【コラム・斉藤裕之】随分早い時間に起きて余裕を持って家を出たのに、はたとホームで気が付いた。新幹線に乗り遅れることに。スマホの便利さに油断した。出発時刻と所要時間を勘違い。気を取り直して、30分後の「のぞみ」自由席に乗車。東京駅で辛うじて変更できた岡山から四国に渡る特急の指定席は1席だけ空いていたのだが、岡山でホームに入ってきたのはアンパンマン号。
何となく嫌な予感。車内もアンパンマンのキャラクターで埋め尽くされていて、ほとんどがお子さん連れのファミリーの中、おっさんが1人。場違い感がハンパない。
しかし、アンパンマン越しに見る瀬戸内の島々は格別だった。俯瞰(ふかん)する景色には大小の島々が遠くまで続く。そしてついに四国、丸亀に初上陸。駅前の猪熊源一郎美術館を横目に、「ディメンションZERO展」を開催中のあーとらんどギャラリーに向かう。
到着早々、ちょうどお昼ということで、オーナーの山下さんに近所のうどん屋へ連れていかれる。それから予定を聞かれ、金毘羅さんには行きたいと告げると、夕方には戻ってこられるだろうから、今日は丸亀に泊まっていけばいいと言われて、知り合いのシェアハウスを紹介された。
「金毘羅さんには列車やなあ」。電車ではなくて列車? 山下さん曰(いわ)く、四国は電化されていない鉄道が多いからだという。30分ほどで琴平駅に降り立つ。金毘羅さんは象頭山の懐にあって七百八十五段の石段を昇るらしい。
しかも、ここにきて9月も終わりだというのに、ぶり返してきた暑さが尋常ではない。吹き出る汗。足はガクガク。しかし、杖をついて降りてこられる年配の方々のお姿を見ると、弱音は吐けない。やっとの思いで御本宮までたどり着く。
途中にある「高橋由一(鮭の絵は教科書などでお馴染み)館」をぜひとも訪れたいと思っていたのだが、冷房の効いた館内を暑さ対策のために無料開放していたのにはありがたいやら驚くやら。おかげで汗が引くまでゆっくりと作品を見ることができた。
金毘羅旗の御利益で大漁
夕刻、名物の骨付きもも肉にかぶりつきながらの美術よもやま話。他の個人商店と同様に、街からギャリーが消えていく昨今。ギャラリストとして、また丸亀を愛する方として山下さんの心意気が伝わってきた。
翌朝、丸亀城(これまた想像を超えた石垣の高さ)に登る。山下さんには朝のうどん(早朝から営業している)までお付き合いいただいて、駅でお別れ。それから山口の弟のところに向かった。
翌日、周防灘に出航。実は金毘羅さんが舟や漁の神様であることを知り、弟の舟に「海上安全」の旗を買ってきていたのだ。こんぴらふねふね 追手に帆掛けて しゅらしゅしゅしゅ…。その御利益か、その日は大漁。
良型のアジに混じって、特大のウマヅラやタイ。強烈な引きの正体は初めてみるアイゴ。背びれに毒があって独特の匂いもあるというが、持ち帰って刺身にしたら結構いけた。
帰りの新幹線は、平日だというのに同じような黒いスーツ姿の若者で混んでいた。後で内定式?の日だったことをニュースで見て、また日本に妙なセレモニーがあることを知った。
パクを受け取りに行ったら、マヨねえはパクとの散歩のおかげで、体重が減ったと喜んでいた。お土産には甘いものはやめておいて正解だった。庭仕事が趣味の彼女に、山口の道の駅で買った、よく根っこが取れるという草取り用のコテを渡した。(画家)