月曜日, 1月 19, 2026
ホームつくば自分の性に向き合う 「ヴィーガン」で「クイア」の2人が贈るレシピ集(下)

自分の性に向き合う 「ヴィーガン」で「クイア」の2人が贈るレシピ集(下)

3月につくばで出版されたヴィーガン料理のレシピ集「韓国フェミめし:光州とヴィーガンを巡って」。作者のユミさんとヨニイさんは同書で、ヴィーガンのことだけでなく、性的マイノリティである自身がこれまでに感じた性自認についても触れている。2人は自身の性を、全ての性的マイノリティを広く包みこむ概念である「クィア」だと表現する。2人は周囲の無理解から悩みを感じてきたという。

「いつも自分のことを相手に隠したり、頑張って自分のことを説明したりしなければいけなかった。理解して欲しくてたくさんの感情とエネルギーを使ってきた。私はただここに存在していいはずなのに」とヨニイさんが思いを吐露する。ユミさんは「自分は間違っていないというのはわかっていた。でも生きづらさを感じてきた。隠さなければいけないという思いが少しずつ自分の心の中に積もっていくのを感じていた」と語る。

カミングアウト

ヨニイさんが初めて自身の性を周囲に伝えたのは中学時代、韓国でのことだった。「女子中学だったので、かっこいい先輩がいるとみんなが『きゃー』ってなるんですよ。それで自分も(女性に好意を持つことは)自然なことだと思っていた」。

自分の気持ちを隠さず伝えていたヨニイさんは、高校でも「隠さずカミングアウトをしていた」と話す。否定的な反応もあったけど、気にはしなかった。

「自分のセクシャリティを隠したまま人と出会っても、後から伝えて嫌がられると辛い。それなら最初から『私はこんな人です』と言った上で仲良くなる方が楽」。そう明るく話すヨニイさんだが、両親には最近まで伝えられなかった。

「両親に伝えたのは去年の春頃。すごく保守的な家なので、嘘をつき隠していた。でもそれが嫌で、隠すのをやめて全部話した。否定的なことも言われてその瞬間だけは辛かった。でも、両親も慣れてきた様子。結婚や子どもの話をされる度にプレッシャーを感じていたが、それがなくなりすごく楽になった」

近所の公園を散歩するヨニイさん(左)とユミさん

髪を切り、本当の自分に出会う

ユミさんは自分の性にどう向き合ってきたのか。家族と暮らしていた幼少期をこう振り返る。

「小さい頃から男の子と遊びたかった。でも、歳を重ねるごとに難しくなった。小学校に入って男の子と遊んでいると『お前、あいつの彼女なの?』とか、『なんでここに女がいるの?』と言われて、『ああ、私って女なんだな』って思うようになった。でも、女性的な振る舞いや遊びに馴染めなかった」

周囲に「女性」としての形を押し付けられたユミさんは、自分の性に違和感を感じ始めた。「私はボーイッシュな髪型にしたかった。でも実家のある郊外では、周りにそんな女性はいなかった。好きな髪型にしていいなんて思えずに大学生になった。ただ、ずっと実家に住んでいたので、私のことに家族もなんとなく気付いていた気がする。私は隠すつもりはなかったけど、わざわざ言うのも気まずい。それで結局、隠している状態になっていた。それがストレスだった」

大きな変化は大学生の時に訪れた。短髪にしたのだ。「思い切ってメンズカットにして『これが本当の自分だ!』って思えた。これで隠れずに生きられるって」

一歩を踏み出したきっかけは、あるテレビドラマだった。「アメリカのハイスクールドラマで、様々なマイノリティが出てくる。アジア系の人、車椅子の人、セクシャルマイノリティーの人。みんないきいきと自分を表現していた。『私もこうしていいんだ』って思えた。それで、似合わないかもしれないけど私も髪を切ってみようって思えた。それがきっかけになり、どんどん勇気を振り絞れるようになった」

短く整えられたユミさんのヘアースタイルに思いがこもる

自分の体を取り戻す

テレビドラマを通じてユミさんは、性的マイノリティとして生きる自分以外の人を知り、背中を押された。一方でヨニイさんは、今も複雑な自身の性について答えが出せずにいると話す。

