【コラム・冠木新市】2025年は、茨城県出身の詩人・野口雨情没後80年に当たる。また「筑波節」「筑波小唄」誕生95周年でもある。今、記念イベントを準備している。これまでは雨情の茨城県民謡14曲に絞り活動してきたが、今回は初めて童謡も取り上げることにした。
代表作「七つの子」「青い眼の人形」「赤い靴」は、なんと同じ1921(大正10年)、雨情40歳のときに作られた。しかも「青い眼」と「赤い靴」は同じ12月に発表されている。2つは独立した童謡だが、「青」と「赤」が同時期に作られているため、何か関連があるのではと想像してしまう。
それは、元は1つの詞を2つに分けた「筑波節」と「筑波小唄」の仕事があるからだ(映画探偵団22)。雨情の詞は極度にシンプルなため、謎めいていて想像力を刺激する。
青い眼の人形
青い眼をした
お人形は
アメリカ生まれの
セルロイド
日本の港に
ついたとき
一杯涙を
うかべてた
「わたしは言葉が
わからない
迷子になったら
なんとせう」
やさしい日本の
嬢ちゃんよ
仲よく遊んで
やっとくれ
米国生まれのセルロイド人形を持った人が日本へやってくる。言葉が分からない人形に、優しい日本の嬢ちゃんよ、仲良く遊んでやっとくれと言う。この大人は女性だろうか。
赤い靴
赤い靴 はいてた
女の子
異人さんに つれられて
行っちゃつた
横浜の 埠頭(はとば)から
船に乘って
異人さんに つれられて
行っちゃつた
今では 青い目に
なっちゃつて
異人さんのお国に
いるんだらう
赤い靴 見るたび
考へる
異人さんに逢ふたび
考える
赤い靴をはいた少女が異人さんに連れられ、外国に行ってしまう歌である。日本に来る「青い眼の」歌と、異国に行く「赤い靴」の歌。つながりはないのだろうか。
「サムライ」と「ある殺し屋」
1967年に作られた2つの映画がある。アラン・ドロン主演のフランス映画「サムライ」と市川雷蔵主演の日本映画「ある殺し屋」だ。2本とも殺し屋が主人公で、暗黒街のヤクザからの依頼で仕事を引き受ける。
「サムライ」はベッドと鳥かごがあるだけのガラ~ンとした室内に住み、殺しに出かける。車を盗み、仲間の所でナンバーを変え、銃を調達する。恋人のマンションとカ一ドゲーム場に寄り、アリバイをつくる。ほとんどセリフはなく淡々と行動を追っていく。
「ある殺し屋」の主人公は小料理屋を経営し、料理も作る独り身である。こちらは、針を使って相手の首を背後からブスッと刺す。後の池波正太郎作の必殺仕掛人シリーズは、この作品が基になっていると思われる。
2作品とも、なぜ殺し屋をやっているのかの説明はない。ただ「ある殺し屋」では、旅客機が飛ぶ真下で殺しを依頼される場面で、笑顔の主人公と戦闘機乗りの仲間との写真と、暗黒街のボスの写真が映る。戦争で散った純粋な若者と現代の腐敗した大人の対比に、何か主人公の怒りに満ちた思いが感じられる。
「サムライ」も、ナチスドイツとのレジスタンス体験を持つジャン・ピエール・メルビル監督なので、なんとなく戦争の匂いがする(映画探偵団44)。
私は、フランスと日本の殺し屋を描いた映画になぜか同じ空気を感じてしまう。
日本と米国の戦争を暗示?
雨情の2作品をこんなふうに読めないだろうか。昔、赤い靴をはいていた少女が、異人さんにもらわれていき、外国人と結婚して青い眼の娘を生む。赤い靴をはいていた女の子は外国人と離婚して、娘を連れて日本に帰国する。娘は日本語が話せない。故郷に戻り受け入れてもらえるか、不安と再び故郷で暮らせる期待感。
「青い眼の人形」と「赤い靴」。少女から母親となった1人女性を描いた話。さらにその後の日本と米国の戦争を暗示していたのかもしれない。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)