月曜日, 1月 12, 2026
ホームスポーツ県勢20年ぶりの4強入り 土浦日大 名参謀の丸林直樹コーチに聞く

県勢20年ぶりの4強入り 土浦日大 名参謀の丸林直樹コーチに聞く

6日から23日まで甲子園球場で開催された全国高校野球選手権記念大会で、土浦日大が茨城県勢として20年ぶりとなる4強入りを果たした。まずは土浦日大の甲子園の軌跡を1戦ずつをたどる。

6日の開会式直後に行われた1回戦は、上田西(長野)との開幕戦を延長タイブレークの末に8対3で制した。同点に追いつかれた4回裏など、記録に残らない守備のミスがあり、4番の大黒柱・香取蒼太が熱中症で途中棄権するなど、終始肝を冷やす試合展開だったが、タイブレークに入ったことが吉と出た。春の県大会決勝(対常総学院)と関東大会1回戦(対健大高崎)ではタイブレークを経て敗れたことからその攻略法を5月から6月にかけて徹底的に追求していた。息つく暇もなく試合が急展開するタイブレークは先攻が有利。先に点を積み重ねて相手を意気消沈させることに成功した土浦日大は見事に37年ぶりの夏1勝を挙げた。

2回戦の九州国際大付(福岡)は茨城大会で調子が上がらなかった小森勇凛に先発マウンドを託した。ストレートの制球が定まらず春に見せた本来の球威とはほど遠いものの、スライダーを高低に投げ分け5回まで無失点で切り抜けた。クーリングタイムを挟んで6回からは伊藤彩斗が、8回からは藤本士生と3投手の完封リレーで危なげなく完勝。同校として初となる甲子園2勝を挙げた。

3回戦の相手は竜ケ崎一、藤代、常総学院で監督を務め取手市在住の持丸修一監督が率いる専大松戸(千葉)だった。土浦日大の小菅勲監督が取手二時代に薫陶を受けた故・木内幸男さんとは、持丸監督も生前公私にわたり交流があり、常総学院の監督を引き継いだ間柄であることで「木内チルドレン対決」と見出しが打たれた。また両校が隣県でありJR常磐線で結ばれていることから「常磐線ダービー」や「チバラキ決戦」などと話題となった。試合は3回表を終わって土浦日大が6点ビハインドの大敗もあり得る展開であったが、3番目に登板した藤本が相手打線を完璧に封じると、打線が単打を積み重ね終わってみれば10対6の逆転勝利を収めた。本県勢の8強入りは2016年の常総学院以来9回目。

準々決勝は春の東北大会で今夏準優勝の仙台育英を抑え優勝した八戸学院光星(青森)。強力打線が武器の相手だけに、もうさすがに次は無理だろうと茨城の高校野球ファンのほとんどが大敗を予想したのではないか。しかしここでも土浦日大打線が爆発し、洗平(あらいだい)、岡本の2年生両エースをノックアウトしてしまった。9回には松田陽斗のバックスクリーン弾のおまけ付きである。9対2と大差の勝利を誰が予想できただろうか。本県勢の4強入りは常総学院が優勝した2003年以来20年ぶり5回目。紙面には「快進撃」の文字が躍った。ひょっとしたらひょっとする。

準決勝は日頃から練習試合で交流しているという慶應義塾とであったが、相手エース・小宅の内外のコースビタビタに決まるボールを捉え切れずに自慢の粘り強い打線が沈黙。0対2で敗れ、土浦日大の長い夏は8月21日をもって終わった。

3回戦(専修大松戸戦)のウイニングボールを丸林コーチ(手前右)にプレゼントする好走塁した松田選手(同)

甲子園で勝つためのチーム作りが結実

7月に掲載した土浦日大の小菅勲監督のインタビュー記事(7月9日付)はご覧いただいただろうか。小菅監督にとって2017年に土浦日大を率いて初めて出場した甲子園で松商学園に初戦で敗れたことが大きなターニングポイントだったという。県内を勝ち抜くことを目標にしていたのではいつまで経っても甲子園では勝てないことを痛感し、甲子園で勝つためのチームを作ろうと固く決意した。

甲子園で躍進したこの世代は中学時代のスカウティングの段階から「甲子園に行こう」ではなく「甲子園で勝とう」という志を持って土浦日大に集まってきたメンバーだ。小菅監督は目標設定や選手のスカウティング、練習の取り組みなど、ありとあらゆることを見直した。中でも食事内容やウェートトレーニングの頻度や強度にはこだわり、専門のスタッフを置きフィジカルの強化に力を入れた。こうして取り組んできた甲子園で勝つためのチーム作りが37年ぶりの初戦突破に止まらず県勢20年ぶりの4強入りという新たな歴史を刻んだ。