「まだ悩んでいる。私は昔から女性に好意を持ってきたから、男性になった方がいいんじゃないかとずっと悩んでいた。でも、やっぱりそれは違う気がしていた。私は男になりたくないって思った。大学では周囲と英語でやりとりしているが、自分の代名詞が『He(彼)』なのか『She(彼女)』なのか考えると、『He』だと違和感があるけど、『She』なら大丈夫だと思える。『They(彼ら、性別を問わない)』でも違和感はない。でも正直なところ、私は自分をラベリングするのに疲れている。今は『クイア』という言葉が一番しっくりきている」と、今の気持ちを率直に語る。

自身の性に向き合うヨニイさん

ユミさんは、揺らぐ自身の性認識に向き合う中で、次第に「自分は何者なのか」という問いへの答えを見つけ始めている。

「私は自分が男になりたいわけではないけど、女性としての役割を担うのはキツかった。それじゃ男なのかなってめちゃくちゃ悩んでいた。そんな時にある本と出会い、男女どちらの性別でもない『ノンバイナリー』という存在を知って、自分は男でも女でもないんだって気がついた。すごくスッキリした。『これが私だ。こう名乗っていいんだ』って思えて自分に自信を持てるようになった」

もう一つ、大きなきっかけになった出来事として、大学を卒業し実家を離れて経験したあるエピソードがある。

「私、就職してからタトゥーを入れたんです。腕と手首に、五百円玉サイズの太陽と雲を。その時、本当にうれしかった。『私は自分の体のことを自分で決めたんだ。その権利を証明できたんだ!』って。『これが私の人生だ』って思えた」

ユミさんの手首には初めて入れた雲のタトゥーがある

そう話すとユミさんは、「性」に対する考えをこう言葉にした。

「性別は社会的なもの。本当はスペクトラム(連続した境界のない状態)なはず。私は周りに自分が何者なのかを決められてきた。でも、自分が男でも女でもない『ノンバイナリー』だと思えるようになって、性の呪縛から解放された気がした。心地よかった。『もう他人から女性と呼ばせない』という思いが湧いてきた」

「大丈夫」と伝えたい

ヴィーガンでクィアである2人にとって互いの出会いが持つ意味は大きかった。ヨニイさんがユミさんとの出会いを振り返りながら、こう呼び掛ける。

「私はユミと出会えたことでとても楽になった。クィアでヴィーガンの人には本当に出会えない。マイノリティーの中の、さらにマイノリティーなので。1人で暮らしていると『私だけがおかしいんじゃないか?』と思ってしまうこともあった。でも同じ価値観の人に出会えて『私はおかしくないんだ』と思えるようになった。もし今、悩みを抱えている人がいたら『大丈夫』と伝えたい。安心してほしい」

ユミさんは、今後についてこう話す。

「私はヴィーガンのハードルを下げたいと思っている。そして、クィアカップルがいることが自然になるように、私たちも自然に暮らし続けたい。私たちはこんな存在で、ただここに存在していい。そんな場所が増えるといいと思っている。そのために自分の経験が誰かの役に立てばいい」

「自然に暮らし続けたい」と話すユミさん

光州事件のパネル展開催

冊子で2人は、ヨニイさんの故郷である韓国・光州市の歴史にも触れている。光州では、韓国が軍事政権下にあった1980年5月18日、民主化を求める学生デモに対して政府が武力で応じ、以降10日間で多数の市民が犠牲になる「光州事件」が起きた。光州では今も、忘れてはいけない悲劇として日常的に語り継がれている。

今回、冊子の発行元である、つくば市天久保のブックカフェ「サッフォー」では、冊子発売を記念して「光州5.18民主化運動を記憶する」として関連書籍の特設コーナーを設けるとともに、4月27日から始まった光州事件を紹介するパネル展が開催中だ。

冊子の企画・編集を手がけたサッフォー店主の山田亜紀子さんによると「韓国フェミめし:光州とヴィーガンを巡って」は同店にとっては2冊目の出版企画となる。山田さんは今回の冊子制作について、「人権の向上を願っての企画。2人の想いは、日常をシェアすることで『私たちはナチュラルに生きている』と知ってほしいということ。地方で、楽しみながらヴィーガンをやっているクィアカップルがいるんだよと、多くの人に知ってもらいたい。色々な人に届くといい」と語った。(柴田大輔)

