水曜日, 4月 1, 2026
ホームつくば次長級の統括監を新設 つくば市人事異動’24

次長級の統括監を新設 つくば市人事異動’24

つくば市はこのほど4月1日付人事異動を内示した。次長級の職として統括監を新設し、各部局が所管する公共施設の管理や長寿命化を担当する。異動総数は、再任用、組織改編に伴う部署名変更などを除き全体の21.6%の300人。23年度から市職員の定年引き上げが開始され61歳になったことにより3月末の定年退職者はゼロ。再任用を除く普通退職者は39人、新規採用は66人で、4月1日付全職員数は前年度に比べ27人増えて2087人になる。

係長以上の管理職は前年度から9人増え609人。管理職の昇格者は同比32人減り88人。女性管理職の割合は前年度より0.1ポイント減って25.8%になる。

国、県などとの人事交流では、文科省から政策イノベーション部長を迎えるほか、国、県などに8人の実務研修生を派遣する。

組織改編では、ダイバーシティ(多様性)を一体的に推進するため市民部の男女共同参画室を市長公室に移し、ダイバーシティ推進室に名称変更する。こども部は、子育て家庭を包括的に支援する体制を構築するため、健康増進課の母子保健係をこども未来課に移し、名称をこども未来センターに変更する。

政策イノベーション部は、国政調査等、統計業務の推進やデータ利活用の強化のため企画経営課に統計係を、情報政策課にデジタル推進係を新設し、根拠に基づいた新たな政策立案を推進するためとして21年度に新設した統計・データ利活用推進室を廃止する。

財務部は、未利用の市有地利活用を一体的に進めるため、公共施設マネジメント推進室を都市計画部の公有地利活用推進室と統合し、公共資産利活用推進室を新設する。経済部は産業用地の創出を推進するため、産業振興課に立地推進室を新設し、プロジェクトチームだった産業用地検討室と都市計画部の地域開発振興室を廃止する。建設部は都市計画道路の整備に重点的に取り組むため、都市計画道路整備推進室を課に昇格させる。

保健部は、新型コロナが5類に移行し全額公費によるワクチン接種が3月末で終了することなどから、新型コロナウイルス対策室を、他の感染症対策と一体的に推進するため予防接種・感染症対策室に変更する。消防本部は予防広報課を予防課に変更する。

◆4月1日付け人事異動は以下の通り。カッコ内は現職。敬称略。

【部長級】
▽政策イノベーション部長(文部科学省)髙橋安大

【次長級】
▽総務部次長兼人事課長(人事課長)松本光由
▽総務部次長兼法務課長(総務課長)沼尻浩幸
▽総務部政策法務監・教育局教育法務監(新規採用、任期付)大岩昇
▽政策イノベーション部次長(市民部次長)池畑浩
▽市民部次長(同次長兼市民窓口課長)中川伸一
▽市民部統括監兼統括地域支援監(同次長兼統括地域支援監)大木茂樹
▽保健部次長(こども政策課長)鈴木加代子
▽こども部統括監(経済部次長)大橋一彦
▽経済部次長(産業振興課長)柳町哲雄
▽経済部統括監(同部次長)岡田克己
▽建設部次長(総務部次長)山田正美
▽建設部建設政策監(同部次長)木村幸弘
▽生活環境部次長兼環境政策課長(同課長)渡邊俊吾
▽上下水道局次長(水道総務課長)小吹正通
▽上下水道局統括監(同局次長兼水道監視センター所長)渡辺高則
▽教育局統括監(保健部次長)中根英明
▽消防本部消防次長・消防本部担当(同次長・消防署担当)松岡幹夫
▽消防本部消防次長・消防署担当(同本部主任参事兼南消防署長)鈴木浩
▽消防本部主任参事兼救急課長(救急課長)中島昌美
▽消防本部主任参事兼消防総務課長(予防広報課長)高野順一