「一戦必勝で精一杯臨んだ結果」 丸林コーチ

小菅監督が伊奈高校の監督を務めていた頃から小菅監督の右腕として支えてきた丸林直樹コーチに今回の大躍進や今後のことについて聞いた。

次ページに続く

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

3 コメント

3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

つくば、土浦で「二十歳のつどい」

12日の成人の日を前に、つくば、土浦両市で11日、「二十歳のつどい」がそれぞれ催され、20歳を迎えた若者たちの門出を祝った。 手荷物検査など今年も厳重警備 つくば つくば市の式典は同市竹園のつくばカピオで催された。出身中学校別に午前と午後の2部制で行われ、合わせて計1950人が出席した。 同市では2017年の成人式で逮捕者を出したのを契機に、翌18年から手荷物検査をはじめ多数の警備員や警察官が厳重警備を実施。会場近くの道路はバリケードを設置して通行止めにし、会場に隣接する大清水公園などを警備員や制服・私服警察官が巡回した。名前入りのぼり旗を掲げた10人前後の若者の一団が現れたが、市職員らの指示に従いのぼり旗を一時預かり所に預け、大きな混乱は見られなかった。 式典では、新成人代表の長谷川莉生さんが誓いの言葉を述べ「違いを受け入れ、互いの価値観を尊重しながら未来を描き築いていくこと、それが二十歳を迎えた私たちに求められる姿勢だと感じています」と話した。 五十嵐立青市長は、つくば育ちの宇宙飛行士、諏訪理さんが、宇宙飛行士の選抜試験に一度は落ちながらも苦難の末に夢を成就させたエピソードを語り「今日の日をきっかけに、皆さんが幸せな人生を歩み続けていくことを心から願っています」と式辞を述べた。 その後、出身中学校の恩師からのビデオメッセージが放映されると、参加者からは感嘆の声が上がった。 式典自体は約30分で終了、終了後は出身中学校ごとに係員が誘導して参加者を退場させた。参加した大学生の中崎遥香さんは「一つひとつの行動に責任を持っていきたい」と、20歳の抱負を述べた。 千葉ロッテ・木村投手がサプライズ 土浦 土浦市の式典は、同市東真鍋町のクラフトシビックホール土浦(市民会館)で開かれ、847人が出席した。 会場前の広場は、参加者らが滞留しないように入場規制が敷かれ、市職員や警察官らが酒類やのぼり旗の持ち込みを警戒した。時折のぼり旗を掲げた改造車が会場付近に数台現れたが、大きな混乱は見られなかった。 式典で安藤真理子市長は、新成人が中学・高校の頃はコロナ禍で、部活動や学校行事などが制限された件に触れ「これまでの難局を乗り越えてきた皆さんは、すでに壁を打ち破る力をもっているはず」「どうか自分の力と可能性を信じて、未来を築き上げていってください」とエールを送った。 出身中学校恩師からのビデオメッセージの後、同市出身で千葉ロッテマリーンズの木村優人投手から「20歳になり、自分も含め自覚と責任を持ち、子どもたちの模範となり、夢を与えられるように共に頑張っていきましょう」とのビデオメッセージがサプライズとして流された。その直後、場内にいる木村投手が紹介されると、場内から歓声が上がった。 代表謝辞で長田舜さんは、コロナ禍での辛い学校生活に触れ「困難な状況だからこそ、支えてくれる人がいることの大切さやありがたさに気づかせてくれました」と感謝の意を示し「今度は私たちがここ、土浦で受けた愛情をこれからの世代へ伝えていく事を約束します」と誓いの言葉を述べた。 参加した、両親がスリランカ出身で同市生まれの大学生、サケンタ・ペレラさんは「将来は科学の分野の仕事を目指している」と語った。専門学校に通う知久心愛さんは「将来は美容師になっていっぱい稼ぎたい」などと抱負を述べた。(崎山勝功)

