土曜日, 1月 17, 2026
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狛犬さんのお導き《令和楽学ラボ》30

【コラム・川上美智子】つくばの保育園園長をこの3月に卒園し、4月からは人生で一番近い職場、関彰商事の水戸オフィスに勤務している。NHKの大河ドラマ「光る君へ」と朝の連続テレビ小説「虎に翼」を見る余裕も生まれた。いずれのドラマも時代に抗して突出した能力を発揮し活躍する女性が主役なので、応援しながら見ている。

「光る君へ」の中では、紫式部、清少納言の2人の才女が源氏物語と枕草子を記すさまも描かれるようであるが、高校時代に少しかじっただけで今まで関心をもつことはなかった。しかし、テレビが縁で頭の中が平安モードになり、がぜん興味が沸いた。筑波山が、常陸風土記や古事記、日本書紀に歌垣(うたがき)の山として描かれていることは見聞きしていたが、源氏物語の「東屋」の冒頭にも登場し、「浮舟」へとつながることを初めて知った。

また、枕草子第15段には、「峰は」として、私の生まれ故郷の淡路島の山がつづられていることを知った。

峰は、ゆづるはの峰。あみだの峰。いやたかの峰。

この「ゆづるはの峰」こそ、淡路島最高峰(と言っても607.9メートル)の諭鶴羽(ゆづるは)山であり、父の実家、現在の南あわじ市灘仁頃と母の実家、洲本の間にそびえ立つ険しい山だった。特に南斜面は、四国から紀伊水道にかけて走る中央構造線に続く断崖層となっており、歩いて登るのは大変である。そのため、古くから山岳信仰の修験道の霊場として発展し、急斜面には修行僧が行く細い古道がつくられ今も残されている。

私は、この年まで一度もこの山に関心がなく、400メートル地点に諭鶴羽神社があることも、この神社がその地域の守護神となっていて、祖父や父が大事にしてきたことも知らずにいた。

由緒ある諭鶴羽神社

ところが、「光る君へ」のご縁か、先日、神社行きがかなったのだ。昔の茶の研究者仲間で静岡在住の元伊藤園の方が淡路島出身で、SNSを通じて私が7月の墓参りの際に神社に行きたがっていることを知り、すぐに連絡をくれて、諭鶴羽神社への案内をかって出てくれた。険しい山道を車で登ると、深い森の中に鳥居が現れた。

諭鶴羽神社は、国生み神話(紀元前、第九代開化天皇の時代)のイザナギ、イザナミの二神が鶴に乗ってこの山に降り立ち権現となったのが始まりとされる由緒ある神社であった。熊野古道で有名な熊野の神は、この諭鶴羽神社から渡っていったという記述があり、平安期には28の大伽藍(がらん)がある大霊場だったという。豊臣秀吉もこの神社を参ったとの記録が残っている。

現在は、諭鶴羽神社と奥の院が残されているだけであるが、羽生結弦選手がオリンピック前後に訪れたこともあって、若い女性たちの人気パワースポットにもなっている。

この神社に関心をもったもう一つの理由が狛(こま)犬である。昭和56年に父と伯母が神社に狛犬を寄進したことが最近わかったのだ。その礎石には「昭和の初めに先代(祖父)が献進した青銅製狛犬が大戦中に供出献納され、改めて石造狛犬一軀を寄進する」と書かれていた。

参拝の折、狛犬のことをご存知の宮司さんにも偶然お会いでき、自分といろいろつながりのある神社に導いてくれたドラマと狛犬さんに感謝している。(茨城キリスト教大学名誉教授、関彰商事アドバイザー)

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