【課長級】
▽市長公室国際都市推進課長(危機管理課長)鬼塚宏一
▽市長公室危機管理課長(国際都市推進課長)岸田和克子
▽総務部総務課長(同課長補佐兼企画監)高野剛
▽総務部ワークライフバランス推進課(市民協働課地域改善対策室長)岡田健一
▽総務部人事課付参事(豊里交流センター地域支援監兼市民ホールとよさと)安田正幸
▽政策イノベーション部企画経営課長(開発指導課長)川原智彦
▽政策イノベーション部情報政策課長(情報政策課長補佐兼情報ネットワークセンター所長)石川玄壱
▽政策イノベーション部科学技術戦略課長(スマートシティ戦略監)中山秀之
▽財務部公共資産利活用推進課長(公有地利活用推進課長)岡野渡
▽財務部納税課長兼徴税管理監(市民税課長)高野克則
▽財務部市民税課長(同課長補佐)横田知巳
▽市民部つくば市民センター所長(企画経営課長)横田裕治
▽市民部市民窓口課長(下水道総務課長補佐)青木ゆかり
▽市民部大穂窓口センター所長(土地改良課長)森田幸一
▽市民部豊里窓口センター所長(桜交流センター地域支援監)吉岡直人
▽市民部筑波窓口センター所長(納税課長兼徴税管理監)柳田賢一
▽市民部スポーツ振興課長(中央図書館副館長)沼尻祐一
▽市民部地域支援課長(農業政策課長)根本隆
▽市民部筑波交流センター所長兼市民ホールつくばね館長(防犯交通安全課長)一瀬剛
▽市民部谷田部交流センター所長兼市民ホールやたべ館長(スポーツ振興課長)大久保正巳
▽市民部桜交流センター所長(つくば市民センター所長)荒澤浩俊
▽福祉部社会福祉課長(市民協働課長補佐兼企画監)中村銀華
▽保健部医療年金課参事、茨城県後期高齢者医療広域連合派遣(地域包括支援課長補佐)飯島良弘
▽保健部健康増進施設いきいきプラザ館長(社会福祉課長)宇津野功
▽こども部こども政策課長(広報戦略課広聴室長)木村真理
▽こども部こども育成課長(ワークライフバランス推進課長)桐生修
▽こども部こども未来センター課長(こども未来課長)中澤真寿美
▽経済部ジオパーク推進監兼観光推進課ジオパーク室長(観光推進課長)伊藤祐二
▽経済部産業振興課長(科学技術戦略課長)前島吉亮
▽経済部農業政策課長(同課長補佐)岡野清宏
▽経済部土地改良課長(公園・施設課長)山口義智
▽経済部観光推進課長(管財課長補佐)小川高徳
▽都市計画部建築指導課長(教育施設課長)鈴木聡
▽都市計画部開発指導課長(建築指導課長)中島隆志
▽建設部都市計画道路整備推進課長(こども育成課長)吉田和敏
▽建設部道路管理課長(同課長補佐)須藤文雄
▽建設部公園・施設課長(同課長補佐)山口嘉宏
▽建設部防犯交通安全課長(道路管理課長)入江一成
▽生活環境部環境衛生課長(同課長補佐)木村憲一
▽上下水道局水道総務課長(地域消防課長)水橋光一
▽上下水道局水道監視センター所長(環境衛生課長)石川太郎
▽会計事務局長(情報政策課長)飯塚喜軌
▽教育局学務課長(選挙管理委員会事務局副局長)笹本昌伸
▽教育局教育施設課長(地域支援課長)大口勝也
▽教育局筑波学校給食センター所長(地域支援課長補佐)倉持賢一
▽教育局つくばすこやか給食センターやたべ所長(筑波学校給食センター所長)渡辺寛明
▽教育局つくばほがらか給食センターやたべ所長(管財課公共施設マネジメント推進室長)田中聖史
▽教育局中央図書館副館長(同館長補佐)玉木正徳
▽選挙管理委員会事務局副局長(法務課長)渡邉健
▽農業委員会事務局農業行政課長(学務課長)下田裕久
▽消防本部地域消防課長(会計事務局長)小川英男
▽南消防署長(消防総務課長)品川豊
▽北消防署長(消防救助課長)北沢直弘
▽消防本部消防救助課長(参事兼中央消防署副署長)青木節
▽参事兼中央消防署副署長(中央消防署桜分署長)櫻井誠
▽消防本部予防課長(予防広報課長補佐兼予防係長)三浦春彦

