火曜日, 5月 26, 2026
ホーム暮らし葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦

葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦

霞ケ浦の高須崎公園周辺(行方市玉造甲)で3月2日から3日にかけて「ニホンウナギ杯争奪 第4回霞ケ浦葦舟(あしぶね)世界大会」が開催される。1日目は湖岸で参加者自らアシを刈り取って葦舟を作り、2日目は自ら漕いでレースをするというユニークな大会だ。

長年、霞ケ浦の水質浄化に取り組んできた市民らでつくるNPO霞ケ浦アカデミーと、行方カヌークラブが主催する。

「どうせやるなら大きく『世界大会』と付けて、霞ケ浦をメジャーにしていこうと企画した」と語るのは、主催団体の霞ケ浦アカデミー理事長の荒井一美さんだ。同団体は、2000年から石岡市で始めた市民講座を前身に、04年に活動拠点を現在の行方市に移した。08年から霞ケ浦の自然環境の保全活動と地域資源を活用した教育活動を行っている。

「最初『世界大会』って聞いた会員の皆さんからは『えー』って驚きの声が上がったが、回を重ねるごとにだんだん皆、本気になってきた、という形ですね」と、荒井さんは笑みを浮かべながら、大会の目的を「霞ケ浦の現状を知ってもらうこと。そして環境の改善」だと話す。

ワークショップに参加し湖岸でアシを刈り取る小学生

湖とのつながり取り戻したい

全国で2番目の広さを持つ霞ケ浦。夏から秋にかけて、名物のワカサギ漁などで活躍した白い帆を張る帆曳船が、観光用に運行されている。ただこのワカサギも、1965年に年間2000トンを数えた漁獲量が2022年は17トンにまで減少している。原因の一つとして指摘されてきたのが水質悪化だった。

1963年に現在の神栖市にあたる常陸利根川と利根川との合流地点に、海水の逆流を防ぐ「逆水門」が造られた。目的は、霞ケ浦湖岸地域の洪水対策と、塩分が含まれる湖水による土壌への塩害対策、首都圏の水資源確保だ。水門を閉鎖以降、霞ケ浦は淡水湖となった。

水門閉鎖後に進んだのが「水質悪化だった」と、同会事務局長の菊地章雄さんが語る。時代は高度経済成長期。人口が増えた周辺地域の市街地や農地から湖に注ぎ込む生活排水、農業排水が、多量の窒素化合物やリンを運び込んだ。湖水は「富栄養化」状態になり、1973年にはアオコが大量発生し、75年には湖水浴が禁止されている。水質悪化はシジミやワカサギなどの水産資源の減少にも影響したとされる。

菊地さんは、減少する水産資源の象徴として二ホンウナギをあげる。1960年代には霞ケ浦と利根川のウナギ漁獲量は全国の67%を占めていた。霞ケ浦は日本有数のウナギ生息水域だったのだ。

こうした歴史を踏まえて「もう一度、霞ケ浦をかつてのきれいな湖にすることで、人の暮らしと湖のつながりを取り戻したい」として発案されたのが葦船大会だった。冠した「ニホンウナギ杯」に、かつての霞ケ浦復活への思いを込めた。

自身も小学生から活動に参加してきたという霞ケ浦アカデミー事務局長の菊地さん(中央)。「次世代に活動への思いを伝えていきたい」と語る

アシを刈って使う文化を

同会が葦船製作を始めたのは2016年にさかのぼる。菊地さんは「かやぶき屋根などにも使っていたように、アシは人が最も身近に利用していた植物の一つ」であるとし、こう話す。

「アシは、富栄養化の要因である水中の窒素やリンを養分として吸い取り、水質を浄化させる働きがある。一方で近年はアシが利用されることがなくなり、せっかく水質悪化の元になる養分を吸い取っても、そのまま枯れて水の中にとどまってしまう。これでは意味がない」

「アシは人が定期的に刈り取ることで新しく生えてくる植物。里山のように、環境の維持には人の手を必要とする。アシが当たり前に使われる文化を定着させるためにも、多くの人が関われる、規模の大きな大会にしたかった」

葦舟を作るために大会参加者が湖岸のアシを刈り取ることで、アシが吸い取った霞ケ浦の窒素やリンは湖の外に持ち出され水質浄化に寄与する、さらに人工的な護岸堤に復活しつつある植生帯を手入れすることにもつながるというのだ。

大会に先立って1月末、葦船づくりのワークショップが開かれた。8年目を迎え、参加者の約半数をリピーターが占め、つくばや水戸など県内以外にも、岐阜など他県からも訪れている。