「本と喫茶サッフォー」の店主・山田さん(右)と、ハンガン・ビーガンの2人 =本と喫茶サッフォー

終わり

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

つくば特別支援学校で「もう一つの成人式」 保護者、教職員らが手作り

「当たり前に明日を迎えられる子ばかりではない中で、こうして同級生たちと再会できたことは奇跡のようでもあり、本当に感慨深い思い」ー。 つくば市玉取のつくば特別支援学校(中村千秋校長)で17日、同校の卒業生を対象とした「二十歳を祝う会」が開かれ、卒業生の母親で主催団体「つく葉会」代表の根本希美子さん(47)はこう話した。 祝う会には今年度、新たに二十歳を迎える肢体不自由教育部門出身の3人と知的障害部門出身の13人、合わせて16人が参加し、家族や学校関係者らが門出を祝った。 会を主催するのは、卒業生と保護者、学校教職員らによる同窓会組織「つく葉会」。卒業生には、体調や障害などが理由で、行政主催の成人式への参加が難しいことがある。その中で、学校生活を共に過ごした仲間同士が集まり、家族や在学中に担当した教員らと節目の年を祝おうと始まったのが、この「もう一つの成人式」だ。コロナ禍で一時開催できなかった時期があったが、2007年に「県立つくば養護学校」として開校した当時から毎年続けられてきた。 「立派になったね」 最高気温16度と季節外れの暖かさとなったこの日、車いすでも負担なく着られるオリジナル着物を扱うつくば市天久保の呉服店「明日櫻(あすさくら)」には、3人の卒業生が集まった。午後に開かれる、祝う会に参加するためだ。 岡部嘉恋さん(20)は、妹と選んだという黄色地に赤い花柄の晴れ着に身を包んだ。萩原一貴さん(20)は銀色の紋付羽織に縞柄の袴。スタイリストに髪を整えてもらった。根本侑弥さん(19)は、大きな花柄の明るい着物に、シルバーとゴールドのハイライトを入れたツーブロックカット。着付けが終わると、家族らから歓声が上がった。 式が行われたのは、学校2階の音楽室。午前中から、昨年度の卒業生や保護者、教員らが色紙で飾り花を作るなど、準備を進めた。午後1時半、「新成人」たちが到着すると、「久しぶり」「立派になったね」と再会を喜ぶ声が広がった。 会の冒頭、中村校長は「二十歳を迎え、本当におめでとうございます。これからまた、自分の人生が始まります。頑張ってほしい」とエールを送った。あいさつに訪れた五十嵐立青市長は、「大好きな人たちと素晴らしい日を祝えることほど価値のあることはない。誰もが暮らしやすく幸せに過ごせる街をつくりたい」と思いを語った。 その後、在校時の写真を集めたスライドショーが上映された。運動会や校外学習、授業風景など校内で過ごす日常の一コマが映るたびに会場から小さな歓声が上がる。保護者が目頭を押さえる姿もあった。続いて行われた記念撮影では、晴れ着やスーツ姿の新成人、在校時の担当教員、家族らが思い思いの輪を作り、カメラの前に並んだ。シャッターの音に合わせて拍手が起こる。 当時の肢体不自由教育部門高等部で学年主任を務めた染谷創平さん(43)は「感無量。相手を気遣える優しい子たちだった。二十歳を迎えても、変わらない姿を見られてうれしい」と話した。肢体不自由教育部門でクラスを担当した金田一志さん(62)は「医療的ケアが必要な生徒もいた。学校で友達と活動するのを楽しみにしていた子たちだった。手を握ることで『イエス』『ノー』を伝えてくれた。キュッキュッと私の手を握り返して答えてくれる。そんなやりとりから、私自身が多くを学んだ」と振り返った。 最後の記念品贈呈では、保護者らが準備した、学校のロゴをあしらった特製の木製のハンバーが、教員から新成人一人ひとりに手渡された。 「これからも自分らしく」 奥澤真緒さん(20)の母、里美さん(51)は「ここまで長かった。最初は学校に慣れず泣くことも多かったが、友達ができて楽しく通えるようになった。これからも、自分らしく生活していってほしい」と目を細めた。萩原一貴さんの父、和典さん(57)は「先のことを見通せないこともあるが、立派に二十歳を迎えてくれて、うれしいの一言。在学中は先生方のおかげで楽しく過ごせた。健康で長く生活してほしい」と語った。 つく葉会会長の根本さんは、「卒業式から2年、この日をみんなが楽しみにしていた。多くの方の支えがあって、この日を迎えられた。これからみんなが、社会の中で生活していくことになる。周囲の手も借りながら、それぞれの形で自立していってほしい」と願いを語った。(柴田大輔)

