木曜日, 4月 9, 2026
ホームコラム土浦博物館と市民の郷土史論争に市長が回答《吾妻カガミ》176

土浦博物館と市民の郷土史論争に市長が回答《吾妻カガミ》176

【コラム・坂本栄】土浦市立博物館から郷土史論争を拒否された市民が市の広聴窓口に質問状を送ったところ、市は博物館が執筆した反論文を同封した市長名の回答書をまとめ、同市民に郵送してきました。博物館はこの郷土史家をクレーマー(常習苦情者)扱いにして論争を拒んでいましたが、博物館を監督する市長が代わりに回答したことで、市の論争拒否姿勢は改められたことになります。

郷土史家をクレーマー視した博物館

この問題については本コラムでも何度か取り上げました。経緯、争点、私の疑問などについては下の青字部をクリックしてご覧ください。

▽論争を挑む本堂氏⇒博物館が論争拒否通告:158「…博物館が郷土史論争を拒絶!

▽本堂氏をクレーマー扱いする市⇒論点整理:159「…論争拒否…土浦市法務が助言

▽教育委担当課の論争封殺の動き⇒私の提案:163「…拒否…市民の研究者が猛反発

経緯はこういうことです。元市職員の本堂清氏が博物館の郷土史解釈に疑問を持ち、糸賀茂男館長や学芸員に何度も会って回答を求めたところ、A4版3ページの回答(23年1月30日付)が送られてきて、末尾に「…これ以上のご質問はご容赦ください。…今後は口頭・文書などいかなる形式においても、博物館は一切回答致しません…」と書かれていました。

主な争点はこういうことです。▼本堂氏:筑波山系の市北部は古くから「山の荘」と呼ばれていたvs.▼博物館:そう呼ばれるようになったのは中世以降である、▼博物館:「山の荘」は桜川南側の現つくば市北部にあった「方穂荘(かたほのしょう)」の一部だったvs.▼本堂氏:いや、「方穂荘」は桜川北側の「山の荘」までは延びていない。

市長は論争拒否を事実上取り下げ

本堂氏は3ページの回答に納得せず、市の広聴窓口「こんにちは市長さん」経由で、市長に「再検討要請」(同8月30日付)と「回答への反論」(同9月27日付)を提出しました。最初のパラグラフで触れた市長の回答(A4版1ページ、同12月14日付)は、本堂氏の要請と反論に応えたものです。

市長回答には「…現段階においては、従前と同様の質問については(博物館の)これまでの見解と相違はないため、前回以上の回答は難しいとのことです。別添1・2の2部は私が受けた報告ではございますが、ご参考までに同封させていただきます」と記載され、博物館による「市長へのご報告①」(A4版43ページ、1月回答の詳述版)と「市長へのご報告②」(同28ページ、反論への反論)が添付されていました。

広聴窓口に寄せられた市政への疑問には答えなければなりませんから、市長はA4版1ページで回答したわけです。それに、博物館が「今後…回答致しません」と通告した手前、市長が代わりに回答するという体裁を取り、博物館が作成した全71ページの報告書が添付されました。ということは、市としては論争拒否を事実上取り下げたことを意味します。

特別展「本堂vs.糸賀論争」を期待

論争拒否絡みでは、博物館に通じるルートが市役所にできました。しかし郷土史解釈では、本堂氏も博物館も相手の主張を認めていません。本堂氏は「屁理屈はこれまでと同じ。論点をズラしている箇所もある」と言っており、今回切り開いた「こんにちは市長さん」チャネルを使って博物館との論争を続けるそうです。

館長が率いる学芸員団と郷土史に詳しい研究者によるこの論争、いずれも自説を譲らず、どうやら平行線の状態が続きそうです。この際、博物館が特別展「本堂vs.糸賀論争」を企画し、争点を公開するも面白いと思います。また、館長と学芸員は研究室にこもらず、市民と議論する「サロン」を館内に設けたらどうでしょうか。(経済ジャーナリスト)

<参考>

土浦市長の回答書(23年12月14日付)

