火曜日, 10月 6, 2026
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あす告示 つくば市長選は一騎打ち、市議選は46人立候補へ

任期満了に伴うつくば市長選と同市議選(定数28)が20日告示される。市長選には現職で3期目を目指す五十嵐立青氏(46)=無所属=と、新人で前県議の星田弘司氏(50)=無所属、自民推薦=の2氏が立候補を表明している。市議選は46人が立候補すると見られ、定数18人オーバーの超激戦になりそうだ。投票は衆院選と同じ27日に市内76カ所で行われ、即日開票される。有権者数は19万9156人(14日現在)で、前回の2020年より約1万2000人増えている。

五十嵐立青氏

現職の五十嵐氏は「ともに創る。誰一人取り残さない」をスローガンに、2期目の公約135項目は86.1%進ちょくしたなど実績を強調。3期目に向け①市役所のデジタル化推進など徹底した行政改革②県立・私立高校の誘致と県立高校定員増など安心の子育て・教育③高齢者の生活支援事業の推進など99の公約を掲げる。

9月と10月、地域ごとに内容が異なる5種類の市政報告やマニフェストなど計10種類近くを週2回ずつ新聞折り込みやポスティングで配布。ほかに動画共有サイトへのメッセージ動画配信、市内TX線各駅でのあいさつ、ミニ集会などを重ねる。22団体の推薦のほか、市議会最大会派などの応援を得る。

20日は午後3時から同市小野崎のホテル東雲で、支持者を集めて出発式を開催する。

星田弘司氏

星田氏は「市政を再起動」をスローガンに、がん対策や性暴力根絶条例の策定、県立高校の定数増などに取り組んだ県議4期の実績を強調。①つくばのブランド力や県と連携した企業誘致②つくば観光客500万人の実現③公立高校の誘致、県立高の新設、市立高の検討④ふるさと納税の増収化⑤国・県との連携再構築などを掲げる。

約100団体の推薦を得て、TX線各駅でのあいさつ、メッセージ動画配信、地域でのミニ集会を重ねる。推薦を受ける自民党からは県議らが県内全域から応援に駆け付ける。

20日は20日午後3時から、同市さくらの森のショッピングセンターで出陣式、同午後5時30分からは、大井川和彦知事が駆け付けつくば駅前で応援演説をする。

市議は現職7人が引退へ

一方市議選は、現職26人のうち、久保谷孝夫氏、金子和雄氏、鈴木富士雄氏、小野泰宏氏、浜中勝美氏、皆川幸枝氏、宮本達也氏の7氏が引退する意向だ。

立候補を予定している46人の内訳は現職19人、新人27人で、男女別は男性34人、女性12人。

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