サンガイア 7連勝 土浦市民デーを飾る

バレーボールVリーグ男子のつくばユナイテッドSunGAIA(略称サンガイア、本拠地つくば市)は17日、土浦市大岩田の霞ケ浦文化体育会館で埼玉アザレア(本拠地 埼玉県狭山市)と対戦し、セットカウント3-1で勝利した。これでサンガイアはリーグ戦7連勝、通算成績11勝2敗で東地区2位。18日も午後2時から同会場で埼玉と再戦する。 2025-26 Vリーグ男子(東地区)レギュラーシーズン(1月17日、霞ケ浦文化体育会館)サンガイア 3-1 埼玉アザレア25-1825-1922-2525-22 サンガイアは第1セットの立ち上がりからペースを握り、第2セットも序盤の5連続得点によるリードを生かすなど、危なげなく2セットを連取。だが第3セットでは終盤に埼玉の追い上げに遭い、初めてセットを失う。第4セットは中盤まで僅差で追う展開だったが、終盤にサンガイアが逆転し勝利をつかんだ。 「第1、第2セットは自分たちのプレーができた。第3セットは相手のペースに飲まれてミスが増えてしまった。第4セットは自分たちのやるべきことをやろうと話し合い、しっかり勝ちきることができた」とアウトサイドヒッターの畑中大樹。この日は2本のサービスエースを含む12得点を挙げた。 「相手はレシーブが良いチームなので、拾い負けないようにしようと話し合っていた。第3セットもラリーはつくれていたので頑張ってレシーブを上げ、第4セットもラリーから勝ちきることができた」と、同じくアウトサイドヒッターの長谷川直哉。チームトップの19得点を挙げている。 「チームの長所がたくさん出た試合だった。後半は相手も良さを発揮したが引き離されず、伯仲した展開から勝てたことは大きかった」と加藤俊介監督。第3セットで逆転を許したのは、相手がサンガイアの攻撃に慣れてきたことに加え、ローテーションの変更も要因の一つ。前列と後列を入れ替え、相手はサンガイアの守備陣に対し高さのギャップをつくり出してきた。そこでサンガイアはセッターに高さのある森居史和を入れ、攻撃陣にはバックアタックの得意な村松匠を加えるなど、チームの総合力で最終的に埼玉をねじ伏せることができた。 「簡単な試合は一つもないが、チームの状態は非常にいい。今の状態を維持し、コンディションを整えながら冷静に試合に臨んでいけば、おのずと結果はついてくると思う。残り15試合を総力戦で走りきりたい」と、加藤監督は後半戦に向けて意欲を示した。 市内小中学生らがエスコート この日は土浦市民デーとして、市内在住者50組100人が試合に招待され、安藤真理子市長が始球式を務めた。試合前に選手と手をつないで入場するエスコートキッズにも市内在住の小中学生8人が参加、そのうちの一人、大島蒼太さん(荒川沖小5年)は「初めてで緊張したが、選手はみんないい人だった。頑張って勝ってほしい」と感想を話した。 大島さんは昨年11月に初めてサンガイアの試合を観戦、選手たちのサーブの速さやレシーブのうまさに感動し、もっと深く知りたいと思って今回のエスコートキッズに応募した。スポーツは野球やバドミントンを楽しむほか、お母さんに付き添ってママさんバレーの練習にも参加しており、「一つ一つの小技が重要で、うまくなるほど面白い」と、やりがいを感じているという。(池田充雄)

