つくば市で今月から、障害者が遠隔地で操作する分身ロボットによる接客などの実証実験が始まった。コーヒーファクトリー「スタートアップカフェ」(同市吾妻)では飲食物の配膳や来店者との会話を、市立中央図書館(同所)では絵本の読み聞かせを、全国各地の障害者や筑波大学に在籍する障害のある学生がロボットを通して行う。同市は昨年度、筑波大学の実証調査に協力する形で、同様の調査を約3週間実施したが、今回は5カ月間にわたり、障害のある市民などの就労可能性を検証する。
ロボットはオリィ研究所(東京・日本橋)の開発による「OriHime(オリヒメ)」。遠隔操作によって人の「分身」として働く。今回の実証実験では、体調などの面から週に数時間しか就労できない障害者数人が1台の分身ロボットを交代で操作する。
障害者雇用促進法は、事業主に障害者を一定数以上雇用する義務を課しているが、その対象は週20時間以上働ける障害者となっており、より短時間しか働けない重度障害者は雇用実績に換算されない。市科学技術戦略課の大垣博文課長補佐は、「ロボット1台の稼働時間を労働者1名の労働時間に読み替えることで、短時間労働の障害者も雇用率に算定できないか検証したい」と話す。
様々な人と会話しながら働く
20日から始まった実験で、筑波大学社会・国際学群1年のきなこさん(18)は24日、カフェで初めて働いた。
体長23センチほどの分身ロボットが乗るワゴンに、店員が「テーブル2番にレモンアイスコーヒーをお願いします」と商品を置くと、「わかりました」とロボットからきなこさんの声が聞こえてきた。自宅にいるきなこさんが遠隔操作でワゴンを動かし、テーブル席まで運んでいるのだ。
ワゴンが近づくと、客が商品と、必要に応じて紙ナプキンなどを受け取る。きなこさんが「シロップが下に溜まりやすいので、かき混ぜてお飲みください」と声をかけ、ロボットはカウンターに戻った。
普段、きなこさんは車椅子で生活する。以前から、様々な人と会話しながら働く接客業に興味があり、アルバイトを探していたが、車椅子での通勤や立ち仕事が不安で、実際に働いたことはないという。リモートでの接客なら、自分に合った働き方ができると思い、今回参加した。「将来は、いろんな人とお話しできる仕事に就きたい。今回の実証実験が、私自身の経験になると同時に、移動に困難があっても、このような形で働けることを多くの人に知ってもらうきっかけになるといい」
きなこさんからコーヒーを受け取った男性客は「最初は戸惑ったが、スムーズにコーヒーを受け取れた。障害のある人も働ける場がもっと広がればいい」と話した。
今回の実証実験に参加する筑波大生は、きなこさんのほか、運動障害や発達障害のある学生5人。
働く経験で高まる「自己効力感」
障害のある大学生が実証実験に参加する意義について、筑波大学人間系の大村美保助教は、「多くの大学生は飲食店などの接客業でアルバイトすることで、様々な年代や職種の人と関わり、社会を知る機会になる。しかし、運動障害のある学生が同様のアルバイトをするのは難しい。今回、このような形で働くことは、社会との接点になるだけでなく、他の大学生と同じ経験をすることで自信にもなるだろう」と話す。
昨年度の実証実験では、分身ロボットによる短時間アルバイトを通して、障害のある学生の「自己効力感」や職業に対する関心が高まったという。大村助教は「今回、より長い期間、働く経験をすることは、その後、学生たちがキャリア形成をしていく上で役立つだろう」と期待する。(川端舞)
●コーヒーファクトリーでは、11月24日(金)までの期間、11時30分から13時30分は全国各地の障害者が、15時30分から16時30分は筑波大の障害学生が接客等をする。11月27日(月)から12月20日(水)は、11時30分から13時30分で、全国各地の障害者のみが行う。いずれも土日祝日と、8月14日(月)から18日(金)は除く。
●市中央図書館では、9月7日(木)まで毎週木曜日、10時30分から15分間、以前、保育士をしていたが障害のために働けなくなった人たちがOriHimeを通じ、絵本の読み聞かせをする。