ペルーとボリビア大使館に招待状

「世界大会」と銘打ってはいるものの、これまでに外国チームの参加には至っていない。それでも地域で暮らしているベトナムやモンゴルの人たちに積極的に声をかけてきた。同会の荒井理事長の夢は大きい。

「目的は、あくまで霞ケ浦の環境改善。そのためには壮大だが、世界の人に関心を持ってもらい連携を図りたい。今回は(神話に葦船が登場するチチカカ湖がある)南米ペルーとボリビアの大使館に招待状を送った。いつか現地から本場のチームに来てもらえたらうれしい。今後の交流に繋げたい」と話す。

「『霞ケ浦は汚い』というイメージが定着してしまっている。しかし、ここからは筑波山も見ることができ、風光明媚なところ。地域振興の役目も果たしたい」(柴田大輔)

◆第4回霞ケ浦葦舟世界大会の詳細は同会ホームページへ。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

傘がない《短いおはなし》51

【ノベル・伊東葎花】 電車を降りると雨だった。しかもかなり降っている。カバンに入れたはずの、折りたたみ傘がない。困ったな。タクシーは行列ができている。コンビニまで走って傘を買うか。だけどちょっと走っただけで、ずぶぬれになりそうな雨だ。 迷っていたら女が隣に立って、傘を広げていた。じっと見ていたら目が合った。 「傘をお忘れですか?」 「ええ、そこのコンビニで買おうと思っています。しかし、この雨では」 「よかったら、コンビニまでご一緒しませんか?」 「えっ、いいんですか。肩が濡れてしまいますよ」 「構いませんよ。困ったときはお互いさま。さあ、どうぞ」 女が開いた傘は、僕の傘にとても似ていた。どこにでもあるチェック柄だけど、僕の傘には柄のところに「M」の文字が刻まれている。僕の名前の頭文字だ。 「僕が持ちますよ」 そう言って傘を受け取って柄を見ると、「M」の文字が刻まれている。 「あの、これはあなたの傘ですか?」 「違います。電車の中で拾ったんです」 「拾った? じゃあやっぱり、これは僕の傘だ。かばんから落ちてしまったんですね」 「まあ、そうでしたか。届けようと思ったんですけど、この雨でしょう。つい、持ってきちゃって。ごめんなさい」 「構いませんよ。返してもらえたら」 「コンビニに着いたらすぐにお返します。本当にすみません」 女はすまなそうにうつむいた。かわいい人だ。彼女に拾ってもらえたのは、もしかしたら運命かも。 それにしても、カバンに入れていた傘が、どうして落ちたんだろう。何かを取り出したときに落としたのかな。ウトウトしているあいだに落ちたかな。ぜんぜん気づかなかった。 ふたりで並んで歩いた。かなり密着している。長い髪が腕に触れるたび、いい匂いがした。早くなる鼓動を気づかれないように歩いた。あっという間にコンビニに着いた。 「ありがとうございました。では私は、傘を買って帰ります。本当にすみませんでした」 「こちらこそ、あなたに拾っていただけてよかった」 「雨が強くなってきました。さあ、早く帰ってください」 「また会えるかな」 「同じ電車を利用しているんです。きっと会えますよ」 女は笑いながら手を振って、店に入った。そうだ。これが運命なら、きっとまた会える。 歩き出してから、冷蔵庫に何もないことを思い出した。 「弁当とビールでも買うか」 引き返してコンビニに行くと、女がレジで金を払っているところだった。「あれ? その財布」 似ている。色、マーク、表面のキズ。紛れもなく僕の財布だ。「あの、それは、あなたの財布ですか?」 女が振り向いて、にこやかに答えた。 「違います。さっき拾いました」 (作家)

