月曜日, 4月 6, 2026
ホーム暮らし葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦

葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦

霞ケ浦の高須崎公園周辺(行方市玉造甲)で3月2日から3日にかけて「ニホンウナギ杯争奪 第4回霞ケ浦葦舟(あしぶね)世界大会」が開催される。1日目は湖岸で参加者自らアシを刈り取って葦舟を作り、2日目は自ら漕いでレースをするというユニークな大会だ。

長年、霞ケ浦の水質浄化に取り組んできた市民らでつくるNPO霞ケ浦アカデミーと、行方カヌークラブが主催する。

「どうせやるなら大きく『世界大会』と付けて、霞ケ浦をメジャーにしていこうと企画した」と語るのは、主催団体の霞ケ浦アカデミー理事長の荒井一美さんだ。同団体は、2000年から石岡市で始めた市民講座を前身に、04年に活動拠点を現在の行方市に移した。08年から霞ケ浦の自然環境の保全活動と地域資源を活用した教育活動を行っている。

「最初『世界大会』って聞いた会員の皆さんからは『えー』って驚きの声が上がったが、回を重ねるごとにだんだん皆、本気になってきた、という形ですね」と、荒井さんは笑みを浮かべながら、大会の目的を「霞ケ浦の現状を知ってもらうこと。そして環境の改善」だと話す。

ワークショップに参加し湖岸でアシを刈り取る小学生

湖とのつながり取り戻したい

全国で2番目の広さを持つ霞ケ浦。夏から秋にかけて、名物のワカサギ漁などで活躍した白い帆を張る帆曳船が、観光用に運行されている。ただこのワカサギも、1965年に年間2000トンを数えた漁獲量が2022年は17トンにまで減少している。原因の一つとして指摘されてきたのが水質悪化だった。

1963年に現在の神栖市にあたる常陸利根川と利根川との合流地点に、海水の逆流を防ぐ「逆水門」が造られた。目的は、霞ケ浦湖岸地域の洪水対策と、塩分が含まれる湖水による土壌への塩害対策、首都圏の水資源確保だ。水門を閉鎖以降、霞ケ浦は淡水湖となった。

水門閉鎖後に進んだのが「水質悪化だった」と、同会事務局長の菊地章雄さんが語る。時代は高度経済成長期。人口が増えた周辺地域の市街地や農地から湖に注ぎ込む生活排水、農業排水が、多量の窒素化合物やリンを運び込んだ。湖水は「富栄養化」状態になり、1973年にはアオコが大量発生し、75年には湖水浴が禁止されている。水質悪化はシジミやワカサギなどの水産資源の減少にも影響したとされる。

菊地さんは、減少する水産資源の象徴として二ホンウナギをあげる。1960年代には霞ケ浦と利根川のウナギ漁獲量は全国の67%を占めていた。霞ケ浦は日本有数のウナギ生息水域だったのだ。

こうした歴史を踏まえて「もう一度、霞ケ浦をかつてのきれいな湖にすることで、人の暮らしと湖のつながりを取り戻したい」として発案されたのが葦船大会だった。冠した「ニホンウナギ杯」に、かつての霞ケ浦復活への思いを込めた。

自身も小学生から活動に参加してきたという霞ケ浦アカデミー事務局長の菊地さん(中央)。「次世代に活動への思いを伝えていきたい」と語る

アシを刈って使う文化を

同会が葦船製作を始めたのは2016年にさかのぼる。菊地さんは「かやぶき屋根などにも使っていたように、アシは人が最も身近に利用していた植物の一つ」であるとし、こう話す。

「アシは、富栄養化の要因である水中の窒素やリンを養分として吸い取り、水質を浄化させる働きがある。一方で近年はアシが利用されることがなくなり、せっかく水質悪化の元になる養分を吸い取っても、そのまま枯れて水の中にとどまってしまう。これでは意味がない」

「アシは人が定期的に刈り取ることで新しく生えてくる植物。里山のように、環境の維持には人の手を必要とする。アシが当たり前に使われる文化を定着させるためにも、多くの人が関われる、規模の大きな大会にしたかった」

葦舟を作るために大会参加者が湖岸のアシを刈り取ることで、アシが吸い取った霞ケ浦の窒素やリンは湖の外に持ち出され水質浄化に寄与する、さらに人工的な護岸堤に復活しつつある植生帯を手入れすることにもつながるというのだ。

大会に先立って1月末、葦船づくりのワークショップが開かれた。8年目を迎え、参加者の約半数をリピーターが占め、つくばや水戸など県内以外にも、岐阜など他県からも訪れている。