市立博物館の解答書(23年1月30日付)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

17 コメント

17 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

野口雨情の未発表詩に曲を付け初披露 つくば出身の若手作曲家

12日 ノバホール 「シャボン玉」「赤い靴」などで知られる北茨城市出身の童謡詩人、野口雨情(1882-1945)の未発表作品に曲を付けて、初披露するコンサート「野口雨情の『四季』」(同制作委員会主催)が12日、つくば駅前の同市吾妻、ノバホールで催される。つくば市出身の若手作曲家、門田和峻さん(35)が曲を付け、メゾソプラノ歌手の金子美香さんが歌う。タイアップ企画として同日、約百人が着物で集う「百人きもの」が野口雨情をテーマにつくば駅前のホテルで催される。 未発表作品は、四季の情景をつづった詩で、もともと歌をつくるために書かれたものではなかった。題名も付けられてなかったことから、雨情の孫で、雨情研究家でもある野口不二子さんが「雨情の四季」と名付けた。 企画したのは、つくば市在住の万葉集研究家、布浦万代(ふうら・まよ)さん。不二子さんの承諾を得て、布浦さんが作曲家の門田さんに作曲を依頼した。 コンサートでは、「雨情の『四季』」が初演されるほか、雨情の童謡「雨降りお月さん」「シャボン玉」が門田さんの編曲で演奏される。不二子さんも登壇し、雨情の詩について解説する。 さらに筑波山ゆかりの万葉集に門田さんが曲を付けた組曲「万葉集による歌曲集」が完成したことからお披露目される。万葉集の組曲は4年前の2022年、布浦さんが監修し門田さんが一部に曲を付けて、筑波山で開かれたイベント「百人きもの」で披露している。 門田さんは大阪生まれ、つくば育ち。県立竹園高校を出て、東京音楽大学で作曲を専攻、東京学芸大学大学院を修了した。2017年、作曲家久石譲が主催するコンペで室内オーケストラのための作品「きれぎれ」が選出され、演奏された。ピアニスト、作曲家、編曲家として活躍し、ふるさと茨城の伝統音楽と文化を研究し、音楽と結びつける活動も行っている。現在は東京都大田区在住。 声楽家の金子美香さんは、東京音楽大学を首席で卒業。同大学院、ザルツブルクモーツァルテウム音楽院マスタークラスを修了後、新国立劇場やびわ湖ホールなどで公演、2018年夏にはバイロイト音楽祭「ワルキューレ」に出演した。 門田さんは「野口雨情というと童謡をイメージされると思うが、今回は趣向をこらしたアレンジでいろいろなものが聴けると思う。普通に良い音楽を聴くということで捉えてもらえるとうれしい」と語る。 布浦さんは「四季の曲を作るために、門田さんと一緒に北茨城市まで行き、子孫でもある野口不二子さんとも会った。海岸線から海を眺めながら曲のイメージもつくられ良い作品になったと思う」と話す。 「百人きもの」がタイアップ 同日タイアップ企画としてホテル日航つくばで特別開催される「百人きもの」(筑波山華やぎプロジェクト実行委員会主催)は毎年、筑波山神社で開催されているイベントだ。4年前の「百人きもの」で、門田さんが万葉集の一部に曲を付け、披露したことが今回タイアップのきっかけとなった。 12日はつくば市在住の脚本家、冠木新市さんが筑波山と雨情のつながりなどを話すほか、日本舞踊の正派美作流「こと耶の会」が雨情の世界を舞踊で表現する。 同実行委員の山本美和さんは「今回は市の中心地で開催しようということになった。やはり筑波山まで行くと1日がかりのイベントになって参加できないという声もあって、今回は(筑波山と詩中心部を)繋げる意味でもやってみようということになった」と話す。。 ◆コンサート「野口雨情の『四季』」は12日(日)午後2時から、つくば市吾妻1-10-1、ノバホール大ホールで開催。開場は午後1時30分。入場料は大人4000円、22歳以下2000円。チケットはノバホール窓口やオンラインで購入できる。問い合わせは電話090-3217-4449(野口雨情の「四季」制作委員会担当者) ◆百人きもの「KAGAI(かがい)~響」は12日(日)午前11時から、つくば市吾妻1-1364-1、ホテル日航つくばで開催。受付開始は午前10時30分。現在、参加申込は終了している。問い合わせはメール298hanayagi@gmail.com(筑波山華やぎプロジェクト実行委員会)へ。

