【コラム・坂本栄】何かと話題になっている映画「オッペンハイマー」を見てきました。主筋は、米国の原爆開発を主導した理論物理学者オッペンハイマーが水爆開発には反対、ソ連のスパイの疑いまでかけられ、戦後には冷たい扱いを受けるという史実ですが、当時の米政府の情報管理や学者間の確執もふんだんに盛り込まれており、面白い映画でした。
ナチスとの原爆開発競争
実験成功後に彼を講堂に迎え、関係者と家族たちが足を鳴らして成功を祝う場面では、これで日本を降伏に追い込めるという米国民の高揚感が伝わってきます。真逆の場面=トルーマンが大統領執務室でオッペンハイマーと会ったとき、彼が水爆開発には消極的と知り、退室後に「あの泣き虫には二度と会いたくない」とこき下ろす場面=もあり、このコントラストは秀逸でした。
米国の原爆開発は、ナチス・ドイツの原爆開発に負けてはならないと始まったものでした。ところが、ドイツが早めに降伏したため、対日戦を終わらせる決定兵器になります。また、米国は戦後の仮想敵国としてソ連を想定するようになり、開発情報の対ソ漏えいを極度に警戒します。こういった米国の政略・戦略の変化も描かれています。
原爆開発を引き受けた動機が「ヒットラー憎し」であったオッペンハイマーは、国際政治に翻弄(ほんろう)されるだけでなく、ソ連のスパイ組織と見られていた米共産党との関係にも翻弄されます。これらに原爆開発を主導したという倫理上の自責の念が加わり、見応えある長尺3時間の映画に仕上がりました。
私は、165「酷暑日に核廃絶と核抑止について考えた」(2023年8月21日掲載)の中で、対日原爆投下を決断した米政府・軍部の心中を、①その破壊力を日本に実感させて降伏に持ち込みたい、②巨額の開発費を使った原爆の力を確認してみたい、③大戦後に敵国になるソ連の諸活動を抑制したい―と整理しました。
戦後、原爆は戦争を抑止する装置として使われるようになり、オッペンハイマーは国際政治の枠組みに大きな影響を与えました。
人工知能は世界を滅ぼす?
「オッペンハイマー」を見ながら、頭の中ではサム・アルトマンの顔がチラついていました。対話型人工知能(AI)「チャットGPT」の開発を主導した「米オープンAI」の最高経営責任者(CEO)です。AIは原水爆に匹敵するような影響を人類に及ぼすのではないか…と。
チャットGPTについては、156「大乗仏教の空と相対性理論の空の関係」(23年5月1日掲載)の中で、「ネット上に格納された情報を超速で探し出し、それらを取捨選択、整理整頓し、文法的に正しい回答を作文してくれる」ツールと私なりに定義しました。扱い方を間違えると人間に思考の放棄を促し、破壊の恐怖=原水爆を上回る力を持つでしょう。人類支配力(破壊力?)としてはAIの方が大きくなるかもしれません。
「米オープンAI」の倫理派役員たちは、商業開発に突っ走るアルトマンを一度追放したものの、同法人に巨額の資金を提供している米マイクロソフトがこの人事に介入し、アルトマンをCEOに復帰させました。この経緯を報じた米ウォ―ル・ストリート・ジャーナル紙(23年11月24日付)は、倫理派役員の考え方(思想運動)を「Effective Altruism(効果的利他主義)」と呼び、以下のように伝えています。
「この運動では、AIが人間としての正しい価値観を植え付けられて注意深く作り上げられれば黄金時代を生み出すが、そうしたものにならなければ世界の終わりのような結果を招く恐れがあると信じられている」 (経済ジャーナリスト、戦史研究者)