【退職】3月31日付
▽政策イノベーション部長 藤光智香
▽谷田部交流センター所長兼市民ホールやたべ館長 間中和美

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インド出身校長が退任 今後は地域貢献に意欲 土浦一高

県立土浦一高・附属中学校のプラニク・ヨゲンドラ(通称よぎ)校長(48)が31日退任する。インド出身の同氏は、県立高校長公募で採用され、副校長1年と校長3年を勤めた。任期は4年。インタビューに応じた同氏は「土浦とのご縁ができたので、今後できればこの地に貢献したい」と述べた。 よぎ氏はインドの大都市ムンバイ郊外で生まれ、地元の大学で数学、大学院で経済学を学び、18歳でIT企業に就職した。2001年に日本へ派遣され、12年に帰化した。みずほ銀行国際事務部や楽天銀行企画本部での勤務を経て、インド料理店の実家がある江戸川区の区議も務めた。 2022年、「学生の国際性を伸ばし、学校改革にも臨める人材」を求めていた大井川知事の面接を受け、日本初の外国出身県立学校長として採用され、県内きっての進学校、土浦一高に着任した。 東大20人・医学部20人合格へ 県から与えられたミッション=有力大学合格者増=については、学年主任らとともに2年先に東大20人・医学部20人(現役)合格の目標を立てた。過去2年間は東大・医学部への現役合格者を増やした。今年は目標まで届かなかったが「土浦一高には、数年先に東大40人・医学部40人合格とともに、海外を含め多様な進路を実現する力がある」と述べた。 進学指導以外で注力したことは「同じ公募採用の太田垣 竜ケ崎一高校長と、生徒・教員情報を管理する校務DXシステムを考案し、これが県の予算で来年完成する」「一部教員から反対意見もあった修学旅行を復活させ、高2生を台湾に送り出した」「企業の協力を得て『探求学習』を重視、授業では育たない自己肯定感や事業分析力を育てた」「一高伝統の『文武両道』を踏まえ、体育系や文系のクラブ活動を活性化した」などを挙げた。 常に生徒の身近に インタビューでは、生徒育成のための6カ年進路支援計画がまだ作成中であることが頭にあったのか、あと2年だけでも校長職にとどまれば、校長としての成果を見届けられたとの思いが伝わってきた。 また「私の(県立高改革に対する)考え方は、一部の教員や教員OBの目線とは違っていた。それでも常に生徒の身近にいて、生徒の声を聞きながら、生徒ファーストの意識でさまざまな企画を前に進めた」と述べ、「納入業者と交渉し、校内自動販売機の全商品について30円値引きも実現した」とほほ笑んだ。 「いずれ政治の仕事に」 退任後についてよぎ氏は「6月に東京で日本企業とインド企業の『マッチング・イベント』を開く計画を進めている。当面は、インドに進出したい日本企業、日本に進出したいインド企業をつなぐ仕事をしたい。いずれもハードルが高いがそのお手伝いができたらと思う」と述べた。 さらに「いずれ政治の仕事に戻りたい。予算と権限がない議員ではなく、両方を持っているプレジデント(首長)を目指す。教育でも行政でも、改革には予算と権限が必要だからだ」と、地域振興への思いをにじませた。(坂本栄)

