木曜日, 2月 19, 2026
ホームつくば蚕影山神社と金色姫伝説 養蚕が支えた千年の営み思う絵画展

蚕影山神社と金色姫伝説 養蚕が支えた千年の営み思う絵画展

11月1日からつくばで

養蚕にまつわる歴史を調べ、関わる地域で見た風景を独特の作風でキャンバスに描き込む東京都町田市在住の画家、加藤真史さん(41)の個展「穹窿(きゅうりゅう)航路ー蚕神、彼の地より来訪し桑海を渡り帰還す」が、つくば市千現、ギャラリーネオ/センシュウで11月1日から始まる。横浜市と相模原市に続く3カ所目の開催となる巡回展で、アクリル絵の具や色鉛筆で描いた作品15点ほどが展示される。茨城に残る養蚕にまつわる「金色姫伝説」と、全国の養蚕農家の信仰を集めたつくば市神郡にある「蚕影山(こかげさん)神社」の歴史などを通じて、養蚕が支えた千年以上にわたる人々の営みに思いを寄せる展示になる。

加藤さんは今回の作品作りのきっかけを、かつて関東一円で栄えた養蚕地をつなぐ街道を「シルクロード(絹の道)」と呼んだのを知ったことだと話す。江戸末期から第二次大戦末期にかけて、各地で作られた生糸は東京・八王子市に集められ、貿易港のある横浜市へと運ばれた。養蚕業は明治期、外貨獲得のため国を挙げて進められ、産業に関わる一帯は経済的に繁栄し、近代化する日本を支えてきた。しかしその後、ナイロン製品の普及などにより衰退し、1929年に約220万戸を数えた養蚕農家は、2023年には全国で146戸にまで減少している。

展示作品の一つ「郊外の果てへの旅と帰還#15(横浜本牧八王子鼻)」(加藤さん提供)

「郊外」の広がりと、消える養蚕のある風景

加藤さんは以前から、自身が暮らす街の成り立ちに関心を持ってきた。瀬戸物の産地として知られる出身地の愛知県瀬戸市は、歴史ある街並みが残る一方で、加藤さんが育った地域には、コンビニやファミリーレストランが国道沿いに並ぶ「どこにでもあるような、いわゆる郊外風景」だった。加藤さんは、故郷で見る風景が、全国で同じように広がることに疑問を感じ、各地の歴史を紐解きながら「郊外」について考えることが作品作りの大きなテーマとなった。養蚕にまつわる今回の作品は、加藤さんが2022年から作り続ける「郊外」を巡るシリーズ作「郊外の果てへの旅と帰還」の一環でもある。

「『郊外風景』は敗戦後、都市部の住宅不足から、国が団地を建てて周辺地域に人々を誘導してできたもの」だと加藤さんは説明する。「外貨獲得のために国策として拡大したのが養蚕業。桑畑が一面に広がる風景が各地にあったが、養蚕業の衰退とともに『郊外』が台頭した。各地を歩いて実感したのは、日本中で桑畑が『郊外住宅』に置き換わっていった歴史だった」と語る。

インドとつくばをつなぐ伝説

こうした養蚕と郊外の関係を調べる中で出会ったのが、各地に点在し、養蚕農家が信仰する「蚕影神社」と、その総本社でつくば市にある「蚕影山神社」だ。さらに、現在のインドにあたる天竺(てんじく)とつくばを養蚕にまつわる物語が結ぶ「金色姫伝説」の存在だった。伝説は、金色姫という天竺の王女が現在の日立市沿岸に流れ着き命を落とすと亡骸が蚕となり、筑波山の麓にたどり着いて養蚕が始まったというものだ。加藤さんは、養蚕の「創世記」となる伝説と、近代日本の起こりとなる「シルクロード」の物語を結びつけ、今回の絵画作品とした。

「国を支える主要産業として、多くの人が関わった養蚕業だが、開発が進みその痕跡を見つけるのも難しくなった。養蚕に携わる中で共有されていた文化や、劣悪な環境で働いていた女性の存在を知った。労働するにあたって必要とされた心の拠り所、信仰というものがあったはず」だと加藤さんは言い、「養蚕業に携わってきた多くの人々の内面を、私の個人的な作品を通じて見る人につなげる橋渡しにしたい」と作品への思いを語る。

今回の展示を企画した同ギャリーの山中周子さんは「筑波山麓の方は、蚕を『お蚕さん』と、『お』をつけるくらい養蚕を生きる糧にし、強い思いを持っていた。全国からつくばに関係者が参拝に来ていたという話も残っている。知らない人には知って欲しいし、知ってる人にも是非、新しい気持ちで作品を知って欲しい」と来場を呼び掛ける。(柴田大輔)