パスカルズ つくばで初コンサート 30日カピオで

おもちゃの楽器やピアニカ、弦楽器などを用いた独特のサウンドで、ユニークな音楽を繰り広げるアコースティック・オーケストラバンド「パスカルズ」が30日、「パスカルズをききながら」と題して、つくば市で初のコンサートを開く。当日は、筑波山麓で知的障害者と共同生活をしながら有機農業や表現活動に取り組む「自然生(じねんじょ)クラブ」(柳瀬敬代表)が「自然生サーカス」と題し前座を務める。 企画したのは、共生社会を目指し県南地域で多様な芸術文化活動を企画・運営する「ウォーミングアップ(warming up)アートプロジェクト」(つくばみらい市)代表の野口修さん(70)だ。野口さんは1979年から2000年までつくば市内天久保でライブハウス「クリエイティブハウス アクアク(AkuAku))」を運営し、ジャズピアニストの山下洋輔さんを始め多くのアーティストが演奏した(23年12月8日付)。パルカルズリーダーのロケット・マツさんとも親交があり、今回、実行委員会をつくってコンサートを企画した。 パスカルズはキーボード奏者のロケット・マツさんを中心に1995年に結成された13人編成のバンド。多様なメンバーが様々な楽器を使い、変幻自在な音楽を繰り広げる。テレビドラマや映画の劇中伴奏音楽も手掛け、自然生クラブも出演した映画「日日(にちにち)芸術」(2024年)の音楽も担当した。同映画のロケでは一昨年、メンバ―がつくば市神郡を訪れ、自然生クラブと共に撮影に臨んだ(24年5月23日付)。 ​メンバーの一人、石川浩司さんは、1990年のヒット曲「さよなら人類」で知られる「たま」のパーカッション奏者で、1年間だけつくば市松代の国家公務員宿舎で暮らした経験があるという。メンバーはほかに、エッセイスト、漫画家、版画家など多彩な顔触れだ。欧州ツアーも行い国際的にも高く評価されている。 野口さんは「パスカルズの音楽は未就学児までも観客に含める。大人は経済や信条で戦争を起こす。子供の視点というのが大事で、パスカルズの音楽を聴いて世界が平和になってくれれば」と話し、「『パスカルズをききながら』というタイトルは、『もし今の世界が失敗だったら、神さま、次はパスカルズをききながら世界をつくってください』という漫画家のしりあがり寿さんの言葉をいただいた。パスカルズの音楽は、そんな思いが満ちてくる」と語る。 パスカルズのリーダー、ロケット・マツさんは「つくば市でコンサートをするのは初めて。僕たちは器楽曲中心のグループ。説明が難しいが、聴いているとなんだか風景が見えてきて、体が気持ちよく揺れて、いろいろな感情が浮かぶ、よくわからないけど聴いてみたくなる、そんな音楽。どうぞいらしてください」と来場を呼び掛ける。(榎田智司) ◆パスカルズコンサート「パスカルズをききながら」は30日(土)午後5時~、つくば市竹園、つくばカピオホールで開催。開演は午後4時30分。入場料は一般前売り4500円(当日5000円)、学生・障害者4000円(当日4500円)、中学生以下前売り2500円。問い合わせは電話090-8580-1288(warming upアートプロジェクト)へ。 ◆翌日の31日(日)午後6時から、同市天久保の「aNTENA」で、パスカルズのメンバー、知久寿焼さんのコンサートが催される。問い合わせは電話090-8580-1288(同)。

神も仏もパーフェクトなんかじゃない《マンガサプリ》7

【コラム・瀬尾梨絵】世紀末を無事に乗り越えたブッダとイエス。大仕事を終えたバカンスとして下界に降り立った2人が、あろうことか東京・立川の古びたアパートで共同生活を始める。漫画界において、これほどまでに想像の斜め上をいく設定は類を見ないだろう。中村光先生による「聖☆おにいさん」(講談社、現在22巻)は、そんな常識外れの導入を読者が「まあ、2人ならそうなるか」と、ごく自然に飲み込んでしまうところから物語が始まる。 この作品の最大の魅力は、神様であるはずの2人が私たちと同じように悩み、笑い、そして時にダメ人間的な側面を露呈するかわいさにある。 ブッダは極度の節約家で、バーゲンセールに命をかける主婦のような一面を持つ。一方のイエスはネットサーフィンが大好きで、家電量販店で舞い上がっては、無駄遣いをしてしまう衝動的な性格。神としての奇跡を発動しつつも、2人の関心事は常に「家計のやりくり」「隣人との付き合い」「はやりの趣味」といった、極めて世俗的でささやか。 本来であれば敬虔(けいけん)な対象であるはずの2人が、Tシャツにジャージ姿で立川の商店街を歩き、お祭りや銭湯を楽しむ姿。そのギャップがもたらす滑稽(こっけい)さは、読み進めるうちに「神様仏様もこんなふうに悩むなら、自分の悩みなんて大したことないかも」という、不思議な安心感へと変化していく。 神様だってこんなにテキトー この作品は、宗教的な教義を説くものではない。しかし、ブッダが他者の痛みに寄り添い、イエスが人類愛を実践しようとする姿は、どれほど不器用であってもそこに確かな「慈しみ」があることを教えてくれる。彼らの言動は、完璧な神様を描くことではなく、むしろ「完璧ではない人間」のいとおしさを浮き彫りにしている。 現在22巻まで刊行されているが、長く付き合えるのもこの作品の醍醐味(だいごみ)。連載が進む中で2人の下町ライフも少しずつ深まり、街の人々や周辺の神々との交流も増えていく。それでも変わらないのは、どんなに小さな日常にもドラマがあり、どんなに些細(ささい)なことでも笑い飛ばせるという、この作品全体を包み込む癒やしの空気感だ。 せわしない日々の合間にこの本を開くと、不思議と肩の力が抜け、「神様だってこんなにテキトーに、かつ一生懸命生きているのだから、人間である私たちが完璧じゃなくても大丈夫」。そんなエールを受け取ったような気分になれる。 もし日々の生活に少し疲れを感じているなら、立川の風呂なし六畳一間の松田ハイツをのぞいてみて欲しい。そこでは、今日も世界を救うはずの2人が今日の夕飯の献立や、安売りの情報を巡って平和な1日を過ごしているはずだ。笑えて、癒やされて、たまに少しだけ神聖な気持ちになれる。これほどまでに心地よい生活リズムが、今の私たちには必要なのかもしれない。(牛肉惣菜店経営)