好きな「もの」や嫌いな「もの」とは何なのか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》8

【コラム・1年 秋山節】好きなものと嫌いなものは誰にでもある。私にももちろんある。極端なぐらいに。私が嫌っているものが、誰かの好きなものでもある。好き嫌いとは他者を傷つけるものではないのだろうか。そんな懸念が浮かんだ。 嫌いなものがあるのはなぜか? そして乗り越えることはできるのか? これらの疑問に、このコラムの分析を通じて解答することを試みたい。ただし、分析では「もの」(物や者を指す)に対する好き、嫌いのみを対象としている。人に向ける好き嫌いと「もの」に向ける好き嫌いは性質が異なるため、家族や友人などの対人関係の好き嫌いは扱わない。 1 私の好きな「もの」と嫌いな「もの」好きなものと嫌いなものの分析をするために、私自身の例を出すことを許していただきたい。心理的な行動を観察しやすいからだ。 1.1 好きなものについて実際にどんな「もの」を私は好きだと認識しているのだろうか。一部に過ぎないが、列挙してみよう。 ・吉松隆氏(作曲家) ・現代音楽(音楽のジャンル) ・ウィッチウォッチ(漫画/アニメ) 音楽に偏っていて申し訳ないばかりだが、どうして私は好きになったのだろうか。その過程でどんなことを思ったのかを述べてみる。 まず吉松隆氏について。私は作曲を行っていて、彼は作曲を独学で学んだということが、今の私と共通している(といいが)。私は共感し、目標としているのだ。なお吉松氏は確かに人であるが、家族や友人などの対人関係とは異なるので、ここでは「もの=者」に対する好き嫌いとして扱うことができる。 続いて現代音楽について。現代音楽は大ざっぱに言うと、現代版クラシック音楽といったところだ。人によって現代音楽の定義やそもそも定義するのかということで、見解が分かれるところだが、むしろ私にとっては現代音楽の語は重要だ。理由はいくつかあるが、一つはコンサートに行く度に、録音を聞くたびに発見があり面白いということ。時間をかけて音楽のいろいろな部分を聞き込んでいけるのが魅力だ。また、型破りや常識破りが常識になっているので、作曲家がどんなことを考えて書いているのかやどういった構造になっているのかなど、考えるべきことがたくさんある。一歩足を踏み入れるとなかなか抜け出せないもので、是非ともその一歩を読者の皆様にも踏み入れていただきたいと思っている。最後の一つは、全くこれまでとは異なったもので、ある人とは違う音楽を聞きたかったということだ。ただ、誤解のないように申し上げると、音楽に優劣をつける気はないし、このネガティブな面は全て私の私見で、その上もはや克服されているということだ。つまり、出会い、内容、自分の置かれた環境が総合的に作用した結果、現代音楽が好きなものとして認識されるに至ったのだ。 そして、ウィッチウォッチについて。これは、週刊少年ジャンプで連載されている漫画で、アニメ化もされている作品である。私は偶然スマートフォンでこのアニメを見つけた。高校入学当初の不安定な心理において、この作品の笑いあり涙ありの内容が支えになった。特に、このアニメを見ている人が他にもいると知ったとき、非常にうれしかったことを覚えている。人との交流を実感できたのだ。特殊な条件下で救いとなった作品である。 1.2 嫌いなものについて好きなものと違い、嫌いな「もの」といって浮かぶものは案外少ない。 ・「ある音楽」 ・蟹(かに) 「ある音楽」は嫌いなものとして認識されているが、実際に聞いてみると、むしろ好きなものに近いように思われることもある。このように矛盾した状況において、かつて嫌いな理由をこじつけたことがあったが、納得することはできなかった。実は、好きなものについてで述べたように、ある人が聞いていたから好きではなかったのだ。こう考えたとき、非常に腑に落ちる感覚があった。即ち、私が嫌いだったものは「ある音楽」そのものではなく、その人が聞いている音楽だったということだ。 蟹はかつては北海道から送ってもらうほど好きだったが、今では匂いや味を思い出すとどうしても食べる気が起こらない。 今挙げた二つの例では、接近を忌避したいという感情がいずれも生まれている。 1.3 好きなものと嫌いなものに共通する背景こうして見たいくつかの例を、私が感じた感情を基に分類してみると、次のようになる。 A 好き  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ  b 弱い 吉松隆 B 嫌い  a 強い  「ある音楽」  b 弱い 蟹 何がこの違いを生んでいるのだろうか? その原因について次の章で考察を進めていこう 2 人間関係と好き嫌いの関係について 2.1 好きでも嫌いでもない「もの」私はアマゾンの密林の名前も知らない果物が好きだろうか? そんなことはない。