◆加藤真史個展「穹窿航路ー蚕神、彼の地より来訪し桑海を渡り帰還すー第Ⅲ期 筑波巡礼篇」は、11月1日(金)~17日(日)の金・土・日曜、千現1-23-4 101、ギャラリーネオ/センシュウで開催。月~木曜は休館。開館時間は金曜が午後3~7時、土日は午後1~5時まで。入場無料。展示に関する問い合わせは、メール(info@neotsukuba.com)で。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

つくば駅前の樓外樓学園本店《ご飯は世界を救う》71

【コラム・川浪せつ子】樓外樓(ろうがいろう)学園本店(つくば市吾妻)は、つくば駅前の商業施設「トナリエつくばスクエア」にある中華料理店です。かなり前、ここで開かれた立食パーティーに参加したことがありました。立体駐車場横にあり、ランチの看板が出ていますが、宴会中心のお店と思っていましたので、入ったことはありませんでした。 私、茨城県建築士会・女性部の新年会幹事になり、みなさんが集まれる場所を、昨年秋から探し回っていました。ところが、昨今の食料品の値上がりで、予定額に見合うようなお店がなかなか見つかりません。女性ばかりの会なので、「デザートとお茶、頼むよ!」との要望に応えてくれるお店を見つけるのは難しいのです。 いろいろなお店に電話して訪問。私たちの予算では無理だわ~と思っていたところ、たどり着いたのが樓外樓さんでした。12月初めに皆さんに連絡する必要があるので、下見をする時間もなく、とりあえず11月に日程を押えました。 それでも少し心配になって、ランチに行ってみました。そうしたら、お手ごろ価格! それに、上のイラストのようなバリエーションに富んだメニュー。私は「小龍包セット」を頼んだのですが、焼きそば、スープ、サラダ、コーヒーなどが、食べ・飲み放題。ほかに、ポット入りの温かいウーロン茶や杏仁豆腐まで。 餃子と小龍包、夫とシェアできず 皿数が多いと、食べる前に線でスケッチするのには、とても時間がかかるのです。スケッチブックに全部収まるかなぁ~。やっと、どうにか描けました。それに、描き終えてから気がついたのですが、こんなことに…。 餃子定食を頼んだ連れ合いと、私の小龍包と一個ずつシェアすることにしていたのに、餃子は1個も残っていません! 私が絵を描くのに時間がかかり過ぎ、つい食べてしまったようでした。あらら…。 肝心の新年会は、お部屋も取れて、皆さんに好評でした。予定人数が少し増えるとか、デザートの追加注文もあり、お店に何度も連絡することになりましたが、とても気持ちよく対応していただきました。食べられなかった餃子、またの機会に注文しようかなと思っています。(イラストレーター)

12本中半数に空洞 ソメイヨシノ6本を伐採 つくば 桜の名所 農林さくら通り

森林総合研究所第2樹木園 つくば市の桜の名所、同市観音台、農林さくら通りで16、17日の2日間、森林総合研究所第2樹木園の敷地内に植栽されているソメイヨシノ12本のうち6本の伐採作業が実施されている。12本の幹の内部などを調べたところ、空洞があり、倒伏の恐れがあることが分かったためだ。 伐採後は土壌改良し、早くて来春、八重咲きのサクラ「はるか」と野生種の新種「クマノザクラ」を植栽する予定だ。はるかは同研究所が開発し、俳優の綾瀬はるかさんが命名した。クマノザクラは同研究所などが紀伊半島で発見し2018年に命名された。 50年前に植栽 農林さくら通りは、農林関係の国立系研究機関が集積する約1.5キロの通り。通り沿いに約500本の桜が植栽され、各研究所が管理している。戦時中、谷田部海軍航空隊の飛行場跡だったところで、戦後、開拓地となり、その後、筑波研究学園都市の一角として農林研究団地が造成された。桜は約50年前の1975年ごろに植栽されたと見られている。同研究所第2樹木園は、筑波学園病院から常磐車道に架かる橋を渡ってすぐの、さくら通り入り口に位置する。 同研究所の佐藤保企画部長によると、さくら通り沿いの第2樹木園にはもともと13本のソメイヨシノが植えられていた。桜が散った後の昨年4月、そのうちの1本が2車線のうち片側1車線をふさぐように道路側に倒伏した。朝、出勤した職員が発見、倒伏した時刻は深夜か早朝だったとみられ、幸いけが人はなかった。 同研究所は、残りの12本に倒伏の恐れがないか調査。森林微生物が専門の研究者が目視と特別な機器で樹木の健全性を調査した結果、12本中6本に空洞があることが分かり伐採を決めた。近年、全国各地で落枝や倒木による人身事故が多発しているほか、ソメイヨシノは樹齢50年ほどを過ぎると枯れ枝が目立つようになるという。一方、昨年4月に倒伏した1本は、幹の空洞が原因ではなく根の一部が腐っていた。当日吹いた強風により根が地上部を支えられなくなったと考えられるという。 伐採する6本はいずれも幹の直径が70センチ程度、高さは10~12メートル程度で、歩道を覆うように桜の枝が伸び、桜の名所の一角を形成していた。 来春以降、植栽する桜は現在、同研究所の多摩森林科学園で育てられている。佐藤部長によると、花を咲かせるのは植栽してから3~4年後、桜並木を形成する大きさに成長するのは10~20年先になるという。(鈴木宏子)

