火曜日, 10月 6, 2026
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私たちは何を食べさせられるのか 《邑から日本を見る》135

【コラム・先﨑千尋】「食べたものが私になる」。堤未果『ルポ 食が壊れる―私たちは何を食べさせられるのか』(文春新書)の終わりに出てくるこの表現を見て、「ああ、私の考えと同じだ」と思った。

「人間の身体は食べものと飲みものから成り立っている。その食べものが農薬、化学肥料漬け、不健全な土から生産されていたら、私たちの身体もおかしくなるではないか」。私は大学の講義や農協などの集まりで、農業や食べものの話をするとき、決まってこう語ってきた。

堤さんのこの本は、3月30日に東京で開かれた有機農業運動のトップリーダーだった埼玉の金子美登さんと鹿児島の大和田世志人さんを偲(しの)ぶ集まりで、堤さんの夫で薬害エイズ事件のリーダー・川田龍平さんからいただいた。

堤さんは国際ジャーナリスト。これまでに『貧困大国アメリカ』(岩波新書)、『政府は必ず嘘をつく』(角川新書)、『日本が売られる』(幻冬舎新書)などで、アメリカと日本の政治、経済、農政、エネルギー、公共政策などの分野で、現地取材に基づく鋭い視点で私たちに考える素材を提供してくれている。

本書は、「人工肉」は地球を救う?、フードテックの新潮流、土地を奪われる農民たち、<デジタル農業計画>の裏、世界はまだまだ養える、など6章から成る。本のカバーには「あなたの食べ物は知らぬ間に入れ替わっている。巨大資本が仕掛ける強欲マネーゲーム、<食の文明史的危機>を描き出す衝撃作」とある。

本書には、もう牛は殺さない「人工肉バーガー」、粉ミルクはもう古い、赤ちゃんは培養牛乳で、ふるさと納税にデビューしたゲノム編集魚、注射嫌いな子も「ワクチンレタス」でOK、<原子力ムラ>の次は<ゲノム編集ムラ>など、最新の食とその周辺の新潮流が、これでもか、これでもかと描写されている。

有機農業運動にのめり込んでいる私には遠い世界だが、知らないと言って済まされないほど、食の世界はカネと欲の世界に汚染されている現実を突きつけられ、恐ろしさを感じた。

生態系を乱せば私たちも傷を負う

京都府宮津市のふるさと納税には、2021年にゲノム編集技術で開発された「22世紀ふぐ」が加わっている。レタスにワクチンを移植して毎日そのサラダを食べれば、注射をしなくとも感染予防ができる。

ネットで検索したら、NHKの「クローズアップ現代」は2019年9月24日に「解禁!〝ゲノム編集食品〞-食卓への影響は?」を放映し、血圧を下げる成分が多いトマト、アレルギー物質が少ないタマゴ、食中毒を起こさないジャガイモ、身の量が多いマダイなどを紹介している。

では、救いはないのか。第6章「日本の食の未来を切り拓け」では、加速する有機給食革命、「食の予防原則」のトップランナーになった愛媛県今治市、アメリカに潰された国産小麦を取り戻せ、ゴミなんかない宝の山だ、など参考になる各地の事例が紹介されていて、やればできるという想いが浮かんでくる。

堤さんは最後に、「地球の生態系は土壌も人間の腸も本来完璧に調和が取れており、乱せばその一部である私たちも必ず傷を負う」と警鐘を鳴らしている。(元瓜連町長)

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