知らないものを好きになることも嫌いになることもできない。つまり、知らない状態から知っている状態への遷移が、好きと嫌いの境界を調べるうえで必要なことになる。 好きなものと嫌いなものが生まれるまでの段階は次に掲げる図のようなものだと考えられる。 何らかのきっかけで知らない「もの」が知っている「もの」に変化する。契機は私の例を見て分かるように、どんなものであってもよい。そして、その「もの」に対する接触時間によって好き・嫌いが明確に定まるか、好き嫌いがほとんどない(好き嫌いが明確に定まらない)かに分離する。もちろん知らないものは知らないままで、好き嫌いは存在しない。 ただここで注意しなければならないのは、接触時間によって好き嫌いが明確に定まるかが決まるということである。心理学では単純接触効果と呼ばれ、日本心理学会によると「ある刺激に触れれば触れるほど,それを好きになっていく現象」(*脚注)である。接触時間が長ければ、ある物事の情報が常に入ってくるので、好きか嫌いかが明確に定まるという意味での関心が持続し、短ければ反対の結果をもたらす。つまり、接触時間が変化するとそれに伴って好き嫌いが明確に定まるかどうかも変化するということである。接触時間によって関心が変化した私の例をあげてみよう。私はかつてハリーポッターシリーズを何度も読み返していたが、今や設定もあまり覚えていないほどである。 ここで問題になるのは、どうして一瞬の邂逅(かいこう)から、長い接触時間が得られるのかということだ。私はその原因を人間関係に求められると考えている。まずは人間関係の考察から始め、続いて好きと嫌いとその程度を人間関係と関連づけて考えることにする。 2.2 人間関係の強度と種類人間関係は様々だが、どれだけ相手との強いつながりがあるかという観点では異なっている。相手とのつながりの度合い、言い換えると人間関係の強度は、相手と会っている時間によって数値的に考えると良い。強度が最も高いのは、家族や友人だ。反対に、通学バスで会う人々は、その時間が極めて短く、強度は低い。 一方で人間関係は、どのようなことを感じるかによって、異なる二つに類型化しうる。 1. ポジティブ 2. ネガティブ x. 流動的 この定義は大枠を示したに過ぎず、なぜポジティブやネガティブだと感じるのかは人によって異なる。私の場合は、相手との関係が対等だと認識したときにポジティブな関係と感じ、相手との関係が対等ではない、つまりは上下関係を感じたときにはネガティブな関係と感じる。また、二つの型の他に流動的という例外を設けた。それは、初めて会ったばかりの相手の場合は、人間関係が構築されるのに時間を要するため、その間は人間関係の分類は定まらないからである。 2.3 人間関係と好き嫌いの関係私は好きと嫌いが生まれる要因は、「もの」の背後にある人間関係がその人物にとってどのようなものなのかに依存すると考えている。 まずは人間関係の強度と好き嫌いの度合いについて見てみよう。図1で示したように、接触時間が短いと、好き嫌いはほとんどなくなる。そのため、好き嫌いそのものに踏み込む前に、接触時間と人間関係の関係を明確にする必要がある。 人間関係の強度が高ければ高いほど、つまり、よく会う相手との人間関係ほど、「もの」について、継続的に情報をもたらしやすくなる。長い接触時間が得られ、ある「もの」に「関心」があるままでいることができるのは人間関係の強度が高いからである。このことから、人間関係の強度と好き嫌いの度合いには、いわば比例関係があることになる。人間関係の強度を横軸に、好き嫌いの度合いを縦軸に取って、グラフで整理することができる。 そして、このグラフは人間関係の強度と好き嫌いの度合いだけを示し、好きか嫌いかは示していないので、好きな「もの」と嫌いな「もの」は人間関係そのものやその捉え方によって、同じ度合いのまま入れ替わる可能性を示唆している。 続いて、人間関係の分類と好き嫌いはどのように関わっているのかを考察しよう。人間関係のそれぞれの分類について、好き嫌いと組み合わせて考えてみる。 まず、ポジティブな人間関係について。大原則は、相手の考えを受け入れるということである。相手の考えを受け入れるということは、相手の好きな「もの」を好きだと捉えるようになるということである。また、これは相手にも言えることで、人間関係という相互関係の中で好きな「もの」が構築されていくと考えられる。 一方、ネガティヴな人間関係では、相手の考えを否定しようとする。そのため、相手の好きな「もの」を嫌いになる。 流動的な人間関係では、上の二つのことの両方が生じるだろう。 以上の二つが組み合わさることで、曖昧に見えた好きと嫌いの境界線がいわば画定されるということである。先に述べた好きと嫌いの具体例を再掲する。 A 好き  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ  b 弱い 吉松隆 B 嫌い  a...