思いやりのデザイン《デザインを考える》29

【コラム・三橋俊雄】昨年の春のことです。UR住宅で一人暮らしをされている97歳のMさんが、ビルの出入口前にある2段の階段でつまずき、仰向けに倒れて頭を少し打ってしまいました。ちょうど近くの遊び場にいた女の子たちがその様子に気づき、そのうちの1人がスマートフォンで救急車を呼んでくれたそうです。ところが、Mさんが「救急車を呼んじゃったの!」と言ったためか、その子は姿を消してしまったとのことでした。幸い、Mさんは病院で手当てを受け、その日のうちに無事に帰宅することができました。 翌日、この話をMさんから伺った私は、救急車を呼んでくれた子どもたちの気持ちがどうだったのか、心にひっかかりました。善意から行動してくれた子どもたちが、Mさんの一言によって「迷惑だったのかもしれない」と感じ取ってしまったのではないかと思うと、そのときの出来事が子どもたちの心に残ってしまいそうで気がかりだったのです。 そこで私はMさんと相談し、「救急車を呼んでくれてありがとう。私が階段で倒れていたところを、みなさんが心配して救急車を呼んでくれました。おかげさまで、病院で頭の傷の手当てを受け、その日のうちに退院できました。みなさんのおかげです。ありがとう! 97歳のおばあちゃんより」と書いた手紙を作り、遊び場にある滑り台の脇に貼りました。 次の朝に見に行くと、その手紙の下に「無事退院できてよかったです。お体に気をつけてください! by 中1の7人より」という小さな書き込みが添えられていました(上の写真)。それを目にしたとき、私は、子どもたちの善意とMさんの気持ちが、ようやくひとつにつながったように感じました。それは、小さな「思いやり」が確かに行き交った瞬間でした。 「お礼」でなく「手立て」 この出来事を振り返ると、親切心から行動した子どもたちでしたが、Mさんの一言によって、かえって不安を抱くことになったと感じたとき、私たちはどうしたらよいのか。ここでは、こどもたちが誰なのかも分からない状況のなかで、子どもたちとMさんの気持ちがもう一度寄り添えるようにと、手紙というかたちで「ありがとう」を伝えることにしたのです。 子どもたちへの手紙は単なる「お礼」ではなく、状況をより良い方向へ導くための小さな「手立て」だったと思います。途切れかけた人と人との関係を、もう一度そっとつなぎ合わせるための「きっかけ」でありました。 こうした行動こそ、小さな問題に気づき、状況を読み取り、より良い関係へとつなぎ直していく、そして素敵なコミュニティにしていくための「思いやりのデザイン」だったと感じています。(ソーシャルデザイナー)