「おひたじ」のまち土浦《くずかごの唄》156

【コラム・奥井登美子】 「土浦は『おひたじ(醤油=しょうゆ)のまち』と聞いていたけれど…」 「うちの隣りのあの大きな倉も、昔、醤油を作っていたらしいわ」 「おひたじ、使い過ぎですよ。漬物にまでかけるのね」 私の母は明治時代、京橋で生まれて育った人。醤油のことを「おひたじ」と言っていた。常陸の国の「ひたち」が下町風になまって、「おひたじ」になったらしい。 私が3人目の女の子を出産したときだった。奥井家の親戚の男の人から「女っぱら…」と言われ、私は何のことやら、さっぱりわからなかった。家が重んじられた江戸時代、女の子ばかり産んでいる母親を「差別用語」でそう呼んだらしい。 まだそのような差別用語が、土浦には残っていたのかと、びっくりした。 醤油ジャブジャブの夫 私の夫、奥井清は94歳まで日本山岳会に入っていて、山登りを楽しみながら、明るく、たくましく生きて、天国にみまかった。 彼は76歳のとき、東京のお茶の水で大動脈解離を起こし、救急車で当時の東京医科歯科大学病院に運ばれた。大動脈の中膜が脳へ行く1センチ下からの解離で、脳味噌も何とか機能を保持しながら退院ができた。 3人の娘たちは、子育てしながら仕事をしていたが、介護の私を実に細かくサポートしてくれた。「女っぱら…なんて言われたけれど、女の子が3人いて本当によかった」。彼はしみじみとそう言って、3人の娘たちに感謝していた。 退院のときに医者から強く言われたのは、食事の塩分制限だった。お醤油をジャブジャブ使う夫の舌を、どうやって改造し、塩分を減らしていけばいいのか、私は途方にくれてしまっていた。 千葉大学病院で胃がんの手術をしていた外科医だった兄も、「大動脈解離の後、いつ何が起こるか分からない状態だから、2人とも覚悟して生活を変えなさい」と、心配してくれた。 医者の言うことは聞いてくれるが、私が言えば反発するに違いない。当時、霞ケ浦医療センターに栄養指導の部門があったので、そこへ2人で通院することにした。(随筆家、薬剤師)

「水エンジン」量産へ 東大発 宇宙ベンチャーがつくばに生産拠点

小型人工衛星向けの推進機(エンジン)を開発する東京大学発の宇宙ベンチャー、ペールブルー(Pale Blue 本社・千葉県柏市、浅川純社長)がつくば市内に建設していた「つくば生産技術開発拠点」の開所式が8日、大井川和彦知事、五十嵐立青つくば市長ら関係者30人余りが参加して催された。同施設では、同社が開発した「水」を推進剤とする独自のイオンエンジンの量産に向け、技術開発から製造、検査、出荷までを1カ所で完結させる。 拠点は、つくばエクスプレス(TX)万博記念公園駅周辺の工業地域に立地する。鉄骨造3階建て、敷地面積は約1900平方メートル。当初は25年8月の操業開始を予定していたが、実際の稼働は今年2月となった。 用地は県が土地区画整理事業を実施したTX沿線の上河原崎・中西地区内で、県有地をペールブルーが約9800万円で落札し、取得した。土地取得費を含む総事業費は約16億円。成長産業の本社や研究所などの誘致を目的とした県の企業立地促進補助金に、2023年12月に採択された。補助見込額は約1億5000万円。主に人材の雇用に対する奨励金として活用される。 施設内には、真空状態となった内部で機器の試験を行う真空チャンバー、振動試験機、クリーンルームなどの主要な設備があり、推進機の生産技術開発から最終検査・出荷までを自社で完結できる「一気通貫」の体制を構築した。 拠点は今年2月に稼働を開始し、現在は約15人が勤務する。生産拡大に合わせて段階的に人員を増やし、将来的には最大60人体制を目指す。生産技術や品質管理、調達などものづくり関連の人材を中心に採用を強化している。 県プロジェクトの目玉企業 ペールブルーは2020年、東大大学院で航空宇宙工学を専攻した浅川さんら研究者4人が創業した。従来の推進剤には毒性の高いヒドラジンや、希少で高額なキセノンが使われ、取り扱いに制約があった。これに対し同社は、安全で調達が容易な水に着目し、水蒸気やプラズマを噴射して推進力を得る独自の推進機「水イオンエンジン」を開発した。エンジンの重量は、水を含めて約1.5キロ、大きさは約10センチ四方と、従来型では難しかった小型化を実現。浅川さんは水の利点として「安全性、入手性、コスト」の3点だと説明する。2025年9月には宇宙空間で水イオンエンジンを稼働させることに、世界で初めて成功した。 同社が開発する推進機は、ロケットで打ち上げられた人工衛星が宇宙空間で切り離された後に初めて役割を発揮する装置で、推進剤となる水を宇宙空間に噴射し、その反動で衛星を動かす仕組みだ。機能は大きく四つある。衛星を目的の軌道に送り届ける「軌道投入」、空気抵抗や重力の影響で生じる軌道のずれを定期的に修正する「軌道維持」、運用を終えた衛星を大気圏に落下させる「軌道離脱」、増加が問題となっている宇宙ごみ(スペースデブリ)との「衝突回避」だ。 近年は多数の小型衛星を連携させて運用する「衛星コンステレーション」が急速に広がり、年間数千機規模の打ち上げが続く。衛星の数だけ推進機が必要となるため、需要は世界的に増加している一方で、供給が追いついていないと浅川さんは言う。 県は2018年、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と連携し宇宙ビジネスに取り組むベンチャー企業などを支援する「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」を立ち上げた。大井川知事は開所式で「宇宙開発は新たな段階に入りつつある。つくばを中心に宇宙ビジネスに貢献できる企業を集積したい。ペールブルーはプロジェクトの中でも目玉の企業であり、県としてしっかりと支援していく」と述べた。 五十嵐市長は「世界から注目されるペールブルーの新拠点がつくば市にオープンしたことを光栄に思う」と歓迎し、約4年前から欧州の宇宙産業をリードするルクセンブルクの機関と連携協定を結び、市内のスタートアップを現地に派遣するプログラムを実施しており、ペールブルーの海外展開についても支援する意向を示した。(柴田大輔)

