日曜日, 10月 11, 2026
ホームつくばカイメンの自衛手段でフジツボ付着を防ぐ 世界大会に挑む筑波大学生サークル

カイメンの自衛手段でフジツボ付着を防ぐ 世界大会に挑む筑波大学生サークル

生物学と工学の学際的研究分野である「合成生物学」を用いて、地球温暖化の問題を解決しようとする学生サークルが筑波大学(つくば市天王台)で活動している。4月に発足した「iGEM TSUKUBA(アイジェムつくば)」、生物学類2年の吉本賢一郎さんが代表を務める。

iGEMはマサチューセッツ工科大学(MIT、米国マサチューセッツ州)で毎年11月に行われる合成生物学の世界大会。世界中から約300チーム、約6000人の学生が集まり、研究成果を発表する。日本からは東京大学(東京)、京都大学(京都)、早稲田大学(東京)などが毎年参加しているという。これに筑波大学チームとして参加しようと、今年度から一般学生団体として立ち上がったのがアイジェムつくばだ。

iGEM TSUKUBAのミーティングのようす=同

同サークルが研究対象にしているのは、海洋生物のカイメン。主に海の岩などに付着して生息する動物で、これらは自分を守るための物質を藻類などの微生物に作らせている。この物質を、船底などに付着するフジツボの阻害に使えないかというテーマだ。

代表の吉本さんは「海に浮かぶ船の底にフジツボなどの生物が付着すると、重量や運航時の抵抗が増す。その結果、燃料の消費量を非常に大きくしてしまうが、除去にもコストがかかり問題になってきた」と話す。付着を阻害する薬剤が用いられてきたものの、自然環境の汚染などへの懸念から規制が強まりつつあるという。

これに対し、カイメンなどの「生物が作り出す物質」を微生物に合成させることによって、新たな生物由来の付着阻害剤を実用化することを試みていると話す。吉本さんによれば、生物由来であるために環境への悪影響が極めて少ないと考えられ、環境負荷を減らせる可能性がある。

「資金集めに苦労」

生物学類の学生の中で、昨年の1月ごろ「iGEM」に参加するチームを作ろうという計画ができた。当時、大学一年生だった吉本さんもその計画に参加していた。アイジェムつくばとして行うテーマを決めるとき、吉本さんは「授業の課題」から生物由来の付着阻害剤を着想した。

「科学概論」という新入生向けの授業で、生物由来の物質が生活の役に立っている例の紹介があった。その際に出された「授業では紹介していない例を挙げる」という課題を調べていく中で、一部の海洋生物がフジツボなどの付着を阻害する物質を体内で合成していることを知った。吉本さんは「生物が作り出している物質が、他の生物の『発生』を阻害することがあるのか」と興味深く思ったと話す。

同サークルには現在、約30人が所属している。多くは2年生で、生物学類や生物資源学類の学生が多い。4つのチームに分かれており、研究だけでなく、高校生への教育活動なども行っているという。

千葉県立千葉中学校(千葉市)では教育活動を行った=同

実験やそのまとめ、アメリカで開催される大会への参加など、資金も必要だ。それらの資金の獲得も、団体の活動として行っている。そうした役割を担う「総合運営班」のリーダーを務める石川風太さん(生物学類2年)は「やはり資金集めには苦労している。始まったばかりの団体だが、年間200万円ほどの予算が必要だ。企業の支援や、研究助成の獲得など、裏方も仕事が多い」と話す。

吉本さんは「iGEMは1年を通して、テーマを決め取り組む。1年というスパンは短くもあるが、大会では、研究成果に対するフィードバックや論文の執筆支援もあり、とても意義があるものだと思う。将来的には本格的な実用化に向けて頑張っていけたらと思う」と意気込みを話した。(山口和紀)

◇アイジェムつくばのHPはこちら

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