筑波大ラグビー部の歴代ジャージを再生 福祉と結び「つくベア」誕生

筑波大学ラグビー部などを強化支援する社会貢献団体「つくばスクラム」(廣瀬重之代表)=25年4月15日付=が、部内に保管されてきた歴代の試合用ジャージを再利用し、応援グッズとしてクマのぬいぐるみを制作するプロジェクト「つくベア〜Future Blue〜(つくベア フューチャーブルー)」を開始した。 制作にあたるのは、同市竹園の就労継続支援A型事業所「CWらぼ つくば」。同事業所の林佑一郎さんは「スポーツと福祉のこういった形の連携は今までにない経験。ラグビーというスポーツの枠を拡張したところに、障害のある利用者の方々もプレーヤーの一人として参加していければ」と、「ラグビーの町つくば」で始まった新しい企画へ思いを込める。 1枚のジャージから、約22cmのぬいぐるみが2体作成でき、試合会場などで取り扱う。一体あたり税込4500円。 闘いの証を縫い込む 「こことここを見てください」。そう言って、手にしたクマのぬいぐるみを示すのは「CWらぼ つくば」で利用者に縫製を指導する職員の柏木ひとみさんだ。擦れた傷と薄い緑色のシミが残る生地を指さしながらこう語る。「普通はこういった生地は製品には使いませんよね。でもここでは『ダメ』じゃない。ここに物語がある」 同事業所では、障害や病気のある人たちによる伝統工芸「こぎん刺し」を施した雑貨を製作し、製品は、市内の雑貨店や都内の百貨店などで販売されている。 今回のぬいぐるみの素材となるのは、同市筑波大ラグビー部が保管してきた公式戦用に使われてきた歴代ユニフォーム。節目ごとに新調したりモデルチェンジを重ねながら使われてきたもので、部員にとっては誇りの象徴でもある。簡単に処分できず、少なくとも数十年前から倉庫で大切に保管されてきた。 「つくばスクラム」は2023年に発足。ラグビー部員主体で活動し、ラグビーを通じて地域とのつながりを広げたいという思いから、眠っていたユニフォームの再活用を模索していた。市に相談したところ、紹介されたのが市内で民芸品制作や販売を通じて障害のある人たちの社会復帰を支援する「CWらぼ つくば」だった。 世界に一つだけ 服飾学校で学んだという柏木さんは「生地のシミや傷を見ていると、トライしてついた芝生や土の跡なのかな、と背景を想像できる。汚れは決してダメなものではないんです」と話す。 ラグビージャージは特殊な素材だ。部位によって伸縮性が大きく異なる。「ここはすごく伸びるけど、ここは全く伸びない。引っ張られても切れないようにできている。通常ぬいぐるみには使わない素材だが、逆にそこを活かしたい」と言う。 特性の異なる生地を縫い合わせるために、複数の糸を使い分ける。縫製時には紙を挟んで伸びを抑えるなど工夫を重ねる。立体感を出すためにダーツを入れるなど、洋裁の専門知識も活かされている。背番号や色の切り替え部分をどこに使うか考える。1体ずつ表情が異なる「世界に一つだけのぬいぐるみ」だ。 制作に携わる利用者からは「難しさもあるが、やりがいを感じている」「選手が残した闘いの証。完成させると本当にうれしい」と声が上がる。 同事業所でサービス管理責任者を務める林さんは「学生に私たちの活動を知ってもらうチャンスはなかなかない。すごくいい機会だと思った」と、つくばスクラムからユニフォーム再活用の相談を受けた当時を振り返る。 個性尊重し合うラグビー精神 つくばスクラムでスポンサーなど企業とのやり取りを担っているのが、ラグビー部2年の田島汰一さんだ。スクラムハーフとして、試合では攻撃の起点を担う。「ジャージには、誇りを持って戦った先輩たちの証が残っている。その特性を失わずに活かしてもらえたのは、本当に意味があると思った」と話す。公式戦に出られるのは23人。部員約60人のうち、半数近くは憧れの公式戦用ユニフォームである「ファーストジャージ」を着られずに卒業する。だからこそ、そのジャージには特別な思いが込められると話す。 田島さんは、ラグビーの魅力を「能力の違いを超えて、それぞれの個性を尊重し合うところ」だと話す。地域貢献活動については、「日本一になるためにもグランド内外でしっかりと活動しないといけないと思っている。つくばにはラグビーの大きなコミュニティがある。筑波大はその柱として活動していく使命がある。地域の方々に私たちの活動を見てもらい、共感してくれる仲間が増えたり、応援してくれる方々が増えることで、より高みへと目指したい」とし、「この活動が、ラグビーを知ってもらうきっかけになれば」と想いを込める。 ぬいぐるみのお披露目は、12月に秩父宮競技場で行われた全国大学ラグビーフットボール選手権大会準々決勝。試合会場で取り扱った10体は、設置直後に完売した。今後も試合会場などで取り扱っていくという。会場に立ち会った同大1年でマネージャーの西村柊さんは、「『また作ってほしい』という声がたくさんあった」と振り返る。西村さんは、「仲間として助け合うのがラグビー。見てる側の感情に訴えかけられるし、人間っていいなぁって思える」とし、「ぬいぐるみを通じて色々な人がつながり、手にした人たちが『私もつくばファミリーの一員』だと感じてもらえたらうれしいです」と笑顔を浮かべる。(柴田大輔) ➡就労継続支援A型は、利用者と雇用契約を結び、従業員として働いてもらう福祉サービス。「CWらぼ つくば」の利用者は身体障害、軽度の知的障害のほか、うつ病などの中途障害者も多い。