「ロビンソン酒場漂流記」で考える学校の魅力《竹林亭日乗》36

【コラム・片岡英明】茨城県教育委員会は2025年7月、高校審議会に対し、中学卒業者数減が大きな課題として、27年以降の「人口減少をはじめとする様々な社会変化に対応した活力と魅力のある学校・学科の在り方について」を諮問した。この内容は18年の高校審と同じで、県が生徒減に伴う県立高の魅力を継続的なテーマにしていることが分かる。今回、私もこの課題を耕してみたい。 この諮問に対する答申案は25年12月の総会で了承されたが、残念ながら、構えは広いが議論が狭く、つくばエリアなど生徒が増えているエリアには目が向けられていない。答申では「活力と魅力ある学校・学科」という大項目に全16ページの3分の2が充てられ、それを3項目構成で記述している。 1項目「高等学校の適正配置・適正規模」、2項目「魅力ある学校・学科の在り方」は前回と同じ構成だったが、前回は「その他」だった3番目を「選ばれる県立高校であるための魅力訴求」とし、「県立高の広報充実と校名・学科名変更の検討」を提案した。 実際の高校受験はどうなのか? 県全体では定員と受験者数はほぼ見合う中、通学上の問題もあり、受験者の偏在と地元からの入学減によってかなりの高校で定員割れが起きている。これに対し、2つの対策で十分だろうか? 確かに、広報や校名の視点も必要だが、その前に大切な点があると思う。 「高校の魅力」を知らせる前に ルポ「ロビンソン酒場漂流記」(加藤ジャンプ著、新潮新書、2025年7月刊)で著者は、駅からも繁華街からも遠く、おおよそ商売向きとは思えない場所で、料理のうまさと大将のもてなしでしたたかに生き延びる酒場をロビンソン酒場と称し、訪ねている。この本を読みながら、県立高定員割れ解決のヒントになると感じた。 そこで、料理(教育)と大将(教師)のよさが光るロビンソン酒場を参考に、定員割れ高校が「ロビンソン高」になる魅力について考える。 では、魅力を広報する前に高校が行うべきことは何だろう。まず、自分たちの学校のよさを確認することだ。受験者減を地元の受験生の「もっと私たちが行きたい学校にして!」の声と捉え、そして各高校に「魅力ある〇〇高校委員会」を作り、皆が知恵を出し合い、学校のビジョンを明確にする。 そのビジョンを地域と共に生きる学校として発信する。具体的には、「学び・青春・進路」での充実した教育、教職員の個性豊かな指導をアピールする。ビジョンを定め、生徒と教師の手作りの学校説明会を行うと、ビジョンに共感する生徒が必ず入学する。そして、これらの生徒を大切にしてロビンソン高校をめざす。 地元生徒も入学するプラチナ高 入学した「こだわり派」の生徒・保護者は、必ず地域で自分の学校のよさを宣伝する。この最初のヒットが次の波を起こし、学校・教師の自信が深まる。魅力が地元に広がるにつれ、学校のイメージが改善、高校の魅力を求め入学する生徒が増える。すると、こだわり派を集めることから始めた遠くにあるロビンソン高校は、地元の生徒も多く入学する近くのプラチナ高校になる。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表) ➡県高校審議会の過去記事はこちら(2025年8月27日付、12月21日付、12月25日付)

心に刻み付けたい言葉 2冊の本《ハチドリ暮らし》57

【コラム・山口京子】2026年の新年にあたって、心に刻み付けたい言葉に出会いました。「原発事故と農の復興」(小出裕章著、コモンズ、2013年)に出てくる言葉です。いま私たちに求められているのは、「エネルギーが足りないからエネルギーを供給する」ことではなく、「エネルギーを大量に必要としない社会を創る」ことだと。 エネルギー浪費型の工業社会から脱却し環境に見合った新しい形態の社会を創り出すこと、必要なのは農業の構造改革ではなく農業を疲弊させてきた工業優先の浪費社会を転換すること、自らの地で農産物を供給するような社会構造を生み出すこと―だと。 今日の世界には気の遠くなるような課題が山積みされており、私たち一人ひとりは、どんなに頑張ったところで、課題のごく一部分に自らを関わらせることができるに過ぎない。私たちに求められているのは、自らが真に求めている目標が何であり、自らが関わりきれない無数の運動とどのように連帯できるかを、常に問い直しながら運動を進めることである、と。 今後、放射能汚染から身を守るためには、汚染源そのものを廃絶させる以外に道はない。真に、放射能汚染から身を守る運動ができるならば、それは、農薬漬けの農業から脱却する道、食料を輸入に頼る社会から脱却する道だ、と。 食卓から地球を変える 小出さんがやりたいことは二つ。まず、原子力を選んだことに責任がなく、放射線感受性の高い子どもたちの被曝を減らすこと。そして、これまで破壊し続けてきた一次産業の崩壊を食い止めること。 この本には、有機農業を実践されている方々の声が多く掲載されています。食べることは生きることの基本、有限な地球で無限の欲望が成就されることはない、どのような未来を築きたいのかを構想することが必要―といった声です。 別の本「食卓から地球を変える あなたと未来をつなぐフードシステム」(ジェシカ・ファンゾ著、日本評論社、2022年)では、食卓がどう世界とつながっているか、世界のフードシステムがどうなっているのか―を「見える化」しています。暮らしの中に潜む深く重たい課題に気づかされます。(消費生活アドバイザー)