なぜ私たちはフィクションを求めるのか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》7

【コラム・1年 H.O】フィクションには、人間を一時的に現実世界の憂慮から離す力がある、と私は思っている。 学校で、哲学部とともに文芸部にも所属する私は、小説などのフィクション作品を作る担い手であり、フィクション作品を鑑賞する立場でもある。そんな私がフィクションに触れるのは、自分の感じたい感情のため、あるいは作品づくりの勉強をするためというのが主な理由だ。ただ、その根底にあるのは、フィクションという空想の世界に一時的に没入して、悩んでいることから離れたい、もしくは他の人にも自分の作品で嫌なことを一時的に忘れてほしいという思いだと思う。 なぜ私たちはフィクションを求めるのだろうか。私たちの身の回りでは、さまざまな出来事が起こっている。わざわざ架空のものを求める必要性は何なのか、と私はふと思うこともある。おそらく、フィクションを必要とせず、普段ほとんど接することがない、という人もいるだろう。 ここでは、改めて私たちがなぜフィクションを求めるのか、私の経験などをもとに考えていきたい。この文章を読みながら、あなたも一緒に考えてみてはいかがだろうか。 「作られたストーリー」だからこそ可能なこと フィクションを読む理由の一つとして、冒頭でも述べた通り、自分の感じたい感情のためというのがあると思う。これは私がフィクションを求める大きな理由だ。 ある日のこと、私はクラスの人からお菓子をもらったのがうれしかったので、親にその旨のLINEを送った。また、その日返却されたテストの結果が良かったので、その点数も送った。しかし、全て送った後に何か違和感を感じて、自分が今開いているトークルームを確認してみると、それはクラスのトークルームだった...!  慌てて消そうとしたため、間違って「送信取り消し」ではなく「削除」という自分の端末からだけ消去する選択肢をしてしまい、送ったメッセージは消せず。今となっては話のネタだが、その当時は絶望的な気持ちだった。そんな嫌な現実を忘れるために選んだのが、コメディー作品を読むことだ。自分がいる場所から一時的にフィクションの世界に没入して、登場人物たちによって繰り広げられる面白劇を眺める。そうすることで、絶望の記憶が楽しい記憶で塗り替えられていく。結局、出来事が起きてからすぐコメディーを読んだおかげで、この思い出は割と早くに笑い話へと変化した。 上記の例では、誤送信から発生した「現実を忘れたい」「楽しいことを考えたい」という感情を満たすため、笑えるコメディーを読んでいる。 それ以外にも、一般的に、ワクワクしたい時にファンタジーを、キュンキュンしたい時に恋愛ものを、肝試し感覚で恐怖を感じたい時にはホラーを読むことが多い。自分が感じたい感情を感じる時、フィクションは割と効果的な気もする。 ここで少し、なぜ私が自分の感じたい感情を感じるとき、フィクションを求めるのか考えてみたい。 フィクションの大きな特徴として、「虚構性」が挙げられる。完全に作者の手によって作られるため、その世界は私たちが生きている現実世界そのままではない。また、フィクションには「決められたストーリー」がある。 では、その虚構性と決められたストーリーにより、どういった効果があるのだろうか? まず、とある作品を読むことによって、ある程度特定の感情を感じることができるというのがあると思う。作者の手によって、フィクション、特に大衆向けのものは作者の意図した感情を抱かせるような作りをしている。例えば、ファンタジーもので、優しい姫が王子に婚約破棄される話はどうだろう。心優しい有能な姫は国のために一生懸命働いていたが、王子に浮気されて国外追放されてしまう。途方に暮れる姫だったが、追放された先の王子が姫を助け、2人はやがて恋に落ちる。そして、姫がやってきた国は豊かになり、姫は優しい王子と結婚する。一方で、姫を追放した王子は姫の恩恵を失い、責任を取らされて全ての地位を失う。 この例において、読者の感情の流れとして意図されているのは 冒頭(姫が王子に婚約破棄される) ・姫を追放した王子への怒り ・姫が救われてほしいという願望 中盤(姫が追放された先の王子に助けられ、恋に落ちる) ・姫が助けられたことによる満足・幸福感 ・姫と王子の恋が成就してほしいという願望 ラスト(姫が王子と結婚・追放した王子が地位を失う) ・姫と王子の恋が成就したことによる満足・幸福感 ・追放した王子が報いを受けたことによるスカッと感 (※ただし、ここで挙げた感情は意図されている感情の一部) といったものだろう。 ここで、フィクションが私たちの感情にもたらす効果をもう一つ挙げてみる。現実世界とは違う世界で話が展開されるため「安心しつつフィクションの世界と感情を楽しむことができる」ということだ。登場人物に感情移入して笑ったり涙を流したりはするが、その登場人物と私は同一人物ではない。一方、ノンフィクションはあくまでも現実世界の話であり、どこかに「これは現実だ」という意識がある。つまり、私たちはフィクションを現実とは違うものとみなし、その分、思う存分感情を味わうことができるのだ。 ここまでの話を一度まとめてみる。フィクションには虚構性があるため、特定の感情を感じるために作られたストーリーを、現実世界の出来事だという意識を持たずに、「自分の求める感情のため」に読むことができる。これは、ノンフィクションにはない特徴だ。 もちろん、自分の感じたい感情を感じる手段は他にもある。SNSはその一つの例だと思う。