国内初、公費の障害福祉サービス利用し
障害に対する啓発活動をする土浦の当事者団体「DETいばらき」(高橋成典代表)のメンバーで、水戸市の当事者団体「自立生活センターいろは」事務局長の八木郷太さん(28)が、重い障害のある人に公費でヘルパーを派遣する「重度訪問介護」を利用し、米国の障害者団体で約1年間、研修を受ける。長期間の国外滞在時に国内の福祉サービスの利用が認められるのは全国でも初めての事例。八木さんの挑戦が、障害者運動の歴史に新たな1ページを刻む。
土浦市内の飲食店で22日、DETいばらきの障害当事者メンバーやヘルパーらが集まり、米国に向かう八木さんの壮行会を開いた。会の冒頭で八木さんは「大変なことはまだあるが、楽しみたい」と話すと、同団体の代表の高橋さん(59)は「素晴らしい活動。たくさんのことを吸収して、次の時代につないで欲しい」と語った。
八木さんは中学3年の時、柔道の練習中の事故で脊椎を損傷し、首から下を全く動かせなくなった。現在は、ヘルパーによる24時間の介助を受けながら水戸市内で一人暮らしをする。自立生活センターいろはでは当事者として障害者の地域生活を支援し、DETいばらきでは障害への理解啓発に取り組んでいる。
米国で障害者のパレードに参加
八木さんは、海外で活動することを子どもの頃から夢見ていた。事故に遭った時は現実を受け止められず、何度も涙がこみ上げたという。その後は周囲に支えられ、「どんな重い障害があっても自分らしく生きることができる」という理念を掲げる障害者の自立生活運動に出合い、20歳からヘルパー制度を利用して一人暮らしを始めた。
一度は諦めかけた海外への夢が再燃したのは2017年。世界で初めて「障害者差別禁止法」が制定された米国での記念イベントに、日本全国の障害者や介助者らと参加した。現地では、米国以外の若者たちとも交流し、パレードにも参加した。さらに、保険制度改悪を阻止するため逮捕者を出すのもいとわず座り込む米国の当事者らに接し、「熱いムーブメントを肌で感じた。彼らと一緒に活動したいと思った」と振り返る。
「国内で前例がない」
八木さんに今年、渡米のチャンスが訪れた。障害者支援に取り組むダスキンによる「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」に応募し、八木さんが立てた、米国で運動を学ぶという研修計画が採択されたのだ。約1年間の八木さんの現地滞在費が助成されることになった。これで夢への扉が開くと思ったが大きな壁に突き当たる。米国で八木さんの生活を支えるヘルパーに支払う「介助料」は助成の対象外だった。
自分で体を動かすことができない八木さんの暮らしには、常にヘルパーの介助が必要になる。日本では、障害福祉サービス制度を利用することで、ほとんど自己負担なく24時間の介助サービスを受けることができる。しかし、1年に及ぶ長期の国外滞在に対し、サービスの支給決定権を持つ水戸市は当初「国内で前例がない」と態度を保留。のちに「国内に1年間不在となると、居住実態が日本から現地に移るため、ヘルパー制度を利用できなくなる」と八木さんに伝えた。
八木さんが受けている重度訪問介護は、半分を国が負担し、残りを茨城県と水戸市が負担している。ヘルパー派遣費用は年間で約2000万円。制度が適用されなければ、全額が八木さんの自己負担となる。現地でヘルパーを雇用すれば時給は約30ドル(日本円で4000円超)になる。個人でまかなえる金額ではなかった。「障害がなければ、現地滞在にかかる費用の助成だけで夢に向かうことができるはずなのに…」。計画を断念することも八木さんの頭をよぎった。
全国の障害者が動き、厚労省交渉
そこで動いたのが、全国で活動する障害者たちだった。調べると、1年未満の滞在であれば、国外にいても税金は日本に収める必要があるとわかった。納税するなら、制度も国内にいるのと同様に使えるべきだ―。これを根拠に当事者らが交渉すると厚生労働省は「海外滞在が1年未満の場合は転居届を提出する必要がなく、渡航前の市町村が引き続き居住地となると推定される。したがって、障害福祉サービスの利用は可能」との見解を示した。厚労省が認めたことで水戸市は八木さんに対して「国外滞在中でも1年未満であれば、今利用している介助サービスを継続して使用できる」と認めた。夢を実現するための大きな壁が取り去られた瞬間だった。
現地では、1日に必要な3人のヘルパーのうち、2人は日本から渡航するヘルパーが制度を利用する。もう1人は現地で雇用する予定だ。制度外となる現地雇用分のヘルパー費用は、クラウドファンディグで301人から寄せられた約500万円を充てる。
八木さんは「たくさんの方に助けられここまで来られた。絶対に1人では無理だった」と話し、「海外に憧れる障害がない人と同じように『海外で学びたい』という強い気持ちが私にはある。しかし夢を実現するための障壁が、障害者であることが理由になるのはフェアじゃない」と述べる。
「かつては障害者が一人暮らしするのが大変だった。それが今はヘルパー制度があることで可能になった。そしてようやく『海外へ』というところにきた」と当事者運動の積み重ねによる時代の変化を八木さんは実感する。
現地の障害者運動に飛び込みたい
米国では、西海岸カリフォルニア州のサン・ラファエル市にある障害者の自立生活を支援する当事者団体で、研修員として現地スタッフと共に活動し、団体の運営や権利擁護活動を学ぶ。早ければ11月中にも渡航する予定だ。八木さんが現地で一番やりたいのは「現地の障害者運動に飛び込むこと」だ。日々、現地の当事者と同じ空気を吸い、暮らしを共にする中で、障害者としての権利や権利意識をどのように獲得しているかを学び、障害者が生きる街や文化を体感したいと話す。7年前に感じた熱が、今も八木さんを突き動かしている。
「将来、若い障害者が今の時代を見て『昔は海外に行くのがこんなに大変だったんだね』と笑い話になるような社会になっていたらうれしい。障害者が健常者と同じように、どんどん海外を志せる社会になってほしい。自分の経験が、他の障害者にとって一歩を踏み出すきっかけになれば」と八木さんは語る。
厚労省障害福祉課は取材に対し、八木さんの事例を踏まえて「滞在期間が1年未満なら海外でも障害福祉サービスを利用できることを、全国の自治体に、事務連絡としてなるべく早期に、わかりやすい形で周知する」とした。(柴田大輔)