郷土の味と歴史伝えたい
筑波山麓にあるつくば市下大島のレストランキャニオンは、来客が注文した料理に地元特産の福来みかんの皮から作った香りのパウダーを添え、料理の味わいを深めるサービスを提供している。このパウダーは同店専務の平田ことさんが手作りしており、市販はされていない。どんな手間がかかり、何を伝えようとしているのか。
調べ物に興じる
ことさんは、同店の店主、平田貴夫社長の母親。創業者である故・平田和夫さんと半世紀、店を切り盛りしてきた。
最初は、地域で販売されている七味唐辛子の中に含まれる福来みかんの皮の粒に、どんな意味があるのだろうと疑問を感じたことが始まりという。ことさんは、調べ物に興じた。
福来みかんは、筑波山麓で広く栽培されてきた「橘(たちばな)」がもともとの出自として万葉集や常陸国風土記に出てくることを知り、ことさんは調べ物を通して、意外にも地元の食材から郷土の歴史を歩み、薬膳にも使われたなどの逸話を知ることとなった。
「これはきっと、みかんの実のことを示しながら、どこかで皮を天日干しする利用方法が広まったのだなと考えた。そんなときに市の観光協会だったと思うが『福来みかんで何かメニューを作れないものか。地元の観光資源のような形で協力してほしい』という相談を持ち掛けられたんです」
そこで、店主の貴夫さんにメニューを開発してもらいながら、福来みかん自体をどうやって利用するか、ことさんは試行錯誤した。
乾燥に次ぐ乾燥の日々
福来みかんの皮は古くから陳皮(ちんぴ)と呼ばれ、皮を利用するレシピは、インターネットサイトでも紹介されている。七味唐辛子に利用するため皮を乾燥させて粉にするという作り方も、昔と変わっていない。
「よく水洗いした福来みかんを水切りして、皮を材料にするのは陳皮づくりそのまま。皮は水分がなくなるまで何日も乾燥させ、水分が抜けたところでミキサーにかけてすりつぶすが、粒の大きさをどの程度まで細かくするかは何度か試しながら決めていく。パウダーと呼べるまで粒を小さくしながら、風味を無くさないように容器に入れて密封する」
キャニオンではこれまで、パスタ料理やカレーライス、豚肉を使ったハンバーグなど、福来みかんの風味を感じられるメニューを作り出している。定番の料理にもこのパウダーは提供される。味噌汁に振りかけても風味が良くなる。
「5キロくらいの量を生産者さんから買い付けると、当面は店で出せる分を確保できる。大量生産するような設備はないし、それができてもパウダーそのものを市販するというのはつくばの食文化に失礼な気持ちがあるので、うちの料理に添えさせてもらうだけで充分」
間もなく福来みかんの収穫期がやってくる。平田家ではまた皮をむき、乾燥の日々が始まる。このパウダーは家庭でも作ることができるが、平田家の手間と苦労を思うと、食事に出かけていった方が良いかもしれない。
ところで、「実」の方は利用価値がないのだろうか。「マーマレードなどに使えると思うが、そこまでやってない。実については家族総出で食べています」。ことさんはにこやかに「苦みと酸味で大変よ」と言う。
レストランキャニオンでは、福来みかんの話を聞くこともできる。(鴨志田隆之)