でも、私にとって、フィクションは自分が求める感情を感じるための一つの大きな手段であり、自分の心を支えるための薬とも言えるかもしれない。 人と人をつなげるフィクション ここまでは、私の経験をもとにして、フィクションを求める理由の一つである、自分の求める感情のためについて考えてみた。しかし、これ以外の理由からフィクションを求める人もいる。ここで一度、先ほどとはまた違った角度から、フィクションを求める理由を考えていきたい。 一般的に、フィクションは、複数人が見ることが可能な形式になっていることが多い。そのため、フィクションは人と人の間で共有可能という特徴がある。すなわち「共有性」があると言えるだろう。これが存在することによって、人と人はつながることができる。フィクションは、人と人をつなげるのだ。それが、「人とのつながりのため」という、フィクションを求める理由の一つになる。 フィクションが人をつなげることについて、もう少し深く考えてみよう。 人同士がフィクションを通してつながる時、そのつながりには種類があると思う。つながりによって、その特有さや強度が異なるのだ。フィクションを見た時に生じるであろうそれぞれのつながりを、以下で考えてみる。 一つ目のつながりは、同じものを知っているということだと思う。同じ本を読むことで、そこで登場する人々、発生する出来事、ストーリーなどを共有することができる。 フィクションが生み出す二つ目のつながりは、同じ感情を同じ流れで感じたということではないかと思う。これは、作者の意図した感情を読んでいる側に感じさせるようなフィクションの場合に言える。先ほど「優しい姫が王子に婚約破棄される話」の例でも述べたが、フィクション、特に大衆向けの話は意図した感情の流れを発生させるようなものが多い。フィクション特有のつながりは、これによって生まれるのではないかと私は思う。 まず、フィクション以外の感情の共有について少し見てみる。「同じものが好き」というのは、「好き」という感情を好きな者同士で感じていることであり、そこにつながりは発生する。しかし、その場合共有しているのは単一の感情のみであり、つながりは薄いような気がする。 同じフィクションを読んだ場合は、共有しているのは一つの感情だけではない。主人公が不幸に遭った時は悲しみや同情、主人公が幸せになった時は幸福感や満足感を感じるなど、一つのストーリーの中でも様々な感情を感じる。しかもその感情には一定の流れがある。それにより、フィクションを読むことは様々な感情を同じ流れで感じたという、他のものではなかなか起こりづらい体験の共有ができるのだ。これは一つの感情を共有している時よりも、より強力なつながりだと思う。しかも同じフィクションを読めば同じ体験が共有できるのだから、手軽なリンクでもある。 ただ、ここで二つ目のつながり、「同じ感情を同じ流れで感じた」というものについて考えてみると、いくつか例外的なフィクションが出てくる。それは、決まった感情の流れを意図していない作品だ。この間の授業で、芥川龍之介の「羅生門」を学んだのだが、その受け取り方は生徒によって多種多様だった。その場合、同じ感情を同じ流れで感じたというつながりは発生しない。では、その他に何かリンクはないのだろうか。 私が思うに、フィクションの場合、もはや同じ感情を共有していなくとも、フィクションを媒介として人と人の内面をつなげることができるような気がする。フィクションに対する感想交換を通じて、社会的規範に縛られず、ありのままの自分を知ってもらえるのではないか、と思う。 一つのニュースについて意見を交換するとき、その意見は無意識的、もしくは意識的に社会的規範に縛られる。常識や一般的な倫理感から、「こんなことはあり得ない」「倫理的にいけない」と、社会規範から外れる意見はセーブされやすくなる。意見は国籍や所属団体によっても変化するだろう。しかし、それが現実世界ではなくフィクションについて感想を交換するとき、意見の束縛は減るのではないだろうか。 フィクションは虚構の世界の話だ。だから、その世界の物事について感想を述べるとき、「これは現実世界のことではない」と割り切って話すことができる。社会的規範や立場に縛られることなく、登場人物になりきったり、自分だったらもっとこういう世界がいい、と考えることができる。それは、現実の物事に対する意見と比較して、さらにその人自身の考え方に近く、内面を映し出していると言えるのではないだろうか。フィクションは、人の思考を社会的なしがらみから解放し、より自由な意見を表せるようにする。そうすることで、感想を交換した人同士は、ただニュースなどについて意見を交換するより、その人の内面を知ることができる。フィクションには、人と人の内面を繋ぐ力があるのだ。 私は、「感想交換を通じて、自分の内面を共有できる」というのが、フィクションが生み出す三つ目の強いつながりになるのではないかと思う。 最後に この文章では、フィクションを求める理由を「自分の感じたい感情のため」と「人とのつながりのため」の二つに絞り、深く掘り下げてみた。「なぜフィクションを求めるのか」という問いへの答えは、人によって違うだろう。また、同じ人であっても、時と場合によって変化もするだろう。今回考えてみた理由二つのうち、どちらも当てはまらない人や、フィクションを見ない、という人もいると思う。ぜひ、私が今回この文章で私にとってのフィクションを求める理由を考えたように、あなたもあなた自身にとっての理由を考えてみるのはいかがだろうか。 最後に、尋ねよう。「あなたはなぜフィクションを求めるのか?」