紀州と奈良の産地にみる伝統と革新《文京町便り》52

【コラム・原田博夫】専修大学社会科学研究所による「紀州と奈良の産地にみる伝統と革新」をテーマとする春季実態調査が2月下旬に2泊3日で行われ、同研究所の研究参与を務めている私も参加した。 醬油醸造と有田みかん 1日目午後は、和歌山県湯浅町で1841(天保12)年から営業している醸造蔵・角長(かどちょう)を訪ね、江戸時代から続く伝統的な醬油醸造製法を見学した。展示館での高齢女性従業員の熱のこもった説明に圧倒されたが、かつての繁栄にもかかわらず、同地では今や1社のみで営業している危機感を感じた。 2日目午前は、有田市で「有田(ありだ)みかんの生産・加工・販売(6次産業)」に取り組んでいる早和(そうわ)果樹園を訪ね、秋武新吾会長のお話をうかがった。全国のみかん生産量が360万トン(1970年代半ば)から60万トンに激減している中、450年の歴史を誇る有田みかんも、愛媛県などからの挑戦もあって、豊作貧乏に苦しんでいた。 秋武会長は1979年、7戸の農家で早和共撰組合を設立、ハウスみかんに取り組んだという。その後、各種の革新的な取り組みにチャレンジし、2000年には法人化した。今や、直営栽培農場10ヘクタールに及び、出荷量(生果500トン、加工1200トン)、売上高16.2億円(2025年6月期)に達している。 こうした順調な事業もあり、ここ10数年、約5名の大学新卒者を採用し、農林水産大臣賞を3回受賞、経済産業省「地域未来牽引企業」にも選定(2018年1月)されたそうだ。創業者の秋武氏(80歳ぐらい?)の沈着な状況判断と前向きな精神、加えて温厚な人柄が魅力的で、6次産業化の成功事例と拝察した。 マフラーや化粧用パフ 2日目午後は、橋本市高野口の妙中パイル織物を訪問した。1947年創業の同社は、同地に相当な規模・棟数の工場を立地しているが、現在稼働しているのはそのごく一部という。 社長(3代目)さんによると、川島織物グループ企業として、自動車・鉄道・バスなどの車両用モケット(ビロード状の織物)を生産していたころは、工場もフル稼働だったが、いまやその用途・商品は消滅し、衣料マフラーや化粧用パフなどへの商品転換を迫られているが、売り上げ規模があまりにも違い過ぎる。 この場合、商品それ自体に瑕疵(かし)があるというより、既存の販路が消滅したことからの業態転換が難しい事例とお見受けした。この日の宿泊ホテルには、高市早苗首相の似顔絵入りタオルが展示されていたが、残念(あるいは当然)ながら在庫は品切れだった。 3日目午前は、世界遺産でもある元興寺と「なら工藝館」を訪ね、「ならまち」をぶらついた。本企画教員(大阪市立大学勤務経験あり)推薦の白玉屋栄壽(えいじゅ)で名物「みむろ最中」を購入し、日本酒発祥の地・奈良の今西清兵衛商店で「春鹿」の利き酒をさせていただいた。 奈良には今西姓が多い 予定の行程はここまでだったが、近鉄奈良駅に向かうべく乗り込んだタクシーで、運転手さんの名前が今西だったことから、話が連想ゲームよろしく展開した。運転手さんの話では、奈良には今西姓は多い。そのわけは、藤原氏の先祖とされる中臣氏やその従者が鹿島神宮をたつとき、「チョット西に行ってくる」と言ったからだ、という眉唾物を披露してくれた。 私が茨城県から来たと言うと、「何かの縁ですね」と返してくれたので、私もイバラキ弁で「いや、どうも」と応じた。お後がよろしいようで…。(専修大学名誉教授)