光物産会、新治商工会青年部、JA水郷つくばなどの各団体、企業が物販、飲食を提供する。土浦駅前・アルカス土浦エリアにはキッチンカーが出店。主催は同産業祭実行委員会(電話029-826-1111=市商工観光課産業政策係)。

◆23、24日は産業祭と併せて「第21回土浦カレーフェスティバル」が同市川口2-12-75 J:COMフィールド土浦(川口運動公園陸上競技場)で、23日は「土浦市消防フェスティバル2024」同運動公園運動広場サブグラウンドで同時開催される▽土浦カレーフェスティバルは市内や全国の飲食店45店がブース出店し、来店者の投票で土浦C-1グランプリを競う。主催は同食のまちづくり推進協議会(電話029-826-1111=市商工観光課)▽消防フェスは、消防車両乗車体験、救助訓練体験、緊急車両展示、住宅用火災警報器啓発などが催される。主催は市消防本部(電話029-821-0119=市消防総務課)。

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