アストロプラネッツ、茨城ダービーでゴールデンゴールズに勝利

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの開幕を前に、茨城アストロプラネッツ(AP)は28日、笠間市箱田の笠間市民球場で、社会人クラブチームの茨城ゴールデンゴールズ(GG)とオープン戦を行い12-2で勝利した。茨城APの今季開幕戦は4月5日エイジェックスタジアム(栃木県宇都宮市)で、ホーム開幕戦は翌6日ノーブルホームスタジアム水戸(水戸市見川町)で行われ、対戦相手は2戦とも栃木ゴールデンブレーブスになる。 【2026シーズンオープン戦】茨城アストロプラネッツ-茨城ゴールデンゴールズ(3月28日、笠間市民球場)茨城GG 000001010 2茨城AP 30021123X 12 茨城APは先発投手の川平真也が5回を投げ被安打1、6奪三振、1四球と試合をつくった。攻撃では初回に5安打を固めて3点を先制。4回以降も得点を重ね、救援投手を打ち崩した。 初回に右前打で先制点を挙げた木村泰賀は下妻市出身、常磐大高では31本塁打を挙げた強打者だ。仙台大を卒業し今季、茨城APに加入。高校ではサード、大学ではレフトを守ったが、今年はセカンドにも挑戦中だ。「プロに行くなら内野で勝負しようと考えた。特にセカンドは守備範囲も広く、一つ一つの打球に他のポジションの選手と連携して動かなくてはいけない」と、守備を鍛え直している最中だという。 「今季は新たに18選手が加入し、レギュラーも去年から6人が入れ替わった。サインプレーやフォーメーションなどは一からつくり直しの部分もあるが、八木健史ヘッドコーチの加入や北原翔捕手の兼任コーチ就任でスタッフが充実し、よりスムーズな指導ができている」と話すのは巽慎吾投手兼任監督。「能力ある選手たちがそろい、実力を発揮してリーグ優勝を目指すとともに、昨年はゼロだったドラフト指名にも選手を送り込みたい。一人でも多く上のステージへ上がれるよう全力でサポートする」と意気込む。 注目選手の一人が捕手の草場悠。大阪の名門・履正社高の出身で、50メートル走5.9秒、遠投100メートルなど肩と足にストロングポイントを持つ選手だ。今季は打率3割、10本塁打、30盗塁を目標とし、主将にも就任した。「2年目なので気持ちも新たにチームを引っ張ってくれというメッセージだと受け止めている。年の近い選手も多いので楽しくやらせてもらっている」と話す。 それぞれの日本一目指す 茨城APと茨城GGの対戦は今回初めて実現した。スタッフや選手同士の交流は以前からあり、機会をうかがっていたという。「個々のレベルの違いはあるが、いま持っている実力を出すことができた。ぜひまた再戦したい」と茨城GGの樋口亮介・助監督。「どこへ行っても茨城と言うと欽ちゃん球団(茨城GGの初代監督はタレントの萩本欽一さん)の名が上がる。その知名度はすごい。うちも頑張らなくては」と巽監督。「ここ数年は全国大会を逃してきたが、今年こそ力をつけて全国へ行き、カテゴリーは違ってもプラネッツと一緒に茨城の野球を盛り上げていきたい」と樋口助監督は返す。なお、茨城GGは今年チーム創設20周年を迎え、去年からは女子チームも活動を始め、躍進が期待される。(池田充雄)