土曜日, 2月 7, 2026
ホームつくば旧矢中家住宅が国の重要文化財に つくば市北条

旧矢中家住宅が国の重要文化財に つくば市北条

NPOが保存、活用

国の文化審議会は23日、つくば市北条にある昭和初期の近代和風建築、旧矢中家住宅を、新たに国の重要文化財に指定するよう文科相に答申した。官報に告示後、正式に指定される。

約2500平方メートルの敷地に本館(居住棟)と別館(迎賓棟)の2棟が建ち、庭園が広がる。建材研究家でセメント防水剤を発明し、大正時代に油脂化工社を創業した北条出身の実業家、矢中龍次郎(1878-1965)が、1938年から53年にかけて自宅として建築した。

「理想というべき木造のモデル住宅」を目指し龍次郎自ら設計した実験的な住宅で、木造建築を基本としながら石造やコンクリート造などを取り入れている。木造では珍しい平らな「陸屋根」を設け、自身が発明した防火板など近代的な材料を使用している。建物の各所には換気や通風など通気性向上の工夫がされていることなども大きな特徴となっている。

内部は、近代の上流階級の間で流行した和洋折衷の様式で、色鮮やかな杉戸絵やふすま絵、水墨画などが室内を飾り、要所でサクラやケヤキ、スギなどの銘木が使用されている。周辺住民から「矢中御殿」と呼ばれるような豪華絢爛なつくりで、上流階級の邸宅として意匠的に優れた特徴がある。調度品や設備なども当時のまま残っている。

別館1F食堂。天井に通気口がある(同)

貴重な歴史的建築として2011年7月に登録有形文化財に登録された。今回、実験的住宅としての学術的な意義や、意匠的に優れていることなどが改めて評価された。

国重要文化財に指定されるのは本館と別館の2棟。住居として建てられた本館は木造平屋建て、建築面積約197平方メートルで、1942年建築。陸屋根、大谷石造の地下室があり、建具は部屋ごとに異なる。別館は「皇族のような上流階級の人々を迎賓できるように」と建てられた。2階建てで、1階は鉄筋コンクリート造、2階は木造、建築面積は約90平方メートルで、1949年建築。敷地内の石塀、石積、擁壁、横井戸も併せて指定される。

つくば市の国指定文化財は8件目、建造物としては2件目となる。

没後40年空き家に

龍次郎は1965年に死去するまで北条の住宅で過ごしたが、没後、約40年間にわたって空き家に近い状態となっていた。2008年、現在の所有者である森氏に所有が移り、保存活用活動が始まった。

当時、荒れた状態になっていた住宅や庭園を、学生、地域住民、後にNPOを構成するメンバーも加わり、掃除したり手入れしたりして公開できる状態に整えた。住宅と敷地を合わせた空間を新旧の所有者にちなみ「矢中の杜」と名付けた。現在はNPO法人 “矢中の杜”の守り人のメンバーがボランティアで日常的な管理をし、定期的に一般公開している。

同NPOの井上美菜子理事長は「国の重要文化財に指定されたことは大変栄誉あることで喜ばしい。空き家の状態から、国登録有形文化財の登録と続き、東日本大震災(2011)、北条の竜巻(2012)と二つの大災害、さらにはコロナ禍を乗り越え保存活用に努めてきたので、これほどうれしいことはない。今まで関わってきた人に感謝したい。しかし矢中の杜を後世に残していくには、大規模な修繕工事など困難な課題がある。これを契機に興味を持ってくれた人に、ご支援、ご協力をお願いしたい」とコメントした。

つくば市の五十嵐立青市長は「この建物を、北条地区のシンボルであり市を代表する文化遺産として未来へと継承していけるよう今後も所有者やNPOと協力し支援していく」などとするコメントを発表した。(榎田智司)

◆旧矢中住宅はつくば市北条古城94-1。NPO法人 “矢中の杜”の守り人が毎週土曜日午前11時から午後4時まで一般公開し、午前11時からと午後2時からの2回、ガイドツアーを実施している。料金は住宅の維持修繕協力金として一般500円、中学生以下無料。

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ふるさとのない時代《くずかごの唄》154

【コラム・奥井登美子】お正月には誰も故郷に帰りたくなる。私が育ったのは荻窪のみどり幼稚園。緑の名の通り、生垣に囲まれた家と野原の、のんびりした緑色の住宅街だった。 しかし今の東京の町はどこも高いビルばかりで、緑がない。故郷という言葉とはかけ離れた風景になってしまっている。私の故郷と呼べるような所は、もうどこにもなくなってしまったのだ。 幼い時、父の故郷、新富町へもよく連れて行ってもらった。父は歌舞伎座が新富座であった頃の、鉄砲洲小学校出身。「菅原伝授手習鑑」などに寺子屋の子役として駆り出されて、よく出演させられたそうだ。台詞(せりふ)も筋もよく覚えていて、よく私に語って聞かせてくれた。 隅田川のほとりに町があって、父は「〇〇ちゃんの店でノリを買おう」などと、昔の友達の家に寄っておしゃべりするのを楽しみにしていた。父の故郷はいま、日本ではない、高いビルばかりのどこか架空の空間になってしまっている。 タケちゃんの文が朝日に載った 1月27日の朝日新聞「折々のことば 鷲田清一」に、加藤尚武の文が載っていた。「個人の間の平等は、ある程度まで…自然の平等に支えられているが…国力の差は、ネズミとゾウの違いよりも大きい」 加藤尚武は私の弟のタケちゃん。京都大学の哲学教授を務めた後、鳥取に環境大学を創り、環境問題を、哲学のまな板の上に載せた人。「環境問題のすすめ」という著書もある。生活者として、医療と環境を意識して生活している。 加藤家の男たちはみな食べるのが好きで、父も、兄も、タケちゃんも、好きなものを自分で作って食べるのが趣味だ。 私はせめてせめて、お正月くらいは、おしゃべりの好きな弟のタケちゃん、母の昔の味の料理を作ってくれる妹、姪たちに会って、亡くなった父、母、兄の個性を偲(しの)びながら、今の子供たちと比べて、大笑いするしかないのだろうか。(随筆家、薬剤師)