北条芸者ロマンの唄が聞こえる《映画探偵団》96

【コラム・冠木新市】今、1月25日に開催する詩劇コンサート「新春つくこい祭/北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を準備中だ。これは2012年秋に上演した詩劇「北条芸者ロマン/筑波節を歌う女」を14年ぶりに再演するものである。 前回の講演と詩劇では、1930(昭和5)年に童謡詩人 野口雨情が筑波町から依頼されて作詞した「筑波小唄」が、完成40日後に二分されて「筑波節」が生まれた謎の解明を試みた(映画探偵団22)。今回、「筑波節」誕生95周年記念詩劇に取り組むうち、新たな謎に気付かされた。 「筑波小唄」を初披露したのは筑波芸者だったのに、SPレコードに吹き込んだのは東京のうぐいす芸者・藤本二三吉、「筑波節」を吹き込んだのは北条芸妓連だったことだ。 なぜ筑波芸者は吹き込みから外されたのか? なぜ北条芸妓連が選ばれたのか? 改めて気になった。資料は何も残されていない。このことには14年前に気付いてはいたが、それよりも当時は雨情が一つの詞を二つに分けたことの方に関心が向いてしまい、筑波芸者の存在をそれほど気にかけなかった。 淡島千景vs.山本富士子 泉鏡花 原作「日本橋」が1956年、大映で市川崑監督により映画化された。日本橋芸者・稲葉家のお孝(淡島千景)が医学士 葛木晋三(品川隆二)をめぐって、滝の家の清葉(山本富士子)と張り合う話だ。昔、名画座の赤茶けた画面で見たのだが、淡島千景の粋な芸者ぶりと山本富士子のさっぱりした姿にほれぼれし、以後、私の芸者映画の基準になった。 美人芸者同士の恋のさや当ては、見ていてスリリングであり、この作品を超える芸者映画にはなかなかぶつからない。後にきれいな画面のDVDを見て、2女優の美しさに酔いしれた。 「日本橋」を思い出したとき、レコード録音をめぐり、雨情を挟んで筑波芸者と北条芸者が争ったのではないかと想像した。すると、一つの詞を二つに分けたことよりも、芸者さんにとって、吹き込みの件は重大な出来事だったと思える。雨情は、そのことをどう考えていたのだろうか? 北条芸者に録音を取られた筑波芸者は何を感じたのか? 今回はそのあたりに少し踏み込んでみた。 土浦音頭と筑波節、どっちが先? これに関連して、もう一つの謎が浮かび上がってきた。それは1930(昭和5)年か33(昭和8)年に土浦で作られた横瀬夜雨 作詞、弘田竜太郎 作曲の「土浦音頭」である。こちらは、水郷芸者の君香がSPレコードに吹き込んだ(映画探偵団25)。 こちらも資料がないため想像するしかないのだが、もし昭和5年に制作されたならば、「筑波節」と同時期ということになる。では、どちらが先だったのか? 「筑波節」の動きに刺激され、「土浦音頭」が作られたのか? 先に「土浦音頭」が作られ、その後「筑波節」が企画されたのか? はっきりしているのは、筑波も土浦もこの唄を大切にしてこなかった事実だ。その証明として両方とも歌碑がない。雨情の場合、いくつも歌碑が残されている。雨情のふるさと磯原には、「磯原小唄」は三つ、「磯原節」は一つある。また、夜雨の歌碑も筑波山にはある。たかが歌碑と言ってしまえばそれまでだが、文化に対する民度を物語っているのではなかろうか。 今回のイベントでは、第1部は大川晴加さんらの「筑波節」録音をめぐる詩劇、第2部は筑波の唄を集めた小野田浩二さんのコンサート(中でも「筑波馬子唄」は幻の唄に近い)となっている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)