火曜日, 10月 6, 2026
ホームスポーツアストロプラネッツ 最下位脱出 栃木に勝利

アストロプラネッツ 最下位脱出 栃木に勝利

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの茨城アストロプラネッツは30日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で栃木ゴールデンブレーブスと対戦し、4-1で勝利した。これで茨城は7勝16敗、福島レッドホープスにゲーム差なしだが勝率で上回り、7チーム中6位と最下位を脱出した。

【ルートインBCリーグ2024公式戦】
茨城アストロプラネッツ-栃木ゴールデンブレーブス
栃木 010000000 1
茨城 00000103X 4
(5月30日、J:COMスタジアム土浦)

先発の福田

茨城は先発の福田拓也が6回1失点5奪三振で試合をつくり、残る3イニングを富樫晃毅、浅野森羅、根岸涼のリレーで乗り切った。「まっすぐと変化球をバランスよく使いながら相手を抑えられた。高めに浮いたフォームでタイムリーを打たれたが、イニング間にフォームを見返したりして変化球の精度を修正し、長いイニングを乗り切ることができた」と福田。

勝利投手の浅野は「普段はまっすぐで押す投球が多いが、今日は相手によって配球を変えながら、ストライク先行で有利なカウントをつくることができた」とコメント。8回の3人を見逃し三振2つとファウルフライに仕留めている。

8回表に登板、勝利投手となった浅野

打線は1点ビハインドで迎えた6回、先頭のアンディ・マーティンがレフトスタンドにソロホームランを放ち同点。8回は再びマーティンから始まり、北原翔の送りバントをはさんでホルヘ・エルナンデス、原海聖、大友宗まで4連打。ジョ・ミンヨンも遊ゴロで出塁しており、この回3点を追加した。中でも原はこの日4打数4安打の活躍。MVPを獲得し「しっかりとボールを打っていい試合ができた」とコメントした。

マーティンは「自分が打って同点、逆転できてとてもよかった。これからどんどん自分のプレーを見せていきたい」と話す。今月来日したばかりで、出場3試合で2ホーマーの活躍。千葉ロッテマリーンズで活躍したレオネス・マーティンの年の離れた弟だ。「同じ外野手で強肩・俊足、まだ23歳で伸びしろは大きい」と巽真吾監督は見ている。

8回裏1死二・三塁、原の右前適時打で勝ち越す

4月を1勝7敗と低空飛行を続けた茨城だが、5月は6勝9敗と持ち直してきた。特にここ半月に限って見れば、5勝4敗と勝ち星が先行している。

「先発がゲームをつくる、安定した試合が増えてきた。リリーフ陣も短いイニングで多くの三振を奪っており、安心して終盤を任せられる。奪三振数と盗塁数はリーグでもトップなので、こうした長所を生かしながら勝利を挙げていきたい」と巽監督。ちなみに今日も4盗塁を成功させた。

打線の調子も上向いてはいるが、あと一歩の奮起が必要という。「今日は10安打と4四死球で4得点。もう少し点を取ってほしい。打てるぞとなると打線がつながってくるので、そのきっかけをつくるような、雰囲気を変える1本を打てる選手に出てきてほしい」と巽監督の期待。今日のところは、マーティンの一発がそれを実現してくれた。(池田充雄)

勝利投手の浅野(左端)、MVPの原(左から3人目)、ホームラン賞のマーティン(右端)。ゲームスポンサーの関彰商事からそれぞれガソリン券が贈られた

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