木からお酒をつくるー人類の歴史でもおそらく初めてという試みに挑んでいる森林総合研究所(つくば市松の里、浅野透所長)が9日、研究所内に完成させた「木の酒研究棟」を報道関係者らに公開した。
お披露目されたのは「木質バイオマス変換新技術研究棟」。木造平屋建て約140平方メートルの施設で、内部には①木を1センチの木片に粗くチップ化し、②1ミリサイズの木粉状に粉砕、③さらに水と混ぜながら1マイクロメートル(100万分の1メートル)まで微粉砕し、④クリーム状となった木材を糖化・発酵タンクに投入してアルコール度数1-2度の「醸造酒」を作り、⑤さらに2回蒸留することによりアルコール度数30-40度の「蒸留酒」を得るー5工程からなる装置を配置した。
①は木材のチップ化によく使われるチョッパーと呼ばれる装置で、②は大豆など粒原料の粉砕に使われる粉砕機、④はバイオエタノールの製造などに以前から使われてきた装置の転用。これら既存技術を組み合わせる中で、③の「湿式ミリング処理」がキモとなった。

木材の細胞壁の厚さは一般に、2〜4マイクロメートルと非常に薄く、この薄い細胞壁構造が密集して硬い木材を作り出している。この木材の細胞壁の厚さを砕く新しい前処理技術が「湿式ミリング処理」。ビーズミルと呼ばれる装置を応用して、木材を水中で高硬度のジルコニア製ビーズとの衝突により微粉砕する。木粉と水を所定の割合で混合し、ビーズミルの粉砕槽に流し込むことで1マイクロメートル以下になるまで微粉砕できる。これによって木材の細胞壁の厚さが砕かれ、中に埋め込まれたセルロースがほぐれて露出する。露出したセルロースは市販の酵素(セルラーゼ)によりブドウ糖に分解でき、できたブドウ糖は微生物によって発酵することができる。
熱処理や薬剤処理なしに木材と水だけで処理できることから、同研究所の森林資源化学研究領域、大塚祐一郎主任研究員(46)らは、木材を直接発酵して造る飲用のアルコールの製造が可能と考えた。木の酒の製造技術については2018年に特許出願し2021年に権利化している。これまでに複数の民間企業、団体から特許の使用申請を受けているという。
こうしたことから、これまで所内外に分散する施設・装置に人と材料を移動させながら、行ってきた試験製造の集約化を図ったのが「木の酒研究棟」。実証的な製造技術開発を加速化するとともに、民間への技術移転を推進するための研修に活用することも目的に開設した。
樹種ごとに異なる香り楽しめる
人類は有史以前から、様々な酒類を生み出し消費してきたが、そのほとんどは穀物か果実の糖分を原料とした酒であり、木を直接発酵して酒を造った歴史はない。このため、「木の酒」を飲料とするためには、特に安全確認が必要となった。

原理的には樹種を問わずお酒にできるが、研究所ではスギ、シラカバ、サクラ(ソメイヨシノ、ヤマザクラ)、ミズナラ、クロモジの6樹種を原料に試験製造を行ってきた。食品安全性の面で、箸や楊枝などに使われた経験からアレルギー発症などのおそれのない樹種を選んだということだ。
研究棟の装置では一度に最大2キロの木材を生産プロセスにかけられるが、2キロのスギからはアルコール度数35度の蒸留酒がウイスキーボトル1本分(750ミリリットル)できる。樹齢50年ほどのスギであれば、スギ1本からウイスキーボトルで100本以上の蒸留酒が製造できる計算という。
9日の公開では試飲は行われず、蒸留酒を嗅ぎ比べる香り体験会が催された。スギは樽酒を思わせる香り、シラカバは白ワインのようなフルーティーな香り、ヤマザクラは華やかな香り、ミズナラはウイスキーを感じさせる芳醇な香り、クロモジは柑橘系の爽やかな香り、と樹種ごとに異なる風味が醸し出されるとの評価があるという。
大塚主任研究員によれば、社会実装までには装置の大型化や酒造メーカーの参入などの課題を抱える。これまで市場関係者とは、味覚や風味を判定してもらうための官能試験に協力を得るなどしており、試飲したレストランのシェフなどからは「シラカバやミズナラは食前酒に使えそうだ」との感触を得ているそうだ。(相澤冬樹)