土浦の花火100年の紡ぎ《見上げてごらん!》48

【コラム・小泉裕司】上の写真にあるオフィシャルカレンダー「100周年記念/土浦の花火カレンダー2026」の制作に当たっては、土浦全国花火競技大会実行委員会や土浦市立博物館とともに、私も企画監修に加わった。毎年、大会パンフレットを担当するいなもと印刷(土浦市板谷)のノウハウや熱い思いとコラボして、13枚組の重厚な仕様になった。 このカレンダーの大きな魅力は、彩り豊かな花火写真に眼福を得るにとどまらず、暦をめくりながら100年の歴史が理解できる特別仕様になっている点。歴史書をひも解かずして、競技大会として果たしてきた役割や、数々の名作花火が生まれた背景をめぐりながら、大正時代から連綿と続く花火師たちの誇りと、それを紡いできた先人たちの土浦の花火への思いが伝わればうれしい。 秋元梅峯と山本五十六 1月は、大会のルーツを解説。大会の第1回は1925年、土浦市内の神龍寺住職、秋元梅峯(ばいほう)が霞ケ浦海軍航空隊(場所は今の阿見町)の殉職者慰霊、地域商工業の復興、秋の収穫への感謝を目的とし、私財を投じて霞ケ浦湖畔で開催した花火大会にさかのぼる。慰霊と願いが込められた、意義深い始まりであった。 1924年9月、霞ケ浦海軍航空隊の副長兼教頭として赴任した山本五十六大佐(戦死後元帥)は、隊規律刷新、航空事故防止、殉職者慰霊の3つの施策を行った。「海軍航空隊ものがたり」(阿見町、2014年刊)によると、当時、神龍寺山門のそばに居住していた山本大佐が、懇意になった梅峯和尚に、殉職者慰霊や供養について相談をしたそうだ。 山本大佐の依頼を受けた梅峯和尚は、航空安全と殉職者慰霊のための花火大会を霞ケ浦湖畔の岡本埋立地(現川口運動公園)で開催したと伝えられているが、土浦市立博物館はその事実を確認できていないという。新潟県長岡出身の山本大佐は、日本3大花火の一つと呼ばれる長岡花火を小さいときから見て育ったことからも、「民ファースト」の梅峯和尚の琴線(きんせん)に触れたに違いない。 神龍寺境内に、梅峯和尚の銅像、41名の航空殉職者の名が掘られた供養塔が建立されており、今も、大会前日には神龍寺本堂において、大会関係者の参列の下、慰霊供養が行われている。山本大佐が滞在したと伝わる貸家付近は、当時松林だったようだが、今は土浦花火の発展に貢献した北島義一氏の墓所がある辺りだろうか? 私はこの地を「土浦花火の聖地」と呼んでいる。 未来に伝えたいエピソード 3年前、100周年の区切りとして、大会運営を支えた人々、特に公にされていないエピソードをアーカイブすることについて、某新聞社の協力約束を得て、実行委員会に提案したのだが、2年前に起きた想定外の大会中止に対する批判が高まる中、いつの間にか立ち消えになった。今年1年、カレンダー記事をベースに、未来に伝えたいエピソードを書き留めたい。 このカレンダーは、土浦市内のまちかど蔵「大徳」や「きらら館」で販売されているが、高精細の印刷に耐える上質紙は450gで通常の2倍の重量。壁掛けに注意が必要と思う。本日はこれにて、打ち留めー。年初の5段雷「トン バンバンバンバンバン」(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

川口公園で火災 芝生2500㎡焼ける つくば市

17日午前10時53分ごろ、つくば市が管理する同市上郷、川口公園で芝生が燃える火災が発生し、同公園北側の芝生の一部約2500平方メートルが焼けた。消防車6台が出動し、火は午前11時23分に鎮火した。けが人はいないという。 市公園・施設課と市中央消防署豊里分署によると、出火時、公園内に人がいたどうかは不明という。現在、消防署で出火原因などを調査している。 同公園は広さ約5ヘクタールで、小貝川の近くにあり、公園内には三つの池がある。周囲は田んぼや林などに囲まれている。