抗がん剤治療を始めて3カ月《ハチドリ暮らし》60

【コラム・山口京子】ステージⅣ、肝臓・肺・リンパに転移している末期の直腸がんと診断され、抗がん剤治療を始めて3カ月。6回目の治療が終わりました。 がんと分かった昨年暮れの腫瘍(しゅよう)マーカーの値は370.9。抗がん剤を始める直前の値は532.2。わずか20日の間に160も上がっていました。それが、抗がん剤治療を始めて1カ月後に91.0、2カ月後には21.8まで下がりました。 抗がん剤治療を受けながら、自分にできることは何かを考えました。がん関連の本を読んで、食事を見直す、身体を温める、免疫力を高める治療やサプリメントを試す―など、できることをいくつか書き出してみました。 効くと言われる治療やサプリメントなどを推奨する書籍コーナーには、がん関連の本が山積みです。けれど、ある人に効いた治療やサプリメントが自分にも効くかどうかは分かりません。がんの仕組みも人体の仕組みも分からない素人が読んでも、判断できないというのが正直な気持ちです。 なので、自分が納得できるところから始めました。まずは食事の見直しです。それまで毎日飲んでいたビールを止める、ニンジンとリンゴのスムージーを毎朝飲むようにする、バランスのとれた食事を意識する、体重が40キロ切らないようにする―など。 生きたいとあがいている私 がんが好むのは低体温の体なので、陶板浴を利用して全身を温めることも始めました。陶板の上に横になるととても気持ちがよく、ホッとします。陶板浴では、がんや免疫に関する勉強会、がんになった人の交流会、身体を整える整体や足もみ、ストレッチなどの企画があります。がん関連の本がたくさん並べられ、無料で貸してもらえます。 抗がん剤治療と同時に、知人が勧めてくれたサプリメントも飲み始めました。抗がん剤の働きを助け、副作用を抑制し、免疫力を高める効用があるそうです。最初はこのサプリがよいかどうかよりも、信頼できる人が勧めてくれたことを信じた自分がいました。飲んでみると、体調がよくなっていると感じます。 局所温熱のマイクロ波を患部に当てる治療もしています。この治療が書いてある本を読み、自分で試したいと思いました。この治療ができる病院が市内にあったのがラッキーでした。こうして振り返ると、生きたいとあがいているのかな、と。治るのは無理としても、痛みや不快のない生活が少しでも続いてほしいと…。(消費生活アドバイザー)