ペルーとボリビア大使館に招待状

「世界大会」と銘打ってはいるものの、これまでに外国チームの参加には至っていない。それでも地域で暮らしているベトナムやモンゴルの人たちに積極的に声をかけてきた。同会の荒井理事長の夢は大きい。

「目的は、あくまで霞ケ浦の環境改善。そのためには壮大だが、世界の人に関心を持ってもらい連携を図りたい。今回は(神話に葦船が登場するチチカカ湖がある)南米ペルーとボリビアの大使館に招待状を送った。いつか現地から本場のチームに来てもらえたらうれしい。今後の交流に繋げたい」と話す。

「『霞ケ浦は汚い』というイメージが定着してしまっている。しかし、ここからは筑波山も見ることができ、風光明媚なところ。地域振興の役目も果たしたい」(柴田大輔)

◆第4回霞ケ浦葦舟世界大会の詳細は同会ホームページへ。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

開幕戦は引き分け つくばFC

1年で1部復帰目標 第60回関東サッカーリーグが4日開幕した。2部男子のジョイフル本田つくばFC(本拠地つくば市)は5日の開幕戦でオノデラFC(本拠地 横浜市)と対戦、互いに決め手を欠き、0-0の引き分けで終わった。開幕戦はホームのつくば市山木、セキショウ・チャレンジスタジアムで開催された。 第60回関東サッカーリーグ2部 第1節(4月5日、セキショウ・チャレンジスタジアム)つくばFC 0-0 オノデラFC前半0-0後半0-0 つくばFCは1年での関東リーグ1部復帰を目標に掲げ、開幕に向けて2カ月前から準備に取り組んできた。試合前半はその成果が出て、相手のシュートを0本に抑えつつ、ボールを保持して主導権を握る戦いができていた。だが後半はボールへの出足や運動量が鈍り、押し込まれて後手に回るようになった。最終的に、後半だけで7本のシュートを相手に許している。 「無失点で粘れたことは非常に良かったし、前半は良い守備から良い攻撃という形で、何度も相手ゴールに迫ることができた。だが後半は相手が戦い方を修正し、準備が整っているところへ自分たちが飛び込んでいく形になってしまった」と楠瀬章仁監督。 「陣形が間延びして中盤でセカンドボールを拾われ、自分たちがボールを前へ送っているつもりでも、逆に押し込まれる展開を作られてしまった。攻撃しながら守備もしっかりイメージしないといけないし、守備から攻撃への連動も必要。攻守が表裏一体でつながっている部分は、チームとしてもっと突き詰めないといけない」と菅谷将人主将。 楠瀬監督は「今日は前の動き出しが少なく、長いボールが増えてしまった。そこには開幕戦の緊張や負けたくないという思いもある。次は緊張もほぐれると思うので、フォーメーションやシステム、ボールの動かし方を調整し、もっと自分たちの目指すサッカーをやりたい」と強調する。 若手とベテランの良いバランス 今季新規加入選手の一人に関口訓充がいる。かつてベガルタ仙台や浦和レッズなどで活躍し、日本代表にも選出されたミッドフィルダーだ。5日は2列目の中央で先発し、攻撃のスイッチを入れたり、自らゴール前へ走り込んだり、ボールを落ち着かせたりなどチームの要として90分間走り続けた。「つくばはチームの雰囲気が明るく、若くて野心ある選手が多い。もっとやれるし、もっと上へ行かないといけないチーム。昇格のために少しでも力になりたい」と話す。 楠瀬監督も現役時代はヴィッセル神戸や松本山雅FCで活躍。こうした経験豊富な人材から、若い選手が学ぶことは多いはずだ。 「関口は言葉でもプレーでもチームを引っ張り、いい流れをもたらしてくれる存在。他の選手はそれに引っ張られているだけでなく、追い越していかないとトップレベルへは行けない。選手として非常に大切なこと」と楠瀬監督。 「若い選手も自分をしっかり表現することでは全然劣らず、前向きなパフォーマンスを見せている。そこで少しの食い違いやバランスの悪さを感じた時に、広い視野で働きかけるのが自分や関口の役割。経験豊富な選手にうまく頼りつつ、任せきりではなく協力し合ってチームの力を引き上げていきたい」と菅谷主将は目論む。 開幕戦でつくばFCは勝ち点1を獲得し、順位は10チーム中5位。次節は12日、とちぎフットボールセンター(栃木県矢板市)でヴェルフェ矢板と対戦する。(池田充雄)

里山に響く若者たちの声《宍塚の里山》134

【コラム・齋藤桂子】宍塚の里山には、月1回、法政大学のサークル「キャンパス・エコロジー・フォーラム(略してキャンエコ)が通ってきています。初めて来たのが2002年11月と聞いていますから、今年で24年になります。私がキャンエコと活動するようになってから10年になります。私の体力は少しずつ低下する一方で、学生たちのエネルギーはますます々アップしているように感じます。 最近の参加人数は、平均すると30人ほどですが、50人に達することもあります。具体的な活動内容は、外来魚や外来植物の駆除、雑木林での落ち葉かき、増え過ぎた植物の伐採や抜き取り、竹細工、溝さらいなどですが、彼らの表情はいつも明るく楽しそうです。 最近は、学生たちからの「〇〇をやってみたい」という提案で始める活動が増えています。提案は、学生の代表から出る場合もありますが、1年半前から実施している活動後のアンケート結果から生まれることもあります。その結果、生き物調査、里山ダンスの創作、山道の階段づくり、森の看板づくり、森づくり、ピザづくり、竹炭づくりなどの活動が進行しています。 これらは、全員でやるよりも数人で取り組んだ方が効率が良いので、希望者を募ってプロジェクトチームを結成して進めています。 階段づくりプロジェクトチームは5人で結成し、昨年11月からの3回で二つの階段を造り上げました。仲間と試行錯誤しながら仕上げたときの達成感は、この上ない喜びとなったことでしょう。寒い中で顔を真っ赤にして汗を流す彼らの表情は、喜びと充実感がみなぎっていました。活動後の反省文に「またこのようなプロジェクトに参加してみたい」とありました。 今日は一番楽しかった さまざまなプロジェクトは、まだ始まったばかりですが、細分化されればされるほど私1人の力では動かすことが難しくなります。しかし、宍塚の会の方々はみなさん協力的で、学生の気持ちに寄り添いながらサポートしてくれます。里山に集まってくる人たちは、やさしさも一緒に連れてくるような気がするのは、私だけの感覚でしょうか。 学生たちの活動が活性化しているもう一つの要因は、彼らが上手にSNSを使っていることだと思います。アンケート調査と集計はネットでやっています。また、事前に私から活動内容を受け取ると、代表が参加者の希望を聞きながらグループを決め、里山に到着した後、すぐに活動に入れるようになっています。 キャンエコ代表の任期は、10月から翌年の9月までです。昨年10月、新代表が初めて35人のメンバーを連れて里山にやってきました。代表としての初日、さぞかし緊張しているのだろうなと見守っていましたが、活動後のあいさつで「代表になって初めての活動でしたが、今日は今までで一番楽しかったです」と、ニコニコ顔で話した瞬間、みんなの拍手が里山に響き渡りました。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

切り捨て《短いおはなし》

【ノベル・伊東葎花】 2100年、人間は2種類に分けられる。AIを使う人間と、AIに使われる人間。約7割の人間は、AIに使われている。AIロボットの指示で働き、失敗すると容赦なく切られる。切られた人間はスラム街へ流れ、一生這い上がれない。 私はもちろんAIを使う側の人間。 「おはよう、アンジー、西区の売り上げを出してちょうだい」 「かしこまりました。ケイト様」 「Bブロックの業績が悪いわ。原因は何だと思う。アンジー」 「ロボット30台に対し、人間200名は多いかと。人件費が無駄です」 「そうね、50名ほど切りましょう。ピックアップお願い」 「承知しました」 AIロボットは、人間みたいに迷わない。的確に、能力が低い人間を切り捨てる。 「ケイト様、今日はマリアさんのバースデーです」 「あら、そうだったわ。ぬいぐるみでも贈っておいて」 「ケイト様、マリアさんは12歳です。アクセサリーがよろしいかと」 「そう。じゃあアンジー、お願いね」 結婚はしていないけど娘はいる。遺伝子を残すために作った娘。それがマリア。研究施設に預けて、優秀な子育てロボットに全てを任せている。面会は年に一度。成長を確認しに行くだけ。 今日はマリアとの面会日。高級なお菓子を持って、研究施設に行った。ここには人間の大人はいない。完璧なシステムを組み込んだAIロボットが、食事から学習、運動能力から就寝まで管理する。「いらっしゃいませ、ケイト様」 「こんにちは。マリアはどこかしら」 「マリアさんはC棟です」 「C棟? そんな施設あったかしら」 オートカートに乗って着いたC棟は、まるでスラム街のようだ。すさんだ目の子どもたちが、私からお菓子を奪ってむさぼるように食べた。ひどい場所。こんなところにマリアがいるはずない。 「ママ」 振り向くと、マリアがいた。擦り切れたジーンズを履いている。 「マリア、いったいどうしたの? ママが送った服は?」 「高価な服は、落ちこぼれ棟には回ってこない」 「落ちこぼれ? マリアが?」 「そう。あたし勉強できなくて、AI先生に切られたの」 「何ですって?」 「でもね、こっちの方がいい。自由だもん」 何てこと。信じられない。私はすぐに、施設長に苦情を言った。 「多額の寄付をしているのに、どういうことなの?」 「マリアさんは、われわれの理想とするレベルには程遠いです。よって、切り捨てました」 「切り捨てた?」 「私たちはそのようにプログラムされておりますので」 「戻しなさい。すぐにマリアを戻しなさい」 AI警備隊によって、私は外に出された。クレーマー対応ボタンが押されたのだ。 能力が低ければ切り捨てる。すべて私がAIにやらせていたこと。それが正しいと信じていたこと。混乱しながら、フェンスを伝って歩いた。 「ママ、バイバイ」 C棟の前で、マリアが無邪気な顔で手を振った。娘の笑顔を初めて見た。そして私は、初めて泣いた。 (作家)

10年の区切りに…《令和樂学ラボ》40

【コラム・川上美智子】45年にわたる大学勤務を70歳で終えて、ちょうど10年が過ぎた。老後の時間をどのように過ごすかは、誰にとっても大きな課題であろう。それまでの経験を生かして生きがいを持ちながら、自分を活かす方法を探ってきた10年間の足跡を総括してみた。 大学では73歳まで非常勤講師として勤務できることから、3年間は週2コマ程度の授業を担当しながら、新たに水戸に開設された民間の認可保育園の園長を3年間務めた。大学勤務の時に茨城県初の認定こども園設置のモデル事業を担当した関係で、幼児教育には少しはなじみがあったが、保育現場で発生する課題の多くを知る3年であった。 ここで学んだ経営管理手法を生かし、つくばの認可保育園「みらいのもり保育園」開設に関わることになり、準備期間1年、園長4年を務め、その後は会社のアドバイザーの立場で関わりをもっている。今年の3月にはゼロ歳児であった園児が卒園を迎え、旅立ちの姿を見届けることができた。 毎年、園児には卒園制作として陶芸体験をさせ、ペンダントを作らせている。どの子も思い思いにユニークな形に練り上げ、出来上がりをとても楽しみにしてくれる。卒園後、宝物やお守りのように大事にしてくれる子もいる。こちらも、大学生や院生に卒論や修士論文を仕上げさせた時のように、一緒に小さな達成感を味わっている。 これと並行して某社を訪問し、週1~2時間、野菜関係の商品開発や研究などについて社長より相談を受けている。こちらは、筆者の専門領域を生かせる分野であり、研究や学びの継続につながっている。 またNPO活動の「子ども大学常陸」では、長らく学長と理事を務めており、年1回、小学生を対象に大学レベルの授業をわかりやすく行っている。このNPOでは、若い理事長が積極的に動いており、日立駅前の子どもの屋内型遊び場「Hiタッチランド・ハレニコ」運営の指定管理を日立市より受けていて、ほぼ年中無休で開館している。 さらに先日は、高萩ユーフィールド運営会社と連携協定を結んだ。屋内だけでなく、緑豊かな自然環境の中での子どもたちの体験活動プログラムを展開して、広く子どもの育ちを支援できればと考えている。 ボランティア活動にもいろいろ関わってきた。ロータリー活動の一環で、水戸市内の子どもの遊び場の玩具の清掃、年1回の障害のある子どものアート展開催、子どもフードパントリーの手伝いなど、また学区内の学校運営協議会への参加、町内会長としての防犯パトロールなど、高齢なりに地域活動ができたと思う。 次の10年こそは… 趣味が高じた陶芸活動にも少し欲が出てきている。暇を見つけての作陶で一つの作品を作るのに時間はかかるが、展覧会に出す大型作品の制作だけはずっと続けて行きたいと考えている。 地域に役立つことと自己表現に力を入れた10年であったように思うが、本当に短かった。次の10年こそは、断捨離と研究の整理など先延ばしにしてきた自分のことをやり、子どもや孫と過ごす時間も大切にしたいと思っている(関彰商事アドバイザー、茨城